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第16話 プレゼント

 その日僕は、ときどき行くファッションビルの中にいた。彼に贈る誕生日のプレゼントを買うためだ。


 何しろ彼は初めての恋人だし、今まで好きな人に贈り物をしたことがないので、何にすればいいか、かなり悩んだ。とりあえず、身に着けてもらうものにしたいというところまでは決まったのだが、その先が難航した。


 アクセサリーは、プレゼントとしてはいい気がするけれど、どんなものを選べばいいか見当もつかない。。ネクタイなら、仕事中もそばにいられるみたいで、いいような気もするけれど、これも、彼の趣味や流行がわからない。


 洋服も、自分の物を買うのにも毎回悩んでいるくらいだし、センスに自信がない。でも、それを着て人前に出るのでなければ……。


 というわけで、部屋着を買うことにしたのだ。部屋にいるときに着てもらえるのもうれしいではないか。



「何かお探しですか?」


 売り場をうろついていると、女性店員が声をかけて来た。本当は、こういうのは苦手だけれど、あえて答える。


「部屋着を買いたいんですけど」


「ご自宅用ですか?」


「いえ、プレゼントなんです」


 男性物の売り場なので、性別を聞かれることもなく、店員があれこれ勧めてくれる。


「部屋着でしたら、セットアップはいかがですか? これからの季節、こちらなんかもお勧めですけど」


 それは、ふわモコ素材のセットアップだ。温かそうだし、とてもかわいい。


「あっ、いいですね」



 いろいろなデザインや色合いのものがあったのだが、迷いに迷った挙句、どうせなら、うんとかわいいほうがいいと思って、白と淡い水色のボーダー柄のものにした。彼は背が高いので、サイズはLだ。


 彼が着ているところを想像して、ついニヤついてしまう。



「ありがとうございました」


 プレゼント用に包装してもらうと、ずいぶんな大きさになった。手提げ袋に入れてもらったものを受け取り、僕は売り場を後にした。




 その夜、今日撮った空写真をSNSに投稿した後、彼のページに行ってみる。案の定、しばらく更新されていない。


 正直なところ、僕もSNSに対するモチベーションは下がっている。なぜなら、わざわざSNSに投稿しなくても、写真を一番見てほしい相手には直接送ることが出来るからだ。


 それでも、彼と出会った大切な場所だし、空の写真を撮るのが好きなことに変わりはないので、以前からそうだったように、淡々と投稿し続けている。



 そろそろシャワーを浴びてベッドに入ろうかと思っているところに、彼からメッセージが来た。


―― 今電話しても大丈夫?


―― 大丈夫だよ!



 すると、すぐに電話がかかってきた。


「もしもし晴臣くん」


「はーい」


「話したほうが早いし、声が聞きたかったからさ」


「うん、僕も」


 僕も、彼の声が聞けるのはうれしい。


「誕生日のことだけど」


「うん」


「いろいろ考えたんだよ」


「うん」


「ちょっといいレストランで食事をするのもいいと思ったんだけど、やっぱり君に手料理を食べてもらいたいなあと思って」


「主役自ら料理を作ってくれるの?」


 電話の向こうで、彼がふふっと笑ったのがわかった。


「そうだよ。おいしい料理をたくさん作って、晴臣くんにお腹いっぱいになってもらいたいんだ。


 それが僕が一番したいことだから」


「うれしい。じゃあさ、バースデーケーキは、僕が用意するよ」


「えっ、いいの?」


「もちろん。だって仁さんの誕生日なんだから、やっぱりケーキくらいは僕が用意しないと」


「そういうもんかね」


「そうでしょ? 普通」


「そうか。じゃあお願いするよ」


「任せて」


 前にお土産に買って行ったケーキがおいしかったので、あの店で予約しようと思う。それからもちろん、例のプレゼントも持って行くのだ。




 今日は、彼のマンションまでの道を一人で歩く。二度往復しているので、慣れたものだ。



 チャイムを鳴らすと、すぐに彼が出て来た。僕を見るなり、眉を上げて言う。


「すごい荷物だね」


 僕は片手にプレゼントの大きな包み、片手にバースデーケーキの箱を提げている。


「えへへ」


 笑いながら玄関に入ると、彼は僕の手から荷物を受け取りながら言った。


「さあ、入って」


「おじゃまします」


 ケーキの箱をキッチンカウンターに、プレゼントの包みを椅子の上に置いて、彼が振り返る。


「来てくれてありがとう」


 そして、優しくハグしてくれる。僕も、彼の背中に腕を回す。


「お誕生日おめでとう」


「ありがとう」


 好きな人の誕生日を二人きりで祝えるなんて、幸せ過ぎる。感慨に浸っていると、彼が体を離して言った。


「さて、これから料理の仕上げをするから、ちょっと待っていて」


 さっきから、とてもいい匂いがしている。


 出来たてを食べられるように考えてくれているのだろうから、プレゼントを渡すタイミングは、その後だろうか。


 やけに大きな包みは、彼も気になっているだろうけれど、さすがに、それについては触れない。



 料理の準備を手伝おうとしたのだけれど、席に着いて待っていてほしいと言われた。




「さあ出来たよ」


 彼が次々に料理の皿をテーブルに並べながら説明してくれる。


「これはチキンのハーブ焼き。パリパリの皮が特徴だけど、晴臣くん、チキンの皮は大丈夫だよね?」


「うん、大好き」


「これはキッシュ。中にベーコンとチーズが入ってるんだ」


「へえ、こういうの初めて。おいしそう」


「ジャーン、カプレーゼだよ。晴臣くん好きでしょ?」


「うん」


 いつかスーパーのコンビニでプチトマトのカプレーゼを食べたと話したことがあったのを覚えていてくれたのか。


「それからこれはホウレンソウのポタージュ」


「へえ、すごくきれいな色だね」


 どれもとてもおいしそうだし、僕のためにメニューから考えて作ってくれたのだと思うと、とてもうれしい。



 向かい側に座った彼が微笑む。


「さあどうぞ、お腹いっぱい食べて」


「うれしい。すごいごちそうだね。僕の誕生日じゃないのに」


 僕の言葉に、彼が微笑みながら言った。


「君のために料理を作ることも、君に食べてもらうことも、僕にとっては、うんと楽しくてうれしいことなんだ。それに、こうして二人で過ごすことも、素敵な贈り物みたいなものだよ」


「あ……」


 不意に涙が出そうになる。こんなに幸せなことってあるだろうか。


 言葉に詰まっていると、彼が優しく言った。


「さあ、食べよう」




 おいしい料理を食べながら、いろんな話をした。



 彼が、感慨深げに言う。


「なんだか、すごく不思議な気がするなあ」


「うん?」


「僕たち、知り合ってから、まだ2ヶ月も経っていないんだよね。それが、こんなふうに誕生日を一緒に過ごしているなんて」


「ホント……」


 僕なんか、ずっとぼっちで、恋愛経験もゼロだった。それが、こんな素敵な人と恋人同士になれるなんて、夢みたいで、今でもまだ信じられないくらいだ。


「真子に感謝しなくちゃな」


「え?」

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