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第2話 朝焼け

 この部屋は7階なので、とても見晴らしがいい。空に浮かんだ雲もいい感じだ。


 僕は空の写真を撮って、そのままSNSに投稿した。そして、すぐにスマホを閉じる。


 ササジンのことで、一人盛り上がってしまったけれど、これと言ってやることもないし、やっぱり、少しベッドで横になろう。そう思い、部屋に戻った。




 夕食は、昼にコンビニでヤンニョムチキン弁当と一緒に買ったほろほろチキンカレーと、母にいつも野菜を摂りなさいと言われているのでグリーンサラダ(大)にした。


 チキンカレーをレンジで温め、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、自分の部屋に持って行く。家具や床をを汚したりしないよう、基本、自分の部屋を中心に生活しているのだ。



 ヤンニョムチキン、チキンカレーとスパイシーで濃いものが続いて、ちょっと失敗したと思った。偶然だが、なぜかどっちもチキンだし。


 明日は和食か、何かさっぱりしたものにしよう。そう思いながら、キッチンで後片付けをして、シャワーを浴びるためにバスルームに向かう。




 シャワーを浴びた後、部屋に戻ってドライヤーで髪を乾かしてからスマホを見ると、SNSの通知が来ていた。反射的に開くと……。



 ササジンが、僕をフォローしてくれていた。フォローバックだけならば、ただの儀礼的なものかもしれないが、いくつかの「いいね」とともに、昼過ぎに投稿した画像にコメントが書き込まれている。


―― どれも素敵な写真ですね。更新を楽しみにしています。


 えっ? えっ? マジかーっ!? 僕は、スマホを握りしめたまま、ベッドに崩れ落ちた。


 ササジンが、僕にコメントをくれた。「どれも素敵な写真ですね」と、「更新を楽しみにしています」と。


 マジか? マジか? マジなのか!? う、うれし過ぎる……。



 もちろん、それだって儀礼的なものかもしれないが、それにしたって、僕のフォローなんてスルーしてもよかったのだ。


 それをわざわざここまでしてくれたのだから、うれしがってもかまわないだろう。だって、ササジンがっ!!!



 しばしベッドの上で喜びに悶えた後、僕は我に返る。そうだ。コメントにレスしなければ。


 なんて書けばいい? それによって、今後の展開が違って来るかもしれない。


 ここは好感を持たれるような、この先も交流出来るような、けれどもあまりなれなれしくならないようなコメントを返さなければ……。


 さんざん考えた後、僕は慎重に文字を打ち込んだ。緊張のあまり、ちょっと手が震える。


―― コメントありがとうございます。フォロバもありがとうございます。


   写真を見ていただけてうれしいです。僕もササジンさんの更新を楽しみにしています。



 「ありがとうございます」二つはくどいような気もしたが、迷った末に、やっぱり二つで行くことにした。どっちもそれぞれに、すごくうれしいからだ。


 溢れる思いはいろいろあるが、それを書いて引かれたくない。削りに削ってここまでシンプルにしたので、これ以上は削れない。


 何度も読み返して、よし、これで行こうと決めて、気合いを入れてタップした。



 送信した後は、すっかり疲れ切ってぐったりしたが、胸がドキドキして、頭の中がササジンでいっぱいで、僕はベッドに寝転がったまま、アホみたいに天井を見つめ続けた。


 SNSで見かけただけの人に、フォロバされてコメントをもらったくらいで、こんな気持ちになるなんて、我ながら大丈夫かと思う。こんなことで、いちいち興奮していては身が持たない。


 これは多分、僕があまりにも孤独で暇なせいだ。それはそうなのだが、別にササジンと付き合おうと思っているわけじゃないし、SNSを楽しみにするくらい、まあいいかとも思う。


 誰かに迷惑をかけるわけじゃないし、とにかく楽しみがあるというのはいいことだ。うん、そうだ。


 これも多分、暇なせいだと思うし、もともとの性分でもあるのだが、僕は何かと考え過ぎる傾向があるのだ。それで自滅することも、過去に多々あった。


 学校に行けなくなったのも、そんな感じだ。でも、さすがにSNSくらいで自滅なんてあり得ないし、そうならないよう、冷静に冷静に……。



 そうは言いつつ、その夜は、ずっとササジンのことを考えながら、いつの間にか眠りについた。




 これも多分、暇で、あまり体力を使っていないせいではないかと思うのだが、いつも朝は、おじいちゃんかと思うくらい、早く目が覚めてしまう。


 だが、そのおかげで、朝焼けの美しさを知った。今朝もとびきり早く目覚めてしまった僕は、スマホの電源を入れながら、パジャマのままベランダに向かう。


 朝焼けがきれいだったら、写真を撮ってSNSに投稿しよう。そして、ササジンに見てもらいたい。




「おぉ……!」


 期待通りの朝焼けだ。


 朝焼けは、湿度によって色合いが変わるらしい。湿度が低いとオレンジっぽく、湿度が高いと赤っぽくなるとネットに書いてあった。


 今朝は、僕の好きな赤っぽい朝焼けだ。赤と言うより、濃いピンクと言ったほうがいいだろうか。


 朝焼けの色合いは、時間の経過とともに刻々と変化する。太陽がすっかり昇らないうちが勝負だ。 


 僕は、夢中になって、何枚も写真を撮った。そうしているうちにも、だんだん空から赤味が消えて行く。


 やがて朝焼けは終わり、結構な枚数が撮れたので、部屋に戻る。




 たくさん撮った中から、時間をかけて選んだ三枚をSNSに投稿してから、ササジンのページをチェックする。なかば予想していた通り、まだ更新はない。


 例の、猫と一緒に写った写真をしばらく眺めながら考えてから、僕はその写真を自分のスマホに保存した。僕ってヤバいやつだろうかと思いつつ、欲望に抗えなかったのだ。



 着替えて顔を洗い、早朝の街をコンビニに向かうため、マンションの部屋を出た。エレベーターを待ちながら考える。


 ササジンは、まだ寝ているだろうか。それとも、もう起きて、出勤の準備をしているだろうか。




 ササジンが「いいね」してくれたらうれしいな。コメントも書き込んでくれたらもっとうれしいけれど。


 でも、あんまりSNSに積極的じゃないみたいだから、たまにしか見ないかも……。



 思った通り、待っていてもササジンからの反応はない。チェックしてみても、自身の更新もしていない。


 そりゃそうだ。サラリーマンは忙しいんだから、呑気にSNSなんてやる暇はないのだ。


 そう自分に言い聞かせるが、やっぱり寂しい。ササジンに朝焼けの写真を見てほしい。


 あの写真を見たら、彼ならば、きっと「いいね」してくれるんじゃないかと思うのだが……。




 その日は一日中、ササジンの反応を待っていたが、とうとうなかった。がっかりしたけれど、あの更新頻度ならば、見ていないのも当たり前な気はする。


 いつか彼が見てくれることを信じて、毎日空の写真を投稿しよう。本当は、ササジンが最初に見たとき、あの朝焼けの写真がトップにあってほしいけれど、更新しないでいて、TLから消えて忘れ去られてしまうのも悲しい。


 そう思い、いつも以上に空の写真を撮ることに力を注いだ。いつも以上に空を見上げて、いい形の雲や、雲間からのぞく太陽が見えれば、構図にも気を遣いながら、何枚も撮っては厳選したものを投稿した。


 僕に出来ることはそれしかないのだから。かすかにでも、ササジンと繋がっていられることを信じて。

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