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第10話:武王の領域

「我名は武王ぶおう、武の道を極めし王だ。」


 その堂々たる名乗りに、場の空気が一気に張り詰めた。

 武王の厳格な声はまるで岩を砕くかのように響き渡り、対峙するカイもその圧倒的な威圧感に眉をひそめる。


 両者の視線が交わると同時に、戦いの火蓋が切って落とされた。


 武王が大地を踏み鳴らすと、周囲の岩が次々と浮き上がり、宙に舞い上がった。その瞬間、まるで砲弾のようにカイへと蹴り飛ばされる。


 空を切り裂く轟音とともに、無数の岩がカイを包み込むように襲いかかった。しかし、カイの防御フィールドが瞬時に反応し、すべての岩を粉砕してみせた。その衝撃波が周囲に広がり、粉々になった破片が光を受けてきらめき、視界を一瞬遮る。


 武王はそれを見据え、わずかに口元を歪めた。


「ほう……なかなかの防御、いや能力だな」


 そう言うや刹那、武王は瞬間移動したかのような速度でカイに接近。鍛え上げられた拳が空を裂き、カイへと振り下ろされる。


 しかし防御フィールドがまたしても反応し、逆にその拳を弾き返す。武王は反射したダメージの痛みに一瞬表情を歪めながらも、満足げに笑った。


「なるほど、カイよ。おまえが我を前にしても強気な理由は、その高性能な防御フィールドに守られているからだな」


 その場にいたリサや視聴者たちがどよめき立つ。S級クラスの力を持つ武王の攻撃を受け流し反撃するカイの防御フィールドに、誰もが驚嘆し、そして期待した。これなら、もしかするとカイが勝利するかもしれない、と。


 だが、それが容易な望みでないことはすぐに明らかになる。


 武王は冷静に構え直し、嘲笑を浮かべながら続けた。


「知っておるか?我のような達人ともなると、己の領域において『条件』を付与できるということを。」


「条件の付与?」カイは首を傾げる。


 その言葉に反応したのはリサだった。


 「カイ!上位ダンジョンのボスには、戦闘中に特殊な『しばり』を発動できる奴がいるのよ!飛び道具を禁止したり、回復を封じたり……そしてボス自身も同じ制約を受けることになるの」


「その娘は知っているようだな。ならば説明は不要だ」


 武王が不敵に笑うと、彼の周囲の空間がわずかに揺らぎ、暗黒のドームが闘技場全体を包み込んだ。

 宙には【能力スキル使用禁止】の文字が浮かび上がり、赤く輝くそれが場を覆った。


「これは、お前たちがスキルと呼ぶ、付与されし『能力』や、およびそれに付随する『特殊効果』のすべてを封じる『しばり』だ」


「つまり、自分のもつ体力や技だけで戦えってこと?」カイは拳を固く握りしめる。


「察しが良いな。これぞ武の極み……己が研鑽し『技と肉体』のみでの決闘というわけだ。ちなみに武器の使用は禁じておらぬぞ。」


 リサが絶望的な表情で叫ぶ。


 「そんな……人間のカイが防御フィールドなしで、あんたみたいな怪物と戦えるわけないじゃない!」


 武王は冷淡に笑い返す。


「この小僧は我を強そうに見えないと言ったではないか。それを己が武で証明すれば良いだけのこと。」


 その言葉に視聴者たちも熱狂する。


【うぉ『しばりゲー』かよ!すげえ展開!】

【これぞまさに漢の戦いってやつか】

【でもカイは武器もってないじゃん、相手卑怯じゃね?】

【相手も素手で、お互いスキルが使えないなら公平だな…】

【カイ、もう無理だ!リサと逃げろよ!】


 武王の体がさらに膨張し、筋肉が隆々と盛り上がった。その圧倒的な体躯が影を落とし、瞬く間にカイへと迫った。

 その強力な蹴りが風を切り裂き、カイに向かって振り下ろされる。カイは腕を交差させて防御の体勢を取るが、その衝撃は凄まじく、彼を数メートルも吹き飛ばし、後方の岩壁を破壊しながら叩きつけた。


 カイはそのままピクリとも動かない。


「カイ!」リサの絶叫が場に響く。


 武王はさらなる追撃を放とうとしたが、その肩に一本の矢が突き刺さった。リサがパラライザーを放ち、涙目で立ち尽くしている。


「麻痺効果か……だが、実力差がありすぎる」


 その言葉どおり、武王に対する麻痺効果は一瞬で解除されていまった。


「どうせ逃げられないなら、最後まで抗ってやるわ!人間をなめるな!」


 リサのその怒りと覚悟が滲む表情に、武王は興味深げに笑みを浮かべる。


「もう小僧は死んでいる。しかし戦いを望むのなら、お前の相手もしてやろう」


 その時、静寂を破るように後方から声が響いた。


「誰が死んでるって?」


 土埃の中から姿を現したのは、無傷のまま立ち上がるカイだった。彼は土埃を払い落とし、堂々と武王の方へ歩み寄ってくる。


「ばかな……あの攻撃をまともに受けて無事なわけがない」


「あんなにボクを見下してたけど、結局……強くなかったね」


 挑発的なカイの言葉に、武王は瞳をぎらつかせる。


「300年の修練で鍛え上げたこの拳が……強くないだと?人間ごときが!」


「それで?ボクが震えて怯えれば満足するの?でも、ぜんぜん怖くないんだよ……武王さん」


 その冷徹な視線を受け、武王は一瞬、自分が後退していることに気づいた。


 「貴様……ならば望み通り、我が最強の崩拳で粉々にしてやろう!『絶嵐拳舞ぜつらんけんぶ』」


 武王は猛然とカイへ連撃を繰り出す。拳が風を裂き、彼を取り囲む大地を震わせ、足元の石が次々と砕けていく。その圧倒的な攻撃に、部屋中に響き渡る振動音と粉塵が舞い上がる。


