観念して白状する。
「実は、最初の頃に一度だけ、仁さんのフォロワーのところから見に行ったことがあって」
「へえ、そうなんだ」
意外に薄い反応だったので、つい自分からしゃべってしまう。
「初めに見たとき、仁さんの彼女かと思ってがっかりしかけたら、『いとこのお兄ちゃん』って書いてあって、安心したんだ」
「へえ」
彼が、にやにやしながら僕を見る。僕は、思わずうつむく。
「おかしいよね。あのときは、まさか実際に会うことになるなんて思っていなかったし、そういう人に彼女がいてもいなくても関係ないのに……」
すると、彼が言った。
「そんなことないよ。今の話、僕はすごくうれしい」
「あっ……じゃあ、よかった」
此木神社に初詣に行こうという人は多いようで、人出は前回の比ではない。ケーブルカー乗り場の列に並びながら、彼が言った。
「すごい人だね」
「ホント、お参りするのも時間がかかりそう」
「山頂の売店も混んでいるかな」
「そうかもね」
「写真を撮って、またあそこで蕎麦が食べたいなあ」
「僕も。けっこうおいしかったよね」
何十分も並んで、ようやくぎゅうぎゅう詰めのケーブルカーに乗れた。今日は立ったまま窓の外を眺める。
前回は、まだ紅葉には早い時期だったけれど、今、山の木々は冬枯れている。それだけ時間が経っているのだと思うと、感慨深い。
此木神社の前にも、今日はお参りしようとする人の列ができている。その列に、僕たちも加わった。
列はなかなか進まないけれど、彼と二人ならば苦にならない。お互いに列に並んでいる様子を撮ったり、神社の屋根越しの空を撮ったりもした。
ようやく神社の前にたどり着いた僕たちは、お賽銭を投げて鈴を鳴らし、お参りする。
僕は、まずは前回のお礼を言った。毘沙門天さん、去年の秋に来たときは、僕の願いを聞いてくださってありがとうございました。
おかげで僕は、仁さんと仲良くなることができて、こうして今日も、一緒にお参りに来ることができました。
これからも、ずっと二人で一緒に過ごして行けるよう、どうか見守ってください。よろしくお願いします。
彼が何を祈ったのか気になるけれど、聞かないし、僕も言わない。口に出して、ご利益がなくなってしまっては困るからだ。
僕の願いも、彼の願いも、此木神社の毘沙門天さんならば、きっと叶えてくれるはず。そのためには、僕も毎日真面目に一生懸命生きなくてはと思う。
お参りを終えて、目を開けて横を見ると、ちょうど彼もこちらを見たところで、目が合って、微笑み合った。
ぞろぞろと人波に流されるように頂上まで登ると、やはり展望台付近も土産物屋も、人でごった返している。周りを見ながら、彼が言った。
「どうしようか。とりあえず、早めに食事にしちゃったほうがいいかな」
「そうだね。これからどんどん混みそうだもんね」
土産物屋に入って行くと、やはり食堂にも列が出来ていた。僕たちは、最後尾に並ぶ。
きょろきょろしていると、すぐそばの壁際に、たくさんのキーホルダーが掛かっているラックがあった。僕は、列に並んだまま品定めをする。
「あっ」
小さく声を上げると、彼がこちらを見た。僕は、ぽってりとした招き猫のキーホルダーを手に取って見せる。
「これ、かわいくない?」
彼が微笑む。
「うん、かわいいね」
「これ、合鍵に付けようかな」
「いいんじゃない? じゃあ、僕がプレゼントするよ」
「え?」
前にも、こんなシチュエーションがあったような……。
「貸して。ちょっと待ってて」
彼は、僕の手からキーホルダーを取ると、列から離れてレジに向かった。
戻って来て、小さな紙袋に入ったキーホルダーを渡してくれる。
「はいこれ」
「自分で買おうと思ったのに」
彼がにっこり笑う。
「いいよ、このくらい。僕の部屋の鍵に付けるんだし」
「……ありがとう。大切にする」
「うん」
しばらく待って、ようやく席に案内された。僕たちは、そろって天ぷら蕎麦を注文する。
いつかの女性店員が、注文を取って去った後、僕はテーブルの上に、二つの鍵が付いたキーホルダーと、たった今買ってもらったキーホルダーを出した。
さっそく、彼の部屋の合鍵を外して、招き猫のキーホルダーを取りつける。
「ほら見て。これでどっちの鍵かすぐわかる」
「よかったね」
彼が微笑んでくれる。今日から、この招き猫のキーホルダーも僕の宝物だ。
天ぷら蕎麦を食べた後、展望台に行って、人の多い中、空の写真を撮ったりツーショットを撮ったりした。今日の目的である初詣は終えたので、早めに街に戻ることにした。
山を下りながら、彼が言う。
「どこかで早めの夕ご飯を食べてから、僕の部屋に行く?」
「うん」
彼の部屋に行くのも三日ぶりだ。多分、今夜は泊まることになるだろう。
「何食べようか」
「うーん。おせちとお雑煮ばっかりだったから……」
「じゃあ、洋食にしようか」
「うん」
「いろいろお店を見てから決めることにしよう」
「そうだね」
結局僕たちは、ハンバーグ専門店に入った。セットメニューで、僕はチーズインハンバーグ、彼は青じそおろしハンバーグ。
デザートに苺パフェも食べた。とてもおいしかったし、お腹いっぱいになった。
店を出ると、彼が言った。
「じゃあ、部屋に行こうか」」
「うん」
「今日は泊まる、よね」
「うん」
僕たちは、駅に向かって歩き始める。ああ、幸せだ。
彼がドアを開けて中に入り、僕も後に続く。部屋に上がりながら、彼が言った。
「あー、楽しかったけど、ちょっと疲れたね」
「仁さんは、昨日新幹線に乗って帰って来たばかりだもんね」
「うん」
「明日はもうお仕事でしょ? 大変だね」
すると、彼がくるりとこちらを向いて言った。
「でも大丈夫。晴臣くんに癒してもらうから」
そして、コートのまま、僕を抱きしめる。
「本当は、今朝駅で会ったときから、ずっとこうしたくてたまらなかったんだ」
「同じ。僕もそう思ってた」
彼が、しがみつく僕の髪に頬ずりする。
「君はホントにかわいいね」
「こんなに幸せなお正月は初めて。仁さん、ありがとう」
「こちらこそありがとう。君のおかげで、毎日が楽しくてしかたがないよ」
「うれしい。僕も……」
幸せ過ぎて、また涙が出そうだ。
僕は、彼の肩に顔をうずめたまま言う。
「今日、一緒にお風呂に入る?」
「えっ……。いいの?」
あの日、僕があまりにも疲れてしまったので、きっと彼は気を遣って、自分からお風呂に誘うことはないと思うのだ。だから、思い切って自分から言った。
「もちろん。仁さんと入りたい」
再び、彼が言った。
「君はホントにかわいいね」
大好きな人にかわいいと言われて、どんなにうれしいことか。僕ってホントに幸せ者だ……。
やっぱり二人でお風呂に入るのは恥ずかしかったし、いろんなことをして、やっぱりへとへとに疲れてしまったけれど、彼はとても優しくしてくれたし、それに、すごく……。結局のところ、やっぱり僕は、とても幸せだった。
汗が収まった体にパジャマを着た僕たちは、ベッドで体を寄せ合い、朝までぐっすり眠った。冬の夜も、ベッドの中は暖かかった。