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第7話 いきなりS級かもしれない

 カイはリサとともに、ダンジョンの奥へと歩みを進めていた。周囲は暗く、足元にはじめじめとした湿気が漂っている。先を歩くリサは、まるでこの空間に慣れたかのように軽やかだ。


「カイ、あんまり気を張らなくても大丈夫。最初の敵は、私がカバーするから」


 リサが振り返り、励ますように微笑む。けれど、カイは心の奥底で緊張が解けず、肩に力が入ったままだった。彼女の頼もしさが逆に自分の無力さを際立たせるように感じていたのだ。


「分かってる……けど、初めてだし何をどうすればいいのか、正直全然分からないよ」


 カイの声が小さく漏れる。そんな彼にリサは優しく頷き、「それで大丈夫」と一言だけ返した。


 そのときだった。暗がりの奥から、重い足音が響き始めた。視界の先に、異様な姿のモンスターが姿を現した。体長2メートルほどの巨大な虫のようで、無数の鋭い脚をカサカサと動かしながら、カイたちにじりじりと近づいてくる。


「うわ……これがC級のモンスターか……」


 カイは目の前の光景に息を飲んだ。何をどうすればいいのか、考えが全く追いつかない。その間にもモンスターは威圧感たっぷりに迫り続けていた。


 するとリサがスッと前に出て、カイに小声で説明する。


「カイ、見ていて。このモンスターは頭の触手の付け根が弱点よ、そこを攻めればいいの!」


 リサはそう言うと、持っていた弓を構え、鋭い目つきでモンスターを見据えた。彼女が引き絞った弓には、光のような淡い青色の矢が現れ、それが一瞬で放たれる。


 矢は真っ直ぐにモンスターの頭部へと向かい、触手の根元に鋭く突き刺さった。その瞬間、モンスターの体がピクリと痙攣し、そのまま動きを止める。リサの矢は、モンスターの麻痺状態を狙う「パラライザー」という特殊な魔法弓矢だった。ダンジョンでしか入手できない特殊武器だ。


「パラライザーを当てると麻痺効果が生まれるの。しかも弱点に当たってるから麻痺の効果が倍増。この間に追撃を入れれば、どんどん体力が削れるわ」


 彼女はカイに向かって短く説明すると、淡々と次の矢を放つ。モンスターは動けないまま、リサの放つ矢にさらされ、ダメージを重ねていく。カイはその光景に見惚れていた。彼女の動きは無駄がなく、敵の弱点を的確に突いていく手腕は、まさにプロの配信者そのものだ。


「すごい……どうしてそんなに正確に弱点が分かるの?」


 カイが思わず感嘆の声を漏らすと、リサがチラリと彼を振り返り、意味深な笑みを浮かべた。


「私には、アナライザーっていうスキルがあるのよ」


「アナライザー?」


「そう。自分よりひとつ上のランクまでの人やモンスターの強さや弱点を、解析できるスキル。だから、この弓との相性もぴったりってわけ」


 彼女はにっこりと微笑んで言った。そのときカイは、リサがただの美しい女性ではなく、確かな実力を備えた配信者であることを改めて感じた。


 リサの活躍で配信コメントも賑わっている


【D級のボスも一方的に狩ってたもんな】

【アナライザーやべえよ、チートだよ】

【リサちゃんていてい】

【俺も射抜かれたい】

【C級も楽勝だね】



「なるほど、そういうことか」


 カイは感心しつつも、自分にはそんなスキルも武器もないのだと内心で感じ、少しだけ肩を落とした。しかしその時、リサが攻撃を続けているモンスターの体が再び動き出し、痙攣が治まった。


「あ、麻痺が解けたわ」


 リサがつぶやいた瞬間、モンスターが怒りに満ちた咆哮を上げ、次の瞬間にはカイへと向かって突進してきた。


 リサが「危ない!」と叫ぶが、カイは突然で体がすくんで動けない。


 モンスターがカイの腕を掴むかのように鋭い足を伸ばしたが、カイに触れた瞬間、モンスターの顔が苦痛に歪んだ。


 見る見るうちに体が痙攣を始め、次第に黒く変色していく。そして、ガクンと崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「……え?今、何が……」


 カイは自分に何が起きたのか理解できず、茫然とモンスターの死体を見つめていた。横にいたリサが、その様子を見てふっと笑う。


「やっぱりね。カイ、あなた相当強いわね」


「え?どういうこと?」


 カイはきょとんとした顔でリサを見上げる。リサは自信に満ちた表情で言葉を続けた。


「言ったでしょ?私は人の強さも解析できるって。あなたが魔性水晶を壊した時に、アナライザーを使って見させてもらったの」


「え、ボクの強さがわかるの?それで、どうだったの?」


 カイは一瞬期待を込めて聞き返した。自分が本当に戦える力を持っているのなら、少しでも変われるのではないか――そんな思いが胸の内に浮かんでいた。


 しかし、リサの返答は予想外のものだった。


「解析不能……だったわ」


「え……」


 その言葉に、カイの表情が少し曇った。自分の強さを測れないなんて、それは「無価値」だということではないのか?そんな不安が頭をよぎる。


「そっか、やっぱりボクには特別な力なんて……」


 カイはがっかりして視線を落とした。しかし、リサは彼の落胆を見抜いたかのように、少し真剣な表情で首を振った。


「聞いてなかったかしら?アナライザーが解析できるのは、私より一つ上のランクまで。つまり、B級まで」


「B級まで……?でもそれなら、僕は……」


「そう。君が壊した魔性水晶はA級まで測定できるって言っていたでしょ?つまり、君はS級か、それ以上の可能性があるってこと」


 リサの言