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第9話 ボクはもう逃げない(書けました)

 リサの目が慣れ、ボス部屋の扉の先に立つ者の姿が徐々に見えてくる。


 その3メートル以上はある体躯、盛り上がる筋肉、人間とは思えない鬼の様な風貌、太い顎と口の脇から突き出る巨大な牙。赤く輝く瞳が鋭く光り、三つ編みに結ばれた長髪が揺れている。


 そして全身にまとった武闘家のような衣と、そこから湯気の様に溢れ出るオーラが、ただ者ではない雰囲気を放っている。


「カイ……あれは……やばいと思う」


 リサの声には焦りが滲んでいた。カイも、ただ目を見開いてボスの一挙一動を見守るしかなかった。


「うん、ボクには最初から見えてる。なぜか暗闇でも大丈夫みたいだ」


 突然、ダンジョンボスは全身から赤いオーラーを吹き出す。すると周囲にあった岩がまるで念力で操るかのように中空に浮かび、ボスの周囲を取り囲んだ。

 一瞬構えをみせたかと思うと、一瞬ですべての岩が粉々に砕け散り、地面に落ちていった。


「いま打撃を入れた?まったく見えなかった、なんて力とスピード……」


 リサが息を呑む。飛び散った破片と土煙に包まれながら、悠然と立つボスの姿はその風体と相まって、とてつもない威圧感を放っていた。

 武器を使わず自らの肉体だけで全てを破壊するパフォーマンスを見せつけられたことで、この敵がおそらくは体術、格闘術の達人であることがわかる。


 リサは冷静にアナライザーを作動させたが、「解析不能」という表示が返ってきた。


「カイ、あのボスは……A級か、それ以上よ。いまの動きを見る限り、S級クラスの力を持っててもおかしくない」


 アナライザーが解析出来ない時点で、最低でもA級であることは明らかだった。さらに、リサは言葉を続けた。


「カイ聞いて、たとえあなたの実力がもしS級だったとしても、人間が単独でS級クラスのモンスターと正面から戦うなんて無理なの。普通は戦略を練り弱点を突き、チームで挑んでようやく互角に立てるくらいよ……」


「そっか、MMORPGとかと同じで……同級はレイドで倒すって感じなんだね」


 リサの言葉を聞きながらも、カイはじっとボスを見つめていた。ボスはその視線に気付き、少し興味を引かれた様子でカイたちのほうへ目を向ける。


「なにやら挑発的な力に興味が湧いて来てみたが……期待はずれだな。見たところ、ただの小僧ではないか」


 ボスの声は低く、重々しく響いた。まるで何もかも見透かしているかのような口ぶりで、カイを見下すその様子が、リサには一層不気味に思えた。


「私たちは今すぐにでもここを立ち去ります。どうか見逃してくれませんか?」


 リサが懇願するように声をかける。しかしボスは冷笑しながら首を横に振った。


「門を開いた以上、ここで勝敗をつけなければならない。それがルールだ。だが、安心しろ。我は武術家として全力で戦い、一瞬で楽にしてやろう」


「そんな……私たちが開いたわけじゃないのに!」


 リサはボスの返答を聞き、顔を青ざめさせた。


「カイ、なんとか逃げよう!こんな相手と二人で戦うなんて……無理よ!」


 だが、カイは首を横に振り、リサに強い視線を向けた。


「リサさんは、あいつボクを完全に見下してる。絶対に自分が勝てると思ってる奴らの目をしている……なんかゆるせないんだよね、ああいうの」


「カイ……——で、でも!さすがの君でも、あれはやばいよ!」


「ボクは、もう逃げないって決めたんだ。ボクを見下す奴らを許したくない、もう黙ってられない。」


 その言葉には、カイ自身が驚くほどの自信がこもっていた。過去、いじめに遭い、何度も逃げ道を探してきたあの頃の自分とは違うと、彼は自分の心に言い聞かせるようにして宣言した。


 前に進もうとするカイの腕をリサが必死に掴む、その手が震えていることを察したカイは優しく手を振りほどくと、穏やかに微笑む。


「リサさん、心配しなくて大丈夫だよ。なんとなく……いける気がするんだ」


 そう言いながら、カイはゆっくりと一歩前へ進み出た。ボスの前に立つその姿は、かつての弱々しい自分を超えた存在であることを示していた。


「ねえ……さっきから、なんでそんなに偉そうなの?」


 カイはボスを見据えながら言い放つ。


「ボクには、あなたが強そうには見えないんだけど」


 ボスは眉間に皺を寄せ、顔を険しくした。


「ほう……人間ごときが、この我を愚弄するとはな。いいだろう、動物でもわかる上下関係というものを、我が特別に教育してやろう」


 カイは少しも怯まず、さらに一歩進み出る。


「教育?あいにく、ボクは……偉そうに説教してくるくせに、肝心なときに知らん顔して逃げる『先生』ってやつが大嫌いなんだよ」


 ボスはその勇敢な姿に少し興味を示したようで、ニヤリと笑う。


「その無謀な勇気だけは褒めてやろう。名前を教えろ」


「ボクはカイ。佐藤カイだ。ただのいじめられっ子だった……でも、もうそんな自分が嫌で必死にあの修練に耐えた」


「人間ごときの修練とな……笑止な」


「もう過去のボクじゃない!ここで、あなたを倒して、それを証明してみせる!」


 その宣言にボスは驚いた表情を一瞬だけ見せたが、すぐに余裕たっぷりに笑い返した。


「……佐藤カイよ。ならば、この我を前にどこまで無様に抗えるか、見物だ」


 視聴者のコメント欄も次々に盛り上がりを見せている。


【カイって、いじめられっ子だったの?】

【底辺からの成り上がりってやつか!いいじゃん!】

【S級のモンスター相手に無謀すぎるだろ……でもなんか応援したい!】

【いけーカイ!俺たちの分までやってくれ!】


 カイは視聴者たちの応援を背に受けながら、全身に力をみなぎらせた。自分はもう逃げるだけの存在ではない。視聴者の言葉が、彼の心をさらに奮い立たせてくれる。


「さあ……やれるものならやってみろ!」


 ボスは周囲の岩を再び浮かせ、体に赤いオーラを纏いながら戦闘体勢を整えた。


 カイはゆっくりと拳を握りしめ、深く息を吸い込む。そして心の中で自分に言い聞かせる——「ボクは、もう二度と逃げない」。


 いよいよ、世界中のダンジョン配信者と視聴者が驚愕する、伝説の戦いが始まろうとしていた。



※書き終えたのでボチボチあっぷしていきます



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