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第20話 僕の部屋で

 食事が終わった後は、いつものように後片付けをする。空いた容器を洗って、その後、シンク回りをきれいにして。


 今日は、彼もそばで手伝ってくれる。


「これはどうするの?」


「乾いたら、分別して、ゴミの日に出す」


「そう。ホントにきちんとしているねえ。シンクもピカピカだし」


 僕は、シンクの周りを布巾で拭いながら言う。


「叔父さんのマンションを汚したり傷つけたりしたら大変だもん」


「晴臣くんは真面目だなあ」


「だって、ここを追い出されたら、行くところがないから」


 僕がそう言うと、彼が突然、僕を背中からふわりと抱きしめた。


「えっ?」


 戸惑う僕に、彼が耳元で言う。


「叔父さんは、君を追い出したりはしないと思うけど、もしもそうなったときには、僕の部屋に来ればいいじゃない」


「あ……」


「将来、カフェをやるときには、僕は晴臣くんと一緒に暮らしたいと思っているし、それが早まるだけだよ。


 それとも、僕と一緒に住むのはいや?」


「いやなはず、ない」


 ああ、また僕は泣いてしまう……。


 くるりと僕の体を半回転させた彼は、こぼれた涙をちゅっと吸ってから、唇にキスをした。しょっぱい……。



 その後二人は、僕の部屋で、した。昼間からなんて、初めてのことだ。なんてイケナイ僕たち……。




 僕たちは裸のまま、ベッドで身を寄せ合っている。またも切り替えの早い彼が言った。


「いつもはクリスマスはどうしていたの?」


「特に何も。お母さんが用意してくれたケーキと鶏モモを食べるくらい」


「そうか……。そしたらやっぱり、お母さんは今年も晴臣くんと一緒に過ごすつもりでいるんじゃない?」


「そうかな」


 たしかに、僕がぼっちなことを知っている母は、マンションで一人で過ごすのは不憫だと思って、家においでと言うかもしれない。


 でも、僕はやっぱり、記念すべき聖夜は彼と過ごしたい。


「そうだ。家には昼間帰るよ。そのようにあらかじめ言っておく。


 それで、夜は仁さんと過ごす。ね、それならいいでしょう?」


 顔を上げると、彼が優しく微笑みながら言った。


「そうだね。僕は一瞬あきらめかけたけど、晴臣くんは頭いいなあ」


「普通だよ」


 そう言いながら、僕は彼の肩に頭を持たせかけた。好きだ、大好きだ……。




 12月に入った最初の週末、僕たちは買い物に出かけた。すでに街はクリスマスの雰囲気にあふれている。


 ファッションビルの中の雑貨店に行くと、思った通り、クリスマス関連のコーナーが出来ている。BGMもクリスマスソングだ。


 まずはツリー売り場へ。もちろん模造品だが、それなりにリアルで、いろいろなサイズのものがある。


「部屋のどこに飾るの?」


「うーん、食卓に着いたときによく見えるようにしたいから、テーブルの反対側の壁際かな。サイズはやっぱりMが限界だね」


「そうだね」


 とりあえず、Mサイズのツリーを買うことに決めて、次はオーナメントを品定めする。彼が言う。


「スタイリッシュな感じにするか、素朴な感じにするか、それともLEDライトでキラキラさせるか……」


 彼のシンプルな部屋には、どんな雰囲気でもマッチすると思うけれど。


「あっ、かわいい」


 思わず声を上げながら、僕はパッケージを手に取った。それは、金色の天使のオーナメントだ。


 彼も、僕の手元を覗き込む。


「ホントだ、かわいいね。じゃあ、まずはこれを買うことにしよう」


 それで、後はその天使の雰囲気に合わせたオーナメントを選ぶことになった。


 二人して、あれこれ見比べて、散々迷って決めたのは、リンゴと、雪の結晶だ。LEDライトは無しにした。


「わー、かわいい。なんだかワクワクして来た」


 この後、彼の部屋に行って、一緒に飾りつけをするのだ。



 さらに売り場をうろついていると、またまた素敵なものが目に入った。


「見てこれ、かわいい」


 それは、手のひらに載るほどのサイズの、美しい切り絵のように作られた黒い金属の板から成る四角錐のクリスマスツリーで、中にライトが灯っている。


「ホントだ」


 そして彼が、四角錐のツリーを見つめたまま言った。


「これ、晴臣くんの部屋に飾ったら? 僕がプレゼントするよ」


「え……」


 彼が、こちらを見て微笑む。


「ね、これくらい遠慮しないで」


「……ありがとう。すごくうれしい」


 これが部屋にあったら、きっと僕は毎日見つめながら、彼のことや、これから来るクリスマスのことを考えるだろう。それは、とても幸せな時間になるに違いない。


「ほかにも何かほしいものがあったら、なんでも買うよ」


「そんな、これひとつで十分。僕の宝物にするよ」


 彼がくすりと笑う。


「君らしいね」



 実際に四角錐のツリーを部屋に飾るのは、翌々日になった。その日の夜も、その次の日の夜も、彼の部屋に泊まって、クリスマスツリーの飾りつけをしたり、イチャイチャしたり、淫らで切ない時間を過ごしたりしたから。




 月曜日の朝、スーツを着た彼と駅で別れ、満員電車に揺られながら考える。


 マンションに帰って、部屋であのツリーに灯りを灯すの、楽しみだな。だけど、あんな素敵なものを買ってもらったんだから、当然僕も、彼にクリスマスプレゼントを贈らなくちゃ。


 何にしよう。誕生日のプレゼントもずいぶん悩んだけれど。


 また着るものというわけにはいかない。絶対ダメだというわけではないけれど、やっぱり違うタイプのもののほうがいいだろう。


 クリスマスだから、何かロマンチックなもの。でも、ロマンチックなものってなんだろう。


 別にロマンチックじゃなくてもいいか。彼は料理が趣味だし、将来カフェをやるんだから、料理関連のものもいいかもしれない。



 あれこれ考えているうちに、降りる駅に着いてしまった。クリスマスまでは、まだ時間があるから、じっくり考えることにしよう。


 今までは、食費以外に、あまりお金の使い道がなかったので、アルバイト代もそれなりに貯まった。そのおかげで、心置きなく彼にプレゼントを買うこともできる。


 ありがたいことだ。




 クリスマスイブの日、実家には午前中に行って、母と、お昼に鶏モモとケーキを食べた。僕が父に会いたがらないことを知っているので、早い時間に帰ると言っても、不審がられることもなかった。


 ちゃんと食べているかとか、お金は足りているのかとか、寒いから体調に気をつけなさいとか、あれこれ心配してくれて、手作りの総菜やセーターなど、いろいろ持たせてくれた。やはり母親とは、ありがたいものだ。



―― 今日は定時に帰れるよ。いつでも好きな時間に来て。


 彼からは、そうメッセージをもらっている。


 いったんマンションに戻り、母にもらったものを置いて、彼へのプレゼントを持って、いつもの店でケーキを買ってから、彼の部屋に向かう予定だ。料理は彼が、ケーキは僕が用意することになっているのだ。


 ケーキはクリスマス用のホールケーキでは食べきれそうにないので、普通のケーキを二つずつほど買うつもりだ。それならば、予約もいらないし。


 ああ、ついにこの日がやって来た。ずっと待ち焦がれていた、彼と過ごす初めてのクリスマスイブが。

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