週末のその日、僕たちは、カフェにいた。昼前に待ち合わせて、カフェでランチを食べるのが最近の定番だ。
パンケーキに添えられたカリカリのベーコンをナイフで切りながら、彼が言った。
「今まで誰にも言ったことはないけど、実は、僕には夢があるんだ」
「えっ、何?」
彼が優しい笑顔でこちらを見る。
「まだずっと先のことになると思うけど、いつか小さなカフェをやりたいんだよね」
「へえ……。仁さんの料理、すごくおいしいから繁盛しそうだね」
「そう思う?」
「うん、毎日でも通いたい」
すると彼が、ナイフとフォークを置いて言った。
「あのさ、それもいいけど、僕と一緒にやるのはどう?」
「え。カフェを?」
「うん」
「あ……」
胸が熱くなる。それはつまり、僕と一緒の未来を考えてくれているということか。
彼が、わずかに首を傾ける。
「いや?」
「そんな、まさか。すごくうれしい。僕が仁さんのカフェをお手伝いするっていうことだよね?」
「そう。それでさ、店内に晴臣くんが撮った空の写真をパネルにして飾るのはどう?
料理を食べながら、それを見たお客さんは、きっとほっとしてくつろいだ気分になれると思うんだ」
うれしくて涙が出そうだ。
「でも、僕なんかの写真でいいの?」
彼が微笑む。
「君の写真がいいんだ。いろんな表情の空の写真をいくつも飾れたらいいな」
うれしい。うれし過ぎる。涙をこらえようと目をしばたたいていると、彼は言う。
「そのために少しずつ貯金もしているんだ。それで、節約のために部屋もワンルームに住んでいるんだよ。
今まで誰かと一緒にやることは考えていなかったけど、君と出会って付き合うようになってからは、そこに君もいてほしいと思うようになったんだ」
ああもう、そんなこと言われたら。こらえきれずに涙がこぼれ、僕はあわてて拭う。
彼は優しい目で僕を見ている。
「君はホントにかわいいね」
そういう彼こそ、優しくてハンサムで、うれしいことをたくさん言ってくれて、何もかもが素敵過ぎる……。
食事の後、僕たちは街をそぞろ歩いた。週末の街はにぎわっていて、家族連れやカップルが目につくけれど、今の僕は以前とは違って、少しもうらやましいと思わない。
彼と手をつないで歩いたりはしないけれど、そんなことはどうでもいいくらい、僕の心は満たされているのだ。
「あっ」
突然、彼が足を速めた。近づいて行ったのは、ルームウェアの店の前だ。
僕も後に続く。彼が、ハンガーにかけて店頭に並べられている商品を指して言った。
「これ見て。すごくかわいい」
それは、フリース素材の丈の長いパーカーとコットンのレギンスのセットで、パーカーは、それぞれ何種類かの動物を模していて、フードには耳が、腰の部分にはしっぽがついている。
「ホントだ」
「これ、晴臣くんに似合うんじゃない?」
「でも、レディースでしょう?」
「そうだけど、かなりオーバーサイズに作られているし、晴臣くん華奢だから、Lサイズなら十分着られるよ」
「そうかな」
彼が、僕を見て微笑む。
「ねえ、僕にプレゼントさせて」
「でも仁さん、カフェ開業のために貯金してるんでしょ? 無駄遣いしたら……」
僕の言葉に、彼が楽しそうに笑った。
「貯金はしているけど、自由に使えるお金だってちゃんとあるよ。これくらいどうってことないし、それに」
不意に言葉を切ったので、思わず顔を見ると、彼がなんとも言えない表情で言った。
「これを着た君が見たいんだ。僕の部屋で」
「あ……」
最近は、週末に彼の部屋に泊まることも定番になっている。そして、夜はベッドで……。
「ねえ、どれにする?」
種類は、パンダと三毛猫とテディベアだ。
「うーん、猫も捨てがたいけど、やっぱりテディベアかな」
色合いといい風合いといい、いかにもテディベアっぽくて、とてもかわいい。結局、買ってもらうことになってしまっているが。
「オッケー」
彼はテディベアのルームウェアを手に取ると、さっさと店の奥のレジへと向かった。
その日の夜、彼の部屋で。彼が、僕の姿を上から下まで眺めながら言う。
「やっぱり、すごく似合ってる」
「そう?」
レディースながら、たしかに僕が着ても萌え袖状態になるくらいのサイズだ。
「フード被ってみて」
言われるまま被ると、彼がにっこり笑った。
「すっごくかわいいよ。僕のくまさん」
そして、ふわりと抱きしめてくれる。彼は、僕がプレゼントしたセットアップを着ていて、ふわモコな感触が頬に心地いい。
幸せだ。冬が近いというのに、心も体もほかほかだ……。
そのままの体勢で、彼が言った。
「寒くなって来たからさ、今夜は鍋にしようと思うんだけど、どうかな」
僕も、彼の肩に顔をうずめたまま答える。
「いいね」
「鍋、好き?」
「うん。なんの鍋?」
「鶏のつくねの鍋。もう下ごしらえはしてあるんだ」
顔を上げると、優しい瞳が見下ろしている。
「大好き」
鶏のつくねも、ふわモコの王子様も。
「僕も」
彼が、僕の頭からフードを脱がせて、顔を近づけて来る。
彼が作ってくれたおいしい鶏つくねの鍋を食べて、体も心も、さらにほかほかになり、その後、僕たちは部屋着を脱いで、ベッドで一緒に汗をかいた。
激情が去った後、僕はいつも恥ずかしくなってしまい、なかなか顔を上げられない。そんな僕の横で、彼が落ち着いた声で言った。
「今夜も泊まって行くよね」
「……うん」
彼は、恥ずかしくならないのだろうかと思う。
もちろん、今日も彼はとてもセクシーで素敵で優しくて、パーフェクト・オブ・パーフェクトだったけれど、激しく愛し合った後で、よく照れずに普通にしていられるなあ、なんて思ってしまう。
さっきまでのことを思い返して、一人で密かに照れまくっている僕の横で、彼は続ける。
「明日は何をして過ごそうか。何かやりたいこととか、行きたいところはある?」
まだ裸のままなのに、切り替えが早いなあ。そんなことを思いつつ、僕は答える。
「前から思っていたんだけど」
彼が、体ごとこちらを向いた。
「何?」
「一度、僕の、っていうか、叔父さんのマンションに来てもらいたいなあって」
「えっ、いいの?」
「叔父さんは、『友達を呼んでもいいよ』って言ってくれているんだ。
でも、今まではぼっちだったから、引っ越しのときにお母さんが来たくらいだけど、仁さんに、僕が住んでいるところを見てもらいたいし、それに、ベランダからの景色も」
「あっ、いいね。いつも晴臣くんが撮っている空を実際に見てみたいなあ」
僕は、ようやく彼の顔を見て言った。
「じゃあ明日、来る?」
彼が、きれいな顔をほころばせる。
「うん、ぜひ。楽しみだな」
「うわー、ホテルのロビーみたいだね」
彼が、広いエントランスを見回しながら言った。オートロックのマンション内に入ったところだ。
高級マンションだけあって、壁に大きな絵が飾られていたり、花瓶に花が活けられていたり、革張りのソファが置かれていたりする。僕も、初めて見たときはとても驚いたものだ。
「こっちだよ」
僕は、彼をエレベーターに導く。彼は、まだキョロキョロしながらつぶやく。
「叔父さん、セレブなんだねえ……」