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第6話 パーフェクト・オブ・パーフェクト

 緊張しっぱなしのまま、登山口駅に着いた。約束の時間のほぼ三十分前。予定通りだ。


 僕は、改札が見える場所に立ってササジンを待つ。もしも会えない場合には、どちらかが電話かメッセージを送ることになっている。


 ああ、ドキドキする……。週末なので、遠足の小学生はいないが、観光シーズンの今は、そこそこの人出だ。



 電車が着いて、改札から人が出て来るたびに緊張感が高まる。なんだかもう、地べたにへたり込みたいくらいだったのだが。



 見た瞬間、それが彼だとわかった。人波の中で、彼だけが輝いて見えた。


 僕が一目惚れした写真も、とても素敵だったけれど、実物のササジンは、それよりも、さらにずっとずっと素敵だった。



 多分僕は、ものすごく間抜けな顔をして彼を見ていたと思う。そのせいなのか、僕に目を留めた彼は、真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来た。


 すらりとして背が高く、さらりと額にかかった前髪といい、颯爽と歩くデニムに包まれた長い足といい、あぁ、パーフェクト・オブ・パーフェクトだよ!!



 彼に釘付けになっている僕のそばまで来た彼は、これまたパーフェクトに爽やかな笑顔で言った。


「空っぽさんですか?」


 こ、声まで素敵だっ。


「は……はい」


「はじめまして、ササジンです。笹垣仁之助といいます」


「はぁ……」


 胸がいっぱいで、頭が真っ白になってなかなか言葉が出て来ない。


「あ……えぇと、僕は、日下部晴臣です」


 彼は、さらににっこり笑って言った。


「晴臣くん」


「あっ、は……はいっ、晴臣です」


 わー、ササジンが、僕のことを晴臣くんだって晴臣くんだって晴臣くんだって。興奮と緊張で、もう何がなんだかわからない。



 頭から湯気を出している僕に、彼は言った。


「これからどうしようか」


「えぇと、さ、ささ、笹垣さんは、小此木山は初めてですか?」


 落ち着け僕。


「うん。晴臣くんは?」


「ハル、いえ僕は、小学校のときに遠足で来ました」


「へえ、そうなんだ」


「あの、駐車場の向こうにケーブルカーがあって、それで途中まで行けるんです。そこに、小さな神社があって」


「そう。それじゃ、とりあえずそこまで行ってみようか」


「はいっ」



 ケーブルカー乗り場に向かいながら、彼が言った。


「目が合った瞬間、すぐに君だとわかったよ」


「えっ、そうですか?」


 それはやはり、思いっきりガン見していたせいだろうか。


「キラキラした目で僕を見てたから」


「あっ、すいません。じろじろ見て」


 彼は、くすっと笑って言った。


「想像してたより、ずっとかわいくて驚いたけど」


「えっ、わっ、そんなっ」


 顔がカッと熱くなる。まずい、今、絶対真っ赤になってるぞ。


「ささ、笹垣さんも、写真よりもさらに素敵で」


「ははっ、照れるな」


 うわ、照れ方まで爽やか過ぎるじゃないかっ。



 出会ってまだ、ものの数分だというのに、僕はへとへとに疲れ果てていた。だが、うれし過ぎる疲れだ。




 混み合うケーブルカーの座席に、運よく隣り合って座ることが出来た。肩先が軽く触れてドキドキする。


 どうしていいかわからなくて、僕は窓のほうを向いて景色に見とれているふりをする。そんな僕に、彼が話しかけて来た。



「『空っぽ』っていうハンドルネームは、空にかけて?」


「そうです。それと、僕って中身がなくて空っぽだから」


「そんなことないよ」


 強い口調に、思わず顔を見ると、切れ長のきれいな目がこちらを見つめていて、僕は恥ずかしくなってうつむく。


「あんなに素敵な写真が撮れるのに、空っぽなんかじゃないだろ?」


「でも、素敵なのは空で、僕はただ、それをカメラに収めているだけだから」


 そう言うと、彼が微笑んだ。


「君って面白いね」


「そんなこと……。あっ、笹垣さんは、笹垣仁之助さんを縮めてササジンさんですか?」


「そう。ひねりがないけどね」


「そんなことないです。笹垣仁之助さんって、お侍さんみたいですね」


「よく言われる」


「あっ、すいません。そういうふうに言われるの、イヤでしたか?


