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第13話 ファーストキス

 それで、僕も白状する。


「僕、気持ちを隠すのが下手みたいで、それで高校のとき、片思いの相手にキモいって言われたんです。あの、僕、男性が好きなんです。


 だから、笹垣さんにはバレないようにと思って、自分ではがんばったつもりなんですけど、会うたび、好きな気持ちがどんどん大きくなって……」


 だけど、まさか彼も同じ気持ちだなんて、とても信じられない。それで、僕は言聞いた。


「でも、どうして僕なんか。こんな、冴えなくてヘタレで、なんの取柄もない僕なんかを」


「そんなことないよ」


「え?」


「君は、とても魅力的だよ。いつも一生懸命で、まっすぐで、気遣いが出来るし、優しいし」


 ああ、顔が熱い。


「そんな、ほめ過ぎです」


「それだけじゃないよ。一緒にいて、すごく楽しいし、君の見た目も、僕に対する態度も、何もかもがすごくかわいい。


 男の子に対してこんな気持ちになるのは自分でも不思議だし、最初は弟に対するような感情なんだと思っていた。でも、昨日、君が泣いているのを見たとき、僕が守りたいって思ったんだ。


 それで、やっぱり自分は恋しているんだって、はっきり自覚した」


「あ……」


 彼の言葉に、またも僕は泣いてしまう。自分の人生に、こんなことが起こるなんて想像もしていなかった。



「晴臣くん、顔を上げて」


 僕は、涙を拭いながら彼を見る。彼が言った。


「君のことが好きです。もしよかったら、僕の恋人になってくれませんか?」


 あまりの驚きとうれしさに、涙がドバドバ溢れ出して言葉にならない。顔がみっともなく歪んでいるのがわかるけれど、どうすることも出来ない。


 それでも、なんとか声を絞り出す。


「……僕も、大好きです。よろしく、お願いします」


 パーフェクト・オブ・パーフェクトの笹垣仁之助が、優しい笑顔で僕を見ている。これは、夢じゃなければ奇跡だ。



 呆然としていると、彼が立ち上がってこちらにやって来る。そして、僕の腕を取って言った。


「立って」


「あ……はい」


「うんと大切にするよ」


 彼のきれいな顔が近づいて来て、唇と唇が軽く触れ合うくらいのキスをして、すぐに離れる。僕の、ファーストキス。


 その後、彼は僕を両腕で包み込むように抱きしめた。僕も、彼の背中に回した両腕に力をこめる。


 そうして僕たちは、恋人同士になった。僕が19歳の秋のことだ。




 どうにも離れがたく、結局その夜も、僕は彼の部屋に泊まることになった。彼が、明日出勤するときに、一緒に駅まで行こうと言ったのだ。



 夕食は、僕が持って帰るはずだったクリームシチューを使って、彼がマカロニグラタンを作ってくれた。


「さあ出来たよ」


 彼が、オーブンから取り出した熱々のグラタンをテーブルに運んで来た。たっぷりかかったシュレッドチーズにこんがりと焼き色がついて、ほかほかの湯気とともに、香ばしい匂いが立ちのぼっている。


「いい匂い!」


 テーブルには、温野菜のサラダや、ふわふわの玉子のスープもある。


「なんだか、昨日からずっと同じもので悪いけど」


「そんなことないですよ。どれもすっごくおいしそう。


 笹垣さんって、ホントに料理が上手ですね。当たり前にアレンジ料理が出来るなんてすごいし、サラダや玉子スープを作るときの手際のよさといったら」



 だが彼は、テーブルに着きながら、真顔で僕を見て言った。


「あのさ、晴臣くん」


「はい?」


 僕は、にわかに不安になる。何かいけないことを言っただろうか。


 すると、彼がおもむろに言った。


「僕たち、恋人同士になったんだよね」


「……はい」


「だったら、『笹垣さん』は他人行儀なんじゃないかな」


「あっ……そう、ですね」


 言われてみれば、その通りだ。


「えっと、じゃあ、なんて呼んだらいいですかね」


「君は、なんて呼びたい?」


「えぇ、と。そうだなあ……」


 ササジンさんではおかしい気がするし、笹垣さんがいけないなら、仁之助さん、は、ちょっと長いような。


「じゃあ、『仁さん』っていうのはどうですか?」


 彼が、パチパチと瞬きをしながら、ちょっと照れくさそうな顔で言った。


「ま、いいけど。……それから」


 えっ、まだ何かあるのか?


「僕のほうがすいぶん年上ではあるし、君がとても礼儀正しいこともわかっているけど、恋人同士なのに、敬語はどうかな」


「あっ。まあ、たしかに」


「なんていうか、もっとフランクなほうが距離が縮まるっていうか」


 彼の頬が、ほんのり赤らんでいる。かわいい!


 僕は、ちょっとにやけながら言った。


「わかった。仁さん、これからも、僕をずっとそばに置いてね」


「ああ、うん。もちろんだよ」


 幸せだ。幸せ過ぎるっ!




 食事が終わると、彼が言った。


「後片付けしている間に、先にシャワーを浴びておいで。パジャマは、後で出しておくから」


「あっ、うん」


 なんだか、急にドキドキしてしまう。まるで本物の恋人同士みたい、というか、実際、本物の恋同士人になったわけだけれど、「先にシャワーを浴びておいで」ということは、つまりはそういうことなのだろうか。


 ようするに、今夜も一つのベッドで一緒に寝るわけだし、恋人になったからには、当然「そういうこと」をする前提なのか?


 でっ、でも僕は、彼が初めての恋人なわけで、キスだって、さっきのあれが初めてだったのだ。その直後に、いきなり「そういうこと」まで初体験してしまうわけなのかっ!?


 うわ、参った……。




 僕は、バスルームの鏡に映った自分の裸を呆然と見つめる。こんなんで大丈夫なのか?


 こんな貧弱な男の体を見て、僕に「付いているもの」を見て、それでも彼はそういう気持ちになれるのだろうか。たしかに、僕のことを好きだと言ってくれたし、恋人になってとも言ってくれたけれど、でも。


 過去の恋人とは、当然「そういうこと」だってしただろうけれど、相手はあくまで女性だ。今までに何人恋人がいたかは分からないけれど、何人だとしても、間違いなく全員女性だろう。


 この後、たとえそういう雰囲気になったとしても、僕の裸を見た途端に、一気に気持ちが萎えるのではないだろうか。それで、「やっぱり間違えた」みたいな。


 そうだよ。どうせそうに決まってる……。



 さっきまでのドキドキはどこへやら、僕は、すっかり暗い気持ちになって、シャワーを浴びてバスルームを出る。なんで僕は女の子に生まれなかったんだろう、などと思いながら。


 別に女の子になりたいわけではないけれど、女の子だったならば、彼も違和感なく「そういうこと」が出来るのではないかと。間違えたから、恋人の話はナシにしようと言われたら、僕はどうすればいいのだ……。




 彼が用意しておいてくれた、いい香りのするふかふかのバスタオルで体を拭いて、同じく用意しておいてくれた洗い立てのパジャマを着て部屋に戻ると、彼が、入れ違いにバスルームに向かいながら言った。


「湯冷めして風邪がぶり返すといけないから、ベッドに入って待っていて」



 言われた通り、僕はベッドに入って考える。そもそも、男同士でする「そういうこと」についてだが。


 何をどうするかということは、一応知識としては知っているものの、もちろん未経験だし、それを自分がするということが、どうしても想像出来ない。本当にこれから、そんなことをするんだろうか……?

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