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第24話 年末年始

 切ない気持ちで電車に揺られていると、スマホが震えた。彼からかと思ったら、叔父さんからのメッセージだった。


―― 晴臣くん、久しぶりだね。マンションの管理、いつもありがとう。


 残念ながら、今年は日本に帰れないけれど、今月はボーナスとして、いつもよりちょっと多めに振り込ませてもらったよ。何かおいしいものでも食べてください。


 兄さんとお義姉さんによろしく。それではよいお年を。



 なんと、ボーナスとは。ただでさえ、十分過ぎる金額をもらっているし、たいしたことはしていないのに申し訳ない。




 僕は、マンションに帰ってから、叔父さんに返信した。


―― アルバイトをさせてもらっているだけでもありがたいのに、気を遣っていただいてすいません。


 どうもありがとうございます。いただいたお金は大切に使います。



 それから、リビングルームや、キッチンやバスルームなどの写真と、ベランダに立って、空を背景にした自撮りも一緒に送信した。感謝の気持ちと、僕なりに一生懸命きれいにしていることを伝えたかったのだ。




 実家に帰ると、母が笑顔で迎えてくれた。


「寒かったでしょう? コタツに入りなさい」


「うん」


 居間に入って行くと、父がコタツでテレビを見ながらお茶を飲んでいるところだった。


「ただいま」


「おう。久しぶりだな」


 ダッフルコートを脱いでコタツに入ると、桃太郎が寄って来た。


「モモ、おいで」


 膝に乗せて両手で顔を撫でると、目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。相変わらずかわいいやつだ。


 母が、湯呑を持って来てお茶を淹れてくれる。


「そのお饅頭、山本さんにいただいたのよ。召し上がれ」


「うん」



 コタツの向かい側に座った母が言う。


「最近あんまり帰って来ないけど、ちゃんと食べてるの?」


「うん。一応バランスとか考えて食べてるよ」


「そう。勝義さんのマンションだから、あんまり私が行くのもアレだしね」


 勝義さんとは、叔父さんのことだ。父が、ずずっとお茶をすすってから言った。


「マンションの管理だとか言って、お前、ちゃんとやってるのか? まさかゴミ屋敷になってるんじゃないだろうな」


 僕は、畳の上に置いたダッフルコートのポケットからスマホを出して、さっき叔父さんに送った画像を開いて渡す。


「今日、叔父さんがメッセージをくれたから、撮って送ったんだよ」


「どれ」


 老眼の目を遠ざけるように見る父の手から、母がさっとスマホを取り上げる。


「あら、きれいにしているじゃない。鏡に水垢もついてないし。晴臣は、私に似て几帳面なところがあるから」


「叔父さん、今月はボーナスで、いつもより多めに振り込んでくれたって。たいしたことしてないのに」


「あらそう。勝義さんにお礼言わなくちゃね、お父さん」


 にこにこしている母に対し、ふんと鼻を鳴らして、テレビの画面に視線を移す父。いつものことだ。




 夜は、紅白歌合戦を見ながらすき焼きを食べた。うちの大晦日の定番だ。


 紅白が終わり、「ゆく年くる年」が始まったのを機に、僕は自分の部屋に引き上げた。パジャマに着替えながら感慨に浸る。


 今年は本当に変化の年だった。生まれて初めての一人暮らしに、運命の出会いに、生まれて初めての素敵な素敵な恋人。


 こんなに幸せな気持ちで新年を迎えられるなんて……。



 やがて、地元の神社から除夜の鐘が聞こえて来た。もうすぐ年が明ける。




 日付が変わってすぐに、スマートフォンが震えた。彼からだ。


―― 明けましておめでとう。出会って初めてのお正月だね。


 今年も晴臣くんと一緒に過ごすことを楽しみにしています。これからもどうぞよろしく。



 すぐに返信する。


―― 明けましておめでとう。僕も仁さんと一緒にいろんなことをするの、楽しみでしかたありません。初詣も。


 こんなに幸せなお正月は初めて。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。



 そして、桃太郎の写真とともに送信。すると、すぐに返信が来た。


―― 桃太郎くん、かわいいね。でも、新年最初のかわいい晴臣くんも見たいな。



 そう来たか。僕は、なるべくかわいく見えるように、でも加工は極力控えめにしたアプリで自撮りをして送信する。


―― 素敵な仁さんの顔も見せて。



 少し待っていると、優しい笑顔で、パジャマ姿の彼の自撮りが送られて来た。


―― 晴臣くん、すごくかわいい。パジャマ、お揃いだね。


―― 仁さんこそ、すごくハンサムでカッコいい。僕はそろそろ寝ようと思っているところ。仁さんは?



 その後もしばらくの間、他愛ないやり取りを続け、それぞれ、僕はベッドに、彼は叔母さんの家の客間の布団に入り、お休みを言い合ってスマホを閉じた。


 次に会えるのは明後日、初詣に行くときだ。待ち遠しい。早く会いたい……。




 彼は、前の日の夕方頃に東京に帰って来るということだった。その時間に合わせて彼の部屋に行こうかとも思ったのだけれど、きっと疲れているに違いないから、一人でゆっくりしてもらおうと思いとどまった。


 翌日は小此木山に登るのだし、翌々日には出勤するのだから、前の晩にベッドで余計な体力を使うことになってはいけない、なんて思ったりしたのだ。




 僕は実家から、直接待ち合わせの駅に向かう。母は名残惜しそうに、もっとゆっくりして行けばいいのにと言ったけれど、「マンションの空気を入れ替えないと」、とかなんとか言って家を出た。


 母には申し訳ないけれど、彼とは前から約束しているし、僕自身、一秒でも早く会いたくてしかたがない。それに、将来的にはわからないけれど、今はまだ、彼のことは話したくないのだ。




 電車から降りると、彼はホームで待っていてくれた。通勤のときのコートとは違う、黒いピーコートがとてもおしゃれだ。


「仁さん!」


 僕は思わず駆け寄る。誰もいなければ、抱き着きたいところだけれど。


「晴臣くん、会いたかったよ」


 ああ、なんて素敵な笑顔。なんてパーフェクト・オブ・パーフェクトな僕の王子様。


「僕も……」


 胸がいっぱいの僕に、彼が言った。


「さあ、行こうか」


 小此木山に向かう電車は、別のホームだ。



 つのる思いは、混んだ電車の中ではとても話せない。とは言っても、会わなかったのは三日ほどで、その間もメッセージでやり取りしていたのだけれど。




 小此木山登山口駅に着き、人波に混じって出口に向かいながら、彼が言った。


「実家で過ごす年末年始はどうだった?」


「いつも通り。でも、お父さんがいつもみたいに嫌味を言うから、叔父さんに送った部屋の写真を見せたら黙っちゃった」


 彼が微笑む。


「へえ、お母さんは?」


「にこにこして、『晴臣は、私に似て几帳面なところがあるから』って」


「ははっ、よかったね」



 改札を抜けて、ケーブルカー乗り場に向かう。


「仁さんは? どうだった?」


「楽しかったよ。真子が髪を派手な色に染めて、叔母さんがぶつくさ言ってた」


「どんな色?」


「金髪に近い茶色だけどね」


「へえ。でも、真子さんならそういう色も似合いそう」


「えっ、真子の顔、知ってるの?」


 彼が、驚いたようにこちらを向いた。


 しまった。最初に「ササジン」に一目ぼれしたとき、真子さんのSNSをチェックしたことは言っていなかったのだ。

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