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第11話 ベッド

「あはっ、やっぱりちょっと大きいね」


 彼が、にこにこしながら僕を見て言った。夜になり、貸してもらったパジャマに着替えると、僕には少しサイズが大きくて、そんな僕を、彼が上から下まで眺めまわして(?)いる。


 照れくさいやら恥ずかしいやらうれしいやらでドギマギしてしまう。だが、そんなことよりも。


 同じくパジャマを着た彼が、すぐそばで僕を見下ろしながら言った。


「じゃあ、そろそろ寝ようか」


「あっ……はい」


「体のことを考えて、明日は一日、部屋でのんびりしよう」


 そう言ってから、彼は、はっとしたような顔をした。


「いや、ちょっと先走っちゃったな。もちろん、明日、君に何も予定がなくて、なおかつ君がそれでよければだけど」


 僕の胸が、きゅんきゅんと切なく疼く。


「予定なんてなんにもないし、あの、すごく、うれしいです」


 一日一緒にいられるなんて夢のようだけれど、恥ずかしくて、顔が上げられない。すると彼が、僕の肩に手を置いて言った。


「よかった。とりあえず、ベッドに入ろう。冷えるといけないからね」


「は、はい」


 うわ、いよいよベッドイン。……ってそうじゃないよっ。



「どうぞ」


 彼が掛け布団をめくってくれたので、僕は、ギクシャクしながらベッドに入る。壁際のほうに移動すると、当たり前のように、するりと隣に入る彼。


 ヤバい、もう逃げ場がないではないかっ。いや、別に逃げる必要はないけれど、でもでもっ……。


 心臓が口から飛び出しそうになりながら、それでも一応、(成功しているかどうかはわからないが)平静を装って横になる。彼は、僕に布団を掛けてくれながら、ベッドに身を横たえた。


 やっぱり近い。いくらセミダブルと言っても、肩が触れ合うし、彼から漂って来るボディーソープの香りにクラクラする。



 内心パニックになりかけている僕に、彼が言った。


「気分はどう?」


「あっ、えぇと、薬が効いて来たのか、ずいぶん楽になりました」


 さっき、彼が食事の後で買って来てくれた風邪薬を飲んだのだ。ものすごくドキドキしてはいるけれど、体が楽になって来たのは本当だ。


「よかった。明日には、すっかりよくなっているといいけど」


「はい。ありがとうございます」


 彼が体の向きを変えて、こちらを見たのがわかった。こんな至近距離で恥ずかし過ぎるっ。


 彼が言った。


「夜中に具合が悪くなったり、何か困ったことがあったら、遠慮しないで起こして。いい? 我慢なんかしちゃだめだよ」


 ああ、なんて優しいんだろう……。


「わかりました。ホントにありがとうございます」


 ちらりと横を見ると、彼はこちらを見て、優しい微笑みを浮かべている。


 尊い、美しい、そして神々しい……。


「それじゃ、電気消すよ」


「は、はい」


「おやすみ」


「おやすみなさい」



 彼がリモコンでシーリングライトを消すと、部屋が暗くなった。暗闇の中、一つのベッドに、大好きな人と一緒に……。


 こんなんで眠れるわけがない。触れようと思えばすぐにでも触れられるところに、というか、すでに触れている肩の先に彼がいるのだ。


 もちろん、いやらしいことをしようなんて一かけらも思っていないし、そんな気持ちの余裕はないけれど、あの爽やかで優しくて笑顔が素敵なイケメンで、パーフェクト・オブ・パーフェクトのササジンこと笹垣仁之助が、僕のすぐ隣に寝ているのだっ!



 体は固まって一ミリも動けないまま、頭の中であーでもないこーでもないと考えて興奮していると、やがて横から静かな寝息が聞こえて来た。


 笹垣さん、もう眠っちゃったのか……。なぜか落胆する僕。


 当たり前だよ。彼には、僕みたいに興奮する理由がないんだから、そりゃあ眠るさ。



 いろいろと複雑な思いはあるものの、彼の規則的な寝息を聞いているうちに、だんだん気持ちが落ち着いて来た。とにかく明日も一緒にいられるんだし、なんだかんだ言ったって、とても幸せな状況には変わりないのだ。


 笹垣仁之助さん、僕はあなたのことが大好きです。胸いっぱいにそう思いながら、いつの間にか、僕も眠りに落ちた。




 何やら夢を見ていたようだけれど、それは、目が覚めるのと同時に、霧のようにどこかへ消え去ってしまった。


 そう言えば、僕は……。ぼんやりした頭で記憶をたどる。


 僕は、彼のすぐ隣で寝ているのだ! はっとして、目を開けるのと同時に横を見ると、じっとこちらを見ている彼と目が合った。


「わっ!」


 僕は、あわてて両手で顔を隠しながら壁のほうを向く。すると、彼が僕の肩に触れた。


「うわっ」


 びっくりして、思わず首をすくめる。


「晴臣くん? 大丈夫?」


 僕は顔を隠したまま答える。


「あっ……はい」


「具合はどう?」


「だっ、大丈夫です」


「だったらこっち向いてよ」


「だっ、ダメです」


「どうして?」


「だって、恥ずかしい」


 背後で、彼がくすくすと笑っている。


「なんで恥ずかしいのさ」


「だって、さっ、笹垣さんが見てるから」


「そりゃあ見るよ。このベッドで隣に誰かが寝ているなんて初めてだしね」


 そ、そうなのか。それはなんだかうれしい気もするけれど、でもっ。


「こんな近くで見られたら……」


 毛穴とか、全部見えちゃうし。すると、相変わらずくすくす笑いながら彼が言った。


「そんなこと言ってももう遅いよ。さっきからたっぷり見たし」


「たっ……」


 たっぷりって! じゃあ毛穴も!?



 彼が、ポンポンと僕の肩を叩く。


「だからもう、観念してこっち見てよ」


 観念って……。恐る恐る向き直ると、彼が寝起きとは思えない爽やかな顔で微笑みながら言った。


「おはよう」


「お、おはようございます」


「昨夜はよく眠れた?」


「はい」


 眠れるわけがないと思っていたのに、夢を見るほどぐっすり眠った。


「それならよかった。風邪はどう?」


「もう治ったみたいです」


「ああよかった」


 心底ほっとしたように言う。


「迷惑かけちゃって、すいませんでした」


「迷惑なんかじゃないよ。かわいい寝顔も見られたし」


「えっ」


 かっ、かわいいってっ! 一瞬のうちに顔が熱くなる。また熱が出るよ……。




 日曜日の今日、遅めの朝食(いわゆるブランチというやつ?)をゆっくり取りながら、いろいろな話をした。


 朝食のメニューは、トーストとコーヒーに、昨日のクリームシチューとサラダだ。彼は「残り物でごめんね」と言ったけれど、昨夜は体調のせいであまり食べられなかったので、僕はとてもうれしい。


 実家にいたときは、次の日のカレーも大好きだったし。そう言うと、彼はにっこり笑ってくれた。


 食べながら、彼が言った。


「実家にはよく帰るの?」


「はい。たまにですけど、平日の昼間に行って、母の手料理を食べたり、猫と戯れたり。


 でも、父は苦手だから、顔を合わせないように早めに家を出るんです。夕方になると、いつ帰って来るかと落ち着かなくなっちゃって」


 僕は笑って見せる。


「そうなんだ」


 彼が、優しい目で僕を見ながらうなずく。

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