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第3話 DM

 たまに「いいね」がつき、ササジンかと思って勇んでチェックすると、ほかの人で、その人には申し訳ないが、ひどくがっかりした。結局、ササジンの反応も更新もないまま、週末になった。


 こうなることはわかっていたけれど、それでもやっぱり気持ちが落ち込んだ。たかがSNSくらいで、しかも何か悪いことがあったわけでもないのに、こんなに落ち込む僕ってバカなのか……。




 土曜日には、諦めの境地になって、とは言いつつ、頭の中には、いつもササジンがいたけれど、ちょっと落ち着こうと思って、空写真を撮るのもSNSのチェックもお休みした。



 午前中にスーパーに行って、惣菜や果物、その他モロモロと、店内で焼いているパンを買って、それを昼ご飯にすることにして、エコバッグを肩にかけて、ぶらぶらと歩いて帰る。


 いつもの癖で空を見上げたら、雲がいい感じだったので、やっぱり写真を撮ろうとスマホを手に取る。


 写真もいい感じに撮れたので、せっかくだから、その場で投稿し、結局は、またササジンのページを見に行ってしまった。すると。



 ほんの数分前に新しく投稿されている。


―― 昨日の会社の飲み会で二日酔い。頭痛い💧


 えっ、えっ、それは大変だっ。僕は思わず書き込んだ。


―― 大丈夫ですか?


 送信ボタンをタップしてから、頭が痛いって言っているんだから大丈夫じゃないに決まっているのに、ものすごくしょーもないことを書いてしまったと後悔したのだが、なんと、すぐに返信があった。


―― ありがとうございます。今、空っぽさんの空の写真を見て癒されているところです。


 えーっ、マジか。う……うれし過ぎる。僕は思わず身悶えしそうになって、スーパーの帰りの路上にいることを思い出した。


 とりあえず、道路の脇によって、さらに書き込む。


―― こちらこそありがとうございます。すごくうれしいですけど、スマホ見てると余計に頭が痛くなっちゃうかも。


 大きなお世話のような気もするし、こんなことを書き込んだらムッとされるかなあとも思ったのだが、でも、僕の正直な気持ちだ。そういうときは、目を閉じて安静にしていたほうがいいのではないかと思う。


 これで終わりかと思ったら、ササジンからも、さらに返信が来た。


―― 優しいですね。お言葉に従って、一休みして、体調が回復してから、またゆっくり拝見します。


 えーっ、えーっ、マジかマジかマジなのかっ。この僕が優しいって!? 


 うれし過ぎて死にそうだ。いや死なないけど。


 本心では、さらに返したいところだが、しつこいやつだと思われたくない。それに、何度もスマホに向かって文字を打つのは、頭痛のときには辛いだろう。


 僕は、ぐっとこらえて、ササジンのコメントに「いいね」をしてスマホを閉じた。


 僕の横を、人が行き交っている。いつまでもこんなところに突っ立ってスマホをいじっていては、通行のじゃまになってしまう。早く帰ろう。




 マンションに着いて、エレベーターを待っているところまでは我慢していたのだけれど、誰もいないエレベーターに乗り込んだ途端に、僕はニヤニヤしてしまう。防犯カメラに映ってしまうなあと思いながら、うつむいて、やっぱりにニヤニヤしてしまう。


 だって、ササジンといっぱいやり取りしてしまった。僕の写真を見て癒されているって、僕のこと、優しいって。


 ああ、うれしいなあ……。



 だけど、二日酔い、大丈夫かな。会社の飲み会か。サラリーマンは大変だな。


 じゃあ、さっきはベッドでスマホを見ていたんだろうか。いや、もしかしたら床に布団を敷いて寝ているのかも。


 やっぱり一人暮らしなんだろうか。着ているのは、パジャマか、それともスウェット?


