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第18話 一緒の未来

 週末のその日、僕たちは、カフェにいた。昼前に待ち合わせて、カフェでランチを食べるのが最近の定番だ。


 パンケーキに添えられたカリカリのベーコンをナイフで切りながら、彼が言った。


「今まで誰にも言ったことはないけど、実は、僕には夢があるんだ」


「えっ、何?」


 彼が優しい笑顔でこちらを見る。


「まだずっと先のことになると思うけど、いつか小さなカフェをやりたいんだよね」


「へえ……。仁さんの料理、すごくおいしいから繁盛しそうだね」


「そう思う?」


「うん、毎日でも通いたい」



 すると彼が、ナイフとフォークを置いて言った。


「あのさ、それもいいけど、僕と一緒にやるのはどう?」


「え。カフェを?」


「うん」


「あ……」


 胸が熱くなる。それはつまり、僕と一緒の未来を考えてくれているということか。


 彼が、わずかに首を傾ける。


「いや?」


「そんな、まさか。すごくうれしい。僕が仁さんのカフェをお手伝いするっていうことだよね?」


「そう。それでさ、店内に晴臣くんが撮った空の写真をパネルにして飾るのはどう? 


 料理を食べながら、それを見たお客さんは、きっとほっとしてくつろいだ気分になれると思うんだ」


 うれしくて涙が出そうだ。


「でも、僕なんかの写真でいいの?」


 彼が微笑む。


「君の写真がいいんだ。いろんな表情の空の写真をいくつも飾れたらいいな」


 うれしい。うれし過ぎる。涙をこらえようと目をしばたたいていると、彼は言う。


「そのために少しずつ貯金もしているんだ。それで、節約のために部屋もワンルームに住んでいるんだよ。


 今まで誰かと一緒にやることは考えていなかったけど、君と出会って付き合うようになってからは、そこに君もいてほしいと思うようになったんだ」


 ああもう、そんなこと言われたら。こらえきれずに涙がこぼれ、僕はあわてて拭う。


 彼は優しい目で僕を見ている。


「君はホントにかわいいね」


 そういう彼こそ、優しくてハンサムで、うれしいことをたくさん言ってくれて、何もかもが素敵過ぎる……。




 食事の後、僕たちは街をそぞろ歩いた。週末の街はにぎわっていて、家族連れやカップルが目につくけれど、今の僕は以前とは違って、少しもうらやましいと思わない。


 彼と手をつないで歩いたりはしないけれど、そんなことはどうでもいいくらい、僕の心は満たされているのだ。



「あっ」


 突然、彼が足を速めた。近づいて行ったのは、ルームウェアの店の前だ。


 僕も後に続く。彼が、ハンガーにかけて店頭に並べられている商品を指して言った。


「これ見て。すごくかわいい」


 それは、フリース素材の丈の長いパーカーとコットンのレギンスのセットで、パーカーは、それぞれ何種類かの動物を模していて、フードには耳が、腰の部分にはしっぽがついている。


「ホントだ」


「これ、晴臣くんに似合うんじゃない?」


「でも、レディースでしょう?」


「そうだけど、かなりオーバーサイズに作られているし、晴臣くん華奢だから、Lサイズなら十分着られるよ」


「そうかな」



 彼が、僕を見て微笑む。


「ねえ、僕にプレゼントさせて」


「でも仁さん、カフェ開業のために貯金してるんでしょ? 無駄遣いしたら……」


 僕の言葉に、彼が楽しそうに笑った。


「貯金はしているけど、自由に使えるお金だってちゃんとあるよ。これくらいどうってことないし、それに」


 不意に言葉を切ったので、思わず顔を見ると、彼がなんとも言えない表情で言った。


「これを着た君が見たいんだ。僕の部屋で」


「あ……」


 最近は、週末に彼の部屋に泊まることも定番になっている。そして、夜はベッドで……。


「ねえ、どれにする?」


 種類は、パンダと三毛猫とテディベアだ。


「うーん、猫も捨てがたいけど、やっぱりテディベアかな」


 色合いといい風合いといい、いかにもテディベアっぽくて、とてもかわいい。結局、買ってもらうことになってしまっているが。


「オッケー」


 彼はテディベアのルームウェアを手に取ると、さっさと店の奥のレジへと向かった。




 その日の夜、彼の部屋で。彼が、僕の姿を上から下まで眺めながら言う。


「やっぱり、すごく似合ってる」


「そう?」


 レディースながら、たしかに僕が着ても萌え袖状態になるくらいのサイズだ。


「フード被ってみて」


 言われるまま被ると、彼がにっこり笑った。


「すっごくかわいいよ。僕のくまさん」


 そして、ふわりと抱きしめてくれる。彼は、僕がプレゼントしたセットアップを着ていて、ふわモコな感触が頬に心地いい。


 幸せだ。冬が近いというのに、心も体もほかほかだ……。



 そのままの体勢で、彼が言った。


「寒くなって来たからさ、今夜は鍋にしようと思うんだけど、どうかな」


 僕も、彼の肩に顔をうずめたまま答える。


「いいね」


「鍋、好き?」


「うん。なんの鍋?」


「鶏のつくねの鍋。もう下ごしらえはしてあるんだ」


 顔を上げると、優しい瞳が見下ろしている。


「大好き」


 鶏のつくねも、ふわモコの王子様も。


「僕も」


 彼が、僕の頭からフードを脱がせて、顔を近づけて来る。




 彼が作ってくれたおいしい鶏つくねの鍋を食べて、体も心も、さらにほかほかになり、その後、僕たちは部屋着を脱いで、ベッドで一緒に汗をかいた。



 激情が去った後、僕はいつも恥ずかしくなってしまい、なかなか顔を上げられない。そんな僕の横で、彼が落ち着いた声で言った。


「今夜も泊まって行くよね」


「……うん」


 彼は、恥ずかしくならないのだろうかと思う。


 もちろん、今日も彼はとてもセクシーで素敵で優しくて、パーフェクト・オブ・パーフェクトだったけれど、激しく愛し合った後で、よく照れずに普通にしていられるなあ、なんて思ってしまう。


 さっきまでのことを思い返して、一人で密かに照れまくっている僕の横で、彼は続ける。


「明日は何をして過ごそうか。何かやりたいこととか、行きたいところはある?」


 まだ裸のままなのに、切り替えが早いなあ。そんなことを思いつつ、僕は答える。


「前から思っていたんだけど」


 彼が、体ごとこちらを向いた。


「何?」


「一度、僕の、っていうか、叔父さんのマンションに来てもらいたいなあって」


「えっ、いいの?」


「叔父さんは、『友達を呼んでもいいよ』って言ってくれているんだ。


 でも、今まではぼっちだったから、引っ越しのときにお母さんが来たくらいだけど、仁さんに、僕が住んでいるところを見てもらいたいし、それに、ベランダからの景色も」


「あっ、いいね。いつも晴臣くんが撮っている空を実際に見てみたいなあ」


 僕は、ようやく彼の顔を見て言った。


「じゃあ明日、来る?」


 彼が、きれいな顔をほころばせる。


「うん、ぜひ。楽しみだな」




「うわー、ホテルのロビーみたいだね」


 彼が、広いエントランスを見回しながら言った。オートロックのマンション内に入ったところだ。


 高級マンションだけあって、壁に大きな絵が飾られていたり、花瓶に花が活けられていたり、革張りのソファが置かれていたりする。僕も、初めて見たときはとても驚いたものだ。


「こっちだよ」


 僕は、彼をエレベーターに導く。彼は、まだキョロキョロしながらつぶやく。


「叔父さん、セレブなんだねえ……」

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