二人が岩場の影に身を潜めると、迫るモンスターの気配と、誰かの叫び声が近づいてきた。
「いったい何体トレインしてるんだろう……ここからじゃわからないわね」
心配そうにするリサにカイが静かに答えた。
「……逃げている人間が一人、追ってくるモンスターは6体。距離は……あと50メートルくらいかな」
「え?カイ……どうして分かるの?」
「ん?……音を聞けばわかるね、あと空気の流れとかで距離も」
「それ、マジで言ってる?」リサは驚きの目でカイを見た。
そのとき、岩場の隙間に逃げ込もうと走ってきた配信者が二人に気づき、中を覗き込んできた。顔をマスクで覆っていて表情は見えないが、息を荒らげる様子から緊迫した様子が伝わる。
「うわぁ、先約がおるやん!あかん、もう逃げ場ないわ!」
二人もすぐに彼が有名配信者ミカエルであることに気づいた。ミカエルは岩場を背にし、6体のモンスター――「トレイン」に取り囲まれてしまった。
「あーもう、やるしかないわ!やばくなったら、君ら頼むで!」
彼は構えると、左右の手に大型ナイフを持ち、二刀流でモンスターたちに挑みかかっていく。元自衛隊、さらにフランスの傭兵部隊での経験を持つミリタリー系の人気配信者らしく、最初は恵まれた体力で押し返しているように見えた。
だが、調子が良かったのはほんの数分の間だけだった。数の多さに対応しきれず、次第にミカエルは防戦一方となり、徐々にダメージを負っていく。鋭い爪や牙が彼に襲いかかるたびに、苦しげな呻き声がダンジョンに響き渡った。
「こんなの……ただのリンチじゃないか……ボクは、見てられない……」
カイは、目の前で痛めつけられるミカエルの姿に、自分が受けてきたいじめや暴力が重なった。過去、誰も自分を守ってくれなかったことを思い出し、胸が痛む。
「カイ!」リサが鋭い声で止める。「まだ出ちゃダメよ!ミカエルはB級クラスよ、彼が苦戦しているのに私たちが出ても結果は変わらないわ」
その言葉に一瞬、カイは立ち止まったが、覚悟を決めたようにリサを見つめ返した。
「リサさんは、ボクにS級の可能性があると言ってくれた……それを、今こそ信じてみたいんだ。」
「S級だとしても、体は人間よ!複数のモンスターに襲われたら無事じゃ済まないわ!」
「リサさん、じつはボク、さっきから全然恐怖が湧かないんだ……あのモンスターたちも、強そうに見えない。今の自分を信じたいんだ!」
言い切ったカイの強い意志を感じ、リサは一瞬言葉を失う。無謀な挑戦だと感じつつも、カイの真剣な表情にやがて小さく頷いた。
「わかった……あなたの背後でサポートするから、気を付けてね」
カイはリサの力強い言葉を背に受け、トレインに囲まれたミカエルのもとへと駆け出した。
「にーさん!無理せんといて!これ、俺がやらかしたツケなんやから!」
その瞬間、モンスターたちの視線が一斉にカイへと集中し、視聴者達も騒ぎ出した。
【おお!カイやる気か!】
【やばいって、死ぬぞおまえ!】
【まじでS級なら、なんとかなる?】
【ミカエルが手も足も出ないのにムリだろ〜】
カイは、意を決した表情でモンスターたちを一瞥し、大声で叫んだ。
「誰かが理不尽に見捨てられるのを、もう黙って見ていられない!」
その瞬間、リサの視界に信じがたい光景が広がった。カイの周囲に、目に見えない圧力が放出されると、モンスターたちが次々と彼に視線を向け、執拗に襲いかかり始めた。
「あの子……敵のヘイトを一手に引き寄せてる?挑発スキル持ち?」
リサがアナライザーでモンスターの行動を分析すると、「カイがモンスターたちの敵意を一身に集めています」と表示されていた。
カイはその異常な現象に気づかず、ただ必死にミカエルを守ろうとモンスターたちを引きつけていた。
「……ボクがやるんだ!」