 そして最後の一撃が決まると、土埃が立ち込める中、二つの影が姿を現した。


「なぜだ……我がこの拳が、『絶嵐拳舞ぜつらんけんぶ』が通用しないというのか……」


「鍛え方が足りないんじゃない?あなたが今、相手にしているのは——……千年の修練を耐え抜いた人間だからね」


「千年……だと?戯言だ!」


 激昂した武王は再び空中に跳躍し、凄まじい回転を加えた踵落としをカイの頭上へと叩きつける。


 ——しかし、その瞬間、カイは絶妙なタイミングで足を蹴り上げ、武王の顔面を見事に捉えた。

 激しい衝撃と共に、武王の頭部が吹き飛び、その巨体が無残に地へ膝をついた。


 そしてカイの勝利を告げるかの様に、【能力スキル使用禁止】の文字が消え、周囲の領域を包んでいたドームが崩壊していく。


「カイ!大丈夫なの?怪我してない?!」


 リサが駆け寄り、カイに抱きつく。


【きたぁぁーーーーーーーー!!】

【すげえぇぇぇぇーーーカイTSUEEEEEEEーーーーーー】

【あれを一撃で?これまじもんのS級超えじゃん!】

【いまのボスって何級?A級以上であってる?】

【やばいって!まじでやばいって!】


 視聴者たちの歓喜のコメントが弾幕となって配信画面を覆い尽くし勝利を祝っていたその瞬間——突如として配信画面が強制的に停止された。

 そして場は不穏な静けさに包まれた。


「え?なんで中断されちゃうのよ!いいところなのに!」


 すると目の前に赤色に輝く金属製の箱がドロップする。


「あ!これボスを倒した時に出る褒賞みたいなやつだよ」


 カイがその箱に触ると、様々なアイテムのリストのようなものが空中に表示された。



 ・武王の遺弓ぶおうのいきゅう


 武王の魂が宿ったとされる強力な弓。無数の連撃を繰り出す武王の攻撃を模した能力「千裂影矢」が備わっており、矢を放つごとに分裂し、複数の敵に連続して攻撃することが可能。さらに、矢が命中するたびに衝撃波が広がり、近くの敵にもダメージを与える。


 ・武王の剛拳ぶおうのごうけん

 武王の力と技が宿る拳甲。その一撃は「大地震撃だいじしんげき」と呼ばれる特殊効果を持ち、広範囲の敵に衝撃波を与える。武王の無数の連撃を再現するように「連環破砕れんかんはさい」の効果で相手の防御を徐々に崩壊させる。


  ・神護の鎧しんごのよろい


 全属性のダメージを軽減する魔法耐性付きの防具。戦闘中にHPが一定以下になると、自動的に再生効果が発動し、徐々に体力を回復する。防御力も高い。


 ・幻影の外套げんえいのがいとう


 使用すると、短時間透明になる能力を持つマント。敵からの発見を防ぎ、奇襲や回避が可能になる。戦闘時の回避率が上昇し、姿を消している間は追撃を受けにくくなる。


癒光の指輪ゆこうのゆびわ


 指輪を装備すると、戦闘中に徐々にHPが回復する「癒光のオーラ」が常時発動する。さらに、特定のダメージを受けた際に自動で回復する効果がある。



「二人のパーティだから、好きなアイテムを二つ選んで受け取ることができるの!それにしても……どれも、ものすごい性能よこれ」


 その内容をじっと見つめていたカイがリサに告げる。


「ボクはいいよ、色々教えてもらったしリサさんが欲しいものを二つ選んで」


「そんなのダメよ!これからダンジョン配信するのにカイにとっても必要なアイテムなんだから!」


「じゃあ……リサさん、ボクの友達になってよ。あの……いやじゃなければだけど。これからも一緒にダンジョンに入ってほしいんだ」


「当たり前よ!こっちからお願いしたいくらいなんだから!むしろ君を絶対に離さないからね!」


 「あ、ありがとう」それを聞いて顔を赤らめるカイ。


「じゃあ……カイをフォローできるくらい強力なアイテムを選んでみるよ」


 しばらく思考したあと、リサは武王の遺弓ぶおうのいきゅう幻影の外套げんえいのがいとうを選び受け取った。

 そしてリサは異様な装着感と圧倒的な力を感じていた。


 だが、その余韻に浸る間もなく、二人は突然、数十人の運営スタッフと黒いスーツを着た男たちに囲まれ、静寂が場を支配した。


「お二人を、ダンジョン公安戦略部まで連行します。これは任意ではありませんので、素直に従ってください」


 冷徹な声が響き、男たちはピクリとも表情を崩さずに二人を見つめる。リサは反射的に武王の遺弓に手をかけるも、その異様な雰囲気に動きを止める。カイも表情を引き締め、黒スーツの男たちと運営スタッフの緊張感を肌で感じ取っていた。


「公安戦略部って……一体、何が起きてるの?私たちルール違反とかしてないわよね」


 リサの不安な声に、カイも小さく頷く。


 だが、運営スタッフはそれ以上の説明をすることなく、容赦なく二人を誘導し始めた。無数の目が、二人を無言で追い詰めるように見つめる。


 不気味な沈黙の中で、リサは心の奥底で何かが動き出すのを感じていた。(さっき配信が強制停止したのも彼らの仕業?)見知らぬ謎と危険が待ち受ける次の一歩に、胸が高鳴る。


 こうして二人は、まるで新たな試練へと誘われるように、ダンジョンという深い国家の闇に足を踏み入れることとなるのだった。

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