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第5話 当日

 僕はふと、高校生のときのことを思い出す。僕には、ずっと片思いしている人がいた。


 その人は同級生の(もちろん)男子で、ヘタレな僕に告白なんか出来るはずもないけれど、それでも、好きな気持ちがダダ漏れしていたようで、ある日、いつも目で追っていた彼と目が合ったときに言われたのだ。


「お前、いつも俺のこと見てない? なんかキモいんだけど」



 ショックだった。辛くて苦しくて、一人の部屋で、ずっと泣いていた。


 それがきっかけで不登校気味になってしまい、もちろん、その理由は誰にも言わなかったけれど、父に、学校に行かないならさっさと辞めて働けと激怒されたのだった。



 あんな思いは、二度としたくない。ササジンにキモいと思われたくない。


 だけど、友達としてならば、ひょっとすると、ササジンと親しくなれるかもしれない。



 そこまで考えて、ふと我に返る。いやいや、まだ一緒に小此木山に行くなんて決まってないじゃん。


 ササジンは、ホントにそこまで考えていなくて、僕が誘ったら、「そんなつもりじゃなかったのに」と思って、やんわりと断って来るかもしれない。


 でも、僕の見た目が冴えないことも、ササジンがそんなつもりじゃないかもしれないことを踏まえても、それでもやっぱり、僕はササジンに会ってみたい。


 僕だって、もしかしたら実際に会ってみて、「イメージと違った」と思うかもしれない。何しろ、一目惚れをしたと言っても、写真一枚しか見ていないのだ。


 たまたまあの写真はものすごく僕好みのイケメンに写っているけれど、実際はそうでもないかもしれないし。


 どっちにしても、僕はササジンに会ってみたい。これは、ものすごいチャンスなのだ。



 僕は、部屋にとって返し、スマホにメッセージを書き込む。


―― ホントですか? よかったら一緒に行きませんか?


 断られても、お互いに気まずくならないように、あえてさらっと書いて、送信する。もしも断られても、平気なふりをすればいい。


 多分、実際はすごく落ち込んで泣いたりするたろうけれど。



 その日のうちに、返信は来なかった。




 まあそうだろうなと思いつつ、僕はいつも通りに過ごした。もうなるようにしかならないのだと思うと、意外と気持ちは落ち着いていた。


 ササジンのことが一段落したら(一段落ってなんだ?)、久しぶりに実家に帰って、桃太郎をモフモフしたり、母の手料理を食べさせてもらったりしようか、などと思いつつ。




 そして、夜になった。今夜来なかったら、もうDMは来ないだろうし、ササジンと会うこともないだろう。


 そう思い、レンジで温めた冷凍の炊き込みご飯、その他モロモロを持って部屋に戻ると、来ていた。


―― ぜひ行きましょう! 僕は土日が休みなので、そのどちらかでどうですか?


「あ……」


 僕は、ローテーブルの前にへたり込んだ。嘘……じゃない。


 すごく、すごくうれしい。でも。夢見ていたことが現実になった途端、不安でいっぱいになる。


 人見知りの激しい僕は、きっと初めてササジンに会ったら、緊張して挙動不審になってしまうだろう。キモいやつだと思われて、嫌われてしまう。


 どうしよう……。だけど、ササジンが「ぜひ行きましょう!」と言ってくれているのに、断るなんて出来ない。それこそ決定的に嫌われて、もうSNSの繋がりも途切れてしまうに違いない。



 こんなことを考えてうじうじしている自分のことが、つくづく嫌になる。そもそも、僕が誘ったのだから、断るなんていう選択はあり得ない。


 たとえ嫌われるにしても、会わずに嫌われるよりは、会って嫌われるほうがマシなのではないか。いや、そのほうが精神的なダメージは大きいような気がするが、とにかくもう、会うしかないのだ。


 ていうか、会うのが目的じゃなくて、小此木山に行くのが目的なんだよ。まあ、実は僕の第一目的は会うことだったりするわけだが、あくまで建前は、小此木山に行って、空の写真を撮ることなのだっ。



 覚悟を決めて、僕は返信した。


―― 僕はいつでも空いているので、ササジンさんの都合に合わせます。とても楽しみです!



 うわ、参った。本当にササジンと会うことに、いや、一緒に小此木山に行くことになってしまった……。




 翌日、僕は久しぶりに、電車に乗って買い物に出かけた。小此木山に着て行く洋服を買うためだ。


 しばらく服は買っていないし、いつも着ているシャツやTシャツは全然イケていない。デニムは持っているものでいいとしても、上に羽織るパーカーか何かもほしい。


 なんなら靴も買いたいが、登山をするからと言っても、小学生が遠足で行くような山に、マジな登山靴は大げさだし、新品でピカピカのスニーカーは、ちょっと恥ずかしい気もする。


 わー、大変だ……。




 一日中、ファッションビルをいくつも梯子して、くたくたに疲れたけれど、なんとか満足のいく買い物が出来た。


 僕のファッションセンスは大丈夫だろうか。これを着て、ササジンに会いに行くのだっ。




 それからの展開は早かった。小此木山に行くための具体的なことは、全部ササジンがリードして決めてくれた。


 直接連絡が取れるメッセージアプリと電話番号の交換(うれし過ぎ!)、日時と待ち合わせ場所、当日が雨だった場合どうするか、などなど。


 さすがは大人、さすがは社会人。頼もしさに、ますます好きな気持ちが大きくなる。



 会ったときにお互いを認識出来るように、顔写真の交換はしなくていいのかと思ったが、そういう話にはならなかった。


 一応こちらはササジンの写真を見ているし、顔がわからなくても、目印とかメッセージでなんとかなるとは思うが、いきなり僕の顔を見たササジンがどう感じるかというのが、少し、いや、かなり気になる。


 ああ、僕もイケメンに生まれたかった……。



 それから約束の日までは、部屋の掃除と空写真を撮る以外は、いや、それらをしている間もずっと、とにかく寝ても覚めてもササジンのことを考え、うれしくなったり不安になったりしながら、居ても立ってもいられないような気持ちで過ごした。


 ちょっと食欲もなくなったりして、これ以上痩せると、もっとしょぼくれてしまうと思って無理矢理食べて気持ち悪くなったりもした。前の晩は、ほとんど眠れず、クマが出来たら余計ブサイクになってしまうのにと思いながら、結局、明け方近くになって、ようやくうとうとしたのだった。




 そして、いよいよ当日。


 案の定、早朝に目覚めてしまった僕は、ざわざわする胸を押さえながら、なんとかベランダから朝焼けの写真を撮り、SNSに投稿してから、シャワーを浴びて、念入りにシャンプーした。


 ただでさえパッとしないのだから、せめて清潔にしなくてはと思う。幸い、今日はいい天気になりそうだ。



 緊張し過ぎて食欲はないけれど、それでヘロヘロになってしまったり、ササジンの前でお腹が鳴ったりしてはいけないと思い、リンゴをむいて食べた。食欲がなくても、口当たりのいい果物ならばなんとか食べられるのだ。



 待ち合わせの場所は、小此木山登山口駅だ。あらかじめ時刻表を調べ、乗換案内アプリで、ちょうどいい時間に着く電車もわかっている。


 出来れば、先に着いて待っていたいので、早めの電車で行くつもりだ。電車に乗り遅れないよう、早めに家を出ることにする。


 緊張に胸がドキドキして、手も震える。今からこんなことでどうするのだと思うが、僕はとんでもないヘタレだし、好きな人に初めて会いに行くのだからしょうがない。



 いやあ参った参ったと思いながら、しっかり充電したスマホを持って、僕はマンションを出た。

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