次の瞬間、モンスターが鋭い爪をカイに向けて振り下ろしたが、その爪がカイに触れる直前、彼の周囲に見えない防御フィールドが発動した。
モンスターの体がゆがみ、崩れ落ちる。中にはひび割れた体から体液を吹き出し物理的にダメージをうけたモンスターもいた。
周囲のモンスターたちがそれを目にして怯み、警戒するようにたじろいだ。
「何か思い出したぞ……そうだ、ボクは気が遠くなるような『基礎体力づくり』でめちゃくちゃ体を鍛えたんだ!」
「基礎体力づくりて……自分、この状況で、おもろいこと言うな……」ミカエルが苦笑する。
そのときリサが驚きに満ちた表情で叫んだ。
「カイ、あなたは敵のヘイトを集める力を持ってる。しかも、自己防御フィールドを発動してるみたいよ!」
「自己防御フィールド……?」
「ええ、相手の攻撃を防ぎつつ、反撃するフィールドのことよ。A級でもここまでの力を持つ人はいないわ」
リサの説明に驚きつつも、カイは自分の力が湧き上がるのを感じた。自分はこの力で、人を守れるかもしれない――初めての自信が胸に芽生える。
「来いよ!ザコ!」とカイが叫ぶと、モンスターたちが全力で彼に襲いかかってきた。カイは無意識のうちに力を張り巡らせ、次々に攻撃を反射しながらモンスターを倒していく。リサとミカエルも最後の追い討ちをかけ、3人の連携でトレインしたモンスターをすべて排除することができた。
ミカエルは荒い息をつきながら、カイに感謝の言葉を述べる。
「にーさん、どう見ても新米って顔しとんのに……信じられへん力もっとるな……はあ、ほんまにありがとう!助かったわ!」
カイは自分が本当に人を守れたことに感動し、湧き上がる視聴者のコメントが目に届いた。
【まじでS級なんじゃね!?】
【やべー伝説の目撃者になれるなんて!】
【こりゃとんでもない才能かもな!】
【カイ!これからも応援するぜ!】
カイは自分が「S級」と称されることに戸惑いながらも、確かな手応えと自信を感じ始めていた。
そんな中、運営スタッフが到着し、負傷したミカエルをロビーへと連れて戻っていく。
「ありがとう、二人とも。また会えたら、一緒にやろな!」とミカエルが去っていくと、カイとリサは互いに拳を合わせ、緊迫の戦いを振り返るように微笑みを交わした。
「カイ、本当にすごいわね!あなた、S級どころか、それ以上かもしれない!」
リサの賞賛にカイも少し照れたように笑みを返した。だが、その余韻を裂くように、ダンジョンの壁に異変が起き始めた。
「え……?」
リサが顔をこわばらせて周囲を見渡す。ダンジョンの壁が、じわりと青から不気味な赤色へと染まっていく。
通常の難易度のダンジョンでは決して見られない色だ。なぜならそれはA級以上の難易度を示す「警告の色」。
「まさか……攻略中にダンジョンの難易度が変わるなんて、聞いたことがない!」
カイも異常な変化に息を飲む。そのとき、目の前に重厚な巨大な門が出現し、地響きを立てながらゆっくりと開き始めた。
「ちょっとまってよ!なんでボスの門がいきなり出てくるのよ!」
門の向こうに広がる闇の中から、禍々しいオーラが渦巻き、赤く燃えるような目がゆっくりと浮かび上がる。
それは、このダンジョンの支配者――おそらくがA級以上の実力を持つボスの姿だった。
【うわ……扉開いてるやん】
【やばいぞあれ、普通じゃない】
【ダンジョンのルール、ボスの扉を開けたら……】
【勝敗がつくまで扉を閉じることは出来ない】
異様で禍々しいオーラを放つボスの姿をみてリサが息をのむ。
「カイ……もしかしたら、あなたの力が奴を呼び寄せたのかもしれない……」
「え?!ボクが……?」
「まさか、これが噂の……ダンジョンの意思ってやつなの?」
リサの意味深な言葉と共に、絶望的な戦いが始まろうとしていた。