 ああもう、頭の中がササジンでいっぱいだ。




 チーズフランセと焼きカレーパンとチョココロネ、それにプチトマトのカプレーゼでお昼にした後は、トイレとバスルーム、及び洗面台の掃除をした。


 水回りは、住んでいる限り、どうしても使わないわけにはいかないけれど、水垢やカビなど、やっかいな汚れがたまりやすい場所でもある。


 だから、いつ叔父さんが帰って来ても焦ることがないよう、掃除にはかなりこだわっているのだ。お掃除グッズもいろいろ駆使して気合いを入れて掃除する。



 すっかりきれいになった頃には汗だくになっていたので、ついでにシャワーを浴びると、もう夕方だった。


 少しお腹も空いたので、早めの夕飯にして、寝るまでにまた空いてしまったら、夜食を食べればいいか、などと思いつつ、とりあえず冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、自分の部屋に行く。



 ちょっとドキドキしながらスマホを開く。ササジンの頭痛はもう治まっただろうか……。


 すると、うれしいことに、ササジンからのいくつかの「いいね」とともにコメントが。と思ったら、なんとコメントではなくDMが来ている。


 ななななんてこった!! キャップを開けかけたペットボトルをローテーブルに置いて、僕はDMを開く。


―― いきなりDM失礼します。おかげさまで二日酔いもすっかりよくなり、空っぽさんの写真、じっくり拝見しました。


 どれも素敵で、特に朝焼けの写真にはうっとりしました。それで、こんな素敵な写真を撮るのはどんな人だろうと興味がわきました。


 以前のコメントに「僕」とあったので、男性だということはわかりましたが。もしも気が向いたら教えてください。



「え……」


 あまりのことに、しばらく息をするのも忘れていた。まさか、こんな。夢じゃないのか? 


 こんな素敵過ぎる展開になるとは思ってもみなかった。ササジンが僕の写真を見て「いいね」してくれただけでも十分にうれしいのに。


 それで、もしもコメントを書いてもらえたら最高、と思っていたら、まさかのDM。しかもこの内容。


 あの朝焼けの写真にうっとりしてくれたのか。それで、僕に興味を持ってくれたのか。 



 僕は、スマホを握りしめたまま、ベッドにダイブした。ああもう、うれし過ぎて、僕はどうにかなってしまう!!


 たしかに、僕はプロフ欄に、「空の写真を撮っています」としか書いていない。そんなのは、見ればわかることで、プロフィールでもなんでもないが、それ以外になんと書いていいかわからなかったのだ。



 枕に顔をうずめながら考える。なんて返信しよう。もしや、ここが運命の分かれ道になるのではないかっ!?


 アホなことを書いてがっかりされたり、呆れられたりしないように、細心の注意を払って文面を考えねば。


 自分のことを、どの程度まで出せばいいのだろう。あまり素っ気ないと、嫌がっていると勘違いされて、それっきりになってしまいそうだし、あんまりあれこれ書きすぎてもめんどくさいやつだと思われそうだし……。


 だからといって、嘘は書きたくない。好きな相手に、嘘はつきたくない。



 僕は、ペットボトルのお茶のことも忘れて、スマホに文章を書き込んでは消し、書き込んでは消しを繰り返した。途中で暗くなったので、電気を点けた。


―― DMありがとうございます。とてもうれしいです。


 僕は19歳で、海外赴任中の叔父さんのマンションの管理をする、というか、そこに住むという、アルバイトとも言えないようなアルバイトをしています。


 空の写真を撮るのが唯一の趣味です。



 それから、思い切って最後に付け足す。


―― 偶然、ササジンさんが猫と写っている写真を見つけて、とても素敵な人だと思いフォローしました。



 何度も文面を読み返す。これでいいのか、素敵な人だと思ったなんてキモいだろうか……。


 でも、これが事実だ。これでキモいと思って引かれるなら、そういう運命なのだ。


 僕はドキドキしながら、送信ボタンをタップした。



 ようやく思い出してペットボトルに手を伸ばすと、お茶は、もうすっかりぬるくなっていた。

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