「ああ」
彼が微笑む。
「従妹だよ。母の妹の娘」
「真子さんっていうんだ」
「うん。猫カフェで写真を撮ってくれた後、『この写真あげるから、仁兄ちゃんもSNSに上げてね』って言われてさ」
へえ、「仁兄ちゃん」って呼ばれているのか。
「ホントはちょっとめんどくさかったし、自分の顔をネットに出しちゃっていいのかとも思ったけど、言う通りにしないと真子ががっかりするだろうと思ってさ」
「優しい……」
彼が苦笑する。
「いや、言う通りにしないと、後でめんどくさいことになりそうだから」
「ははっ」
「でも、そのおかげで晴臣くんに見つけてもらえて、仲良くなれたんだもんな」
「ホントだね、真子さんに感謝。それに、僕をスルーしないで、フォロバして、コメントまで書いてくれた仁さんにも」
「へえ、うれしいことを言ってくれるね」
「だって本心だもん」
「君の撮った空の写真が、とても素敵だったからだよ」
「ほんの暇つぶしだったんだけど、撮っていてよかった」
あのときは、ネット上でやり取り出来るだけでうれしくて毎日ウキウキして、まさか実際に会えるなんて夢にも思っていなかった。
おいしい料理でお腹がいっぱいだけれど、まだまだ大事なイベントがある。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
僕はそう言ってキッチンに立つ。買って来たケーキは、まだ彼に箱の中を見せないまま、冷蔵庫にしまってあるのだ。
僕は、箱から出して、ロウソクを立てたバースデーケーキをテーブルに運ぶ。
「うわ、すごい……」
ケーキを見た彼が、目を見張った。
「初めてこの部屋に来たときに持って来たケーキのお店で、予約して作ってもらったんだよ」
それは、見た目にもスタイリッシュなケーキだ。クリームを塗ったシンプルなスポンジの上に、つややかなベリー類がふんだんに載っていて、「Happy Birthday Jinnosuke」と書かれたホワイトチョコレートのプレートが飾られている。
そこに、2と7の数字の形のロウソクを立てた。このロウソクがまた、とてもかわいらしいのだ。
「すごく素敵なケーキだね。あの、僕らしくないことを言うけど」
「えっ、何?」
彼がはにかみながら言った。
「記念にケーキの写真を撮ってもいいかな」
「もちろん。ケーキと仁さんが一緒のところと、ロウソクを吹き消すところも、僕が撮ってあげるよ」
そこから、ちょっとした撮影会になった。二人して、ケーキや、ケーキ込みのお互いの写真やツーショットを撮った後、いよいよロウソクに火を点けた。
「……♪Happy Birthday Dear 仁さん Happy Birthday To You~」
歌った後、僕は急いでスマホを構える。
「いい?」
「オッケー」
「じゃあ、行くよ。せーの……」
僕は、ロウソクの火を吹き消す仁さんを連写する。そして、
「27歳のお誕生日おめでとう!」
僕はパチパチと拍手する。彼が、感慨深げに言った。
「ありがとう。自分が27歳になる日が来るなんてね」
「どんな気分?」
「自分がもうすっかり大人だっていうことはわかっているけど、なんだか、うかうかしてると、すぐにおじさんになっちゃうなあ、っていう」
「そんな、仁さんはおじさんになんかならないよ。あっ、いや、そうじゃなくて……」
「うん?」
僕は、恥ずかしさを押し殺して言う。
「僕は仁さんがおじさんになっても、それに、僕だってそのうちおじさんになると思うけど、それでもずーっと仁さんと一緒にいたい」
彼が、真っ直ぐにこちらを見て言った。
「ありがとう。僕も同じ気持ちだよ」
うれしくて、またも涙が出そうになったけれど、ぐっとこらえて言った。
「ケーキ、食べよう。仁さんの料理がおいしくて、けっこうお腹いっぱいになっちゃってるけど」
「そうだね、僕もいっぱいだなあ。なんなら、もう少ししてからにしようか。せっかくだからおいしく食べたいし」
「うん。あっ、じゃあ先に」
僕が、横の椅子に置いたプレゼントの包みを手に取ると、彼が微笑んだ。
「実はずっと気になってた」
「だよね」
ケーキは一旦しまって、プレゼントを渡した。
彼が、セットアップの上着のほうを両手で持って広げながら言った。
「わー、すっごくかわいいし、あったかそうだね。
でも、僕が着るには、ちょっとかわい過ぎじゃない? 晴臣くんならいいけど」
僕はニヤニヤしながら答える。
「そう言うんじゃないかと思ったよ。でも、僕は仁さんに似合うと思ってこれを選んだし、どうせ着ているところを見るのは僕だけなんだから、うんとかわいくていいと思う。
仁さんがこれを着たところ、見たいなあ」
「いや、まあ、それはそうだけど。ところで」
今度は彼がニヤリとする。
「晴臣くん、今夜は泊って行ってくれるんだよね?」
「あ……」
そして、さらに彼は言った。
「パジャマはもちろん僕のがあるし、下着や靴下なら、前に泊まったときに買ったやつがあるし」
たしかに、今夜泊まるかどうかということをまったく考えなかったわけではない。でも、そういう話にはならなかったし、あえて確かめるようなことはしなかったのだが。
で、でも、泊まるということになれば、当然……。つ、ついにそういうことになってしまうのかっ!?
今日は彼の誕生日なわけで、求められた場合、僕に拒否権などはないわけでっ……。
あお向けに寝た僕のおでこに、彼の前髪が触れる。そして、唇と唇が優しく、何度も。
彼の長い指が、僕の、いや、僕が着た彼のパジャマのボタンを外して……。
僕は、少し泣いてしまった。こういうときに泣くなんて女の子みたいだと思ったけれど、本当に女の子が泣くかどうかは知らない。
初めてのそれは、大成功というわけにはいかなかったし、恥ずかしいのと怖いのとで、気持ちよくなるところまではいかなかった。彼にも気を遣わせてしまったと思う。
だけど、彼はとても優しくて、僕の体を大切に扱ってくれたし、彼と結ばれたことには感激した。もちろん、僕にとっては初めての経験だし、彼の誕生日にそうなったことは、きっと一生忘れられない思い出になるに違いない。
枕に顔をうずめている僕の髪に触れながら、彼が言った。
「眠ってるの?」
「……ううん」
恥ずかしくて、顔が上げられないだけだ。静かに髪を撫でながら、彼が言う。
「ありがとう。とても素敵な誕生日になったよ」
僕は、顔を上げないまま答える。
「あんなんでよかったの?」
彼がふふっと笑う。
「もちろん。晴臣くんはとてもかわいかったし、今までよりも、もっと好きになったよ」
かわいかっただなんて……。でも、彼をがっかりさせずに済んだのならばよかったと思い、少しほっとする。
そのことが、ずっと心配だったのだ。
そんなふうにして、僕たちは、本当の意味での恋人同士になったのだった。