 言われ過ぎてうんざりしてるとか……」


 彼が笑う。


「君ってホントに面白いね。そんなことないよ。


 武士みたいな名前だねってよく言われるけど、それですぐに覚えてもらえるし、話の種にもなるし」


「そうですか」


「晴臣くんの『晴』の字は、晴れた空の『晴』?」


「あっ、そうです」


「素敵な空の写真を撮っている君にぴったりだね」


「そうですか? 考えたことなかったけど」


「いい名前だね」


「ありがとうございます」



 やがて、ケーブルカーは終点に着いた。




 ケーブルカーを降りた人たちの流れに沿って歩いて行くと、すぐに神社が見えて来た。


「せっかくだから、お参りして行こうか」


 彼がそう言い、僕たちは神社に向かう。



「へえ、小此木かと思ったら、此木神社って言うんだね」


 由来を書いた看板を見ながら、彼が言う。


「ご本尊は毘沙門天だってさ」


「はぁ……」



 二人並んで、お賽銭を投げ入れた後、一緒に縄を持って鈴を鳴らす。初めての共同作業、なんて。


 二礼二拍手をして、僕は手を合わせて目をつぶる。


 ササジン改め笹垣仁之助さんと、末永く仲良く出来ますように。あっ、それと、いい写真がたくさん撮れますように。


 毘沙門天さん、どうかよろしくお願いします。



 笹垣さんは、何をお祈りしているんだろう……。



 お参りを終えて顔を上げると、彼がスマホを取り出して言った。


「写真撮ろうか」


「はい」


「じゃあ、ここに立って」


「あっ、はい」


 僕を賽銭箱の前に立たせてパチリ。


「じゃあ僕も一緒に」


 そう言って僕の横に立って、こちらに身を寄せてツーショットをパチリ。うわ、ヤバっ。


「写真は、後でまとめて君のスマホに送るね」


「あっ、はい」


 後でまとめてということは、この後もまだまだ撮るのか? そうなのか? う、うれしい……。


 そう言えば、すっかり忘れていたが、そもそもここには写真を撮りに来たのだった。まあ、僕の場合、一応(建前は)空の写真なのだが。


 でもでも、僕もどさくさに紛れて(違う)、彼の写真を撮ろう。そう思い、遅ればせながら、僕もスマホを取り出す。


「僕にも笹垣さんの写真撮らせてください」


「じゃあお願いしようかな」


 やった。僕は彼にスマホを向ける。カメラ越しの彼も、ものすごく素敵だ。


 勢いにまかせてニ、三枚一気に撮って、ついでに、ちょっとズームアップして撮ったりなんかもして。



 ひとしきり撮ってから、僕は言った。


「ここからは、歩いて頂上まで登ります。上には展望台があって見晴らしがいいし、お土産屋さんがあって、そこで食事も出来ます」


「そうか、楽しみだな」


 僕もめちゃめちゃ楽しみだ。彼と一緒に登山をして、写真をたくさん撮って、一緒にお昼を食べて……。


 今もまだ夢を見ているみたいだ。ぼっちでヘタレの僕が、SNSで知り合ったとっても素敵な人と、小此木山に来ているなんて。



 登山とは言っても観光地なので、歩きやすいアスファルトの道路が続いている。それでも登り坂を歩いていると、息が上がって来る。


 同じく息を弾ませながら、彼が言った。


「けっこうしんどいね。僕は普段、会社とマンションの往復しかしていないから、こんなに歩くのは久しぶりだな」


「僕も、コンビニとスーパーくらいしか行かないから」


 だけど、こうして彼と並んで山を登るのは、どんなにしんどくても、とても幸せだ。それはともかく、会社と家の往復しかしていないということは……。


「あの、立ち入ったことを聞いてもいいですか?」


「何?」


「笹垣さん、付き合ってる人とか……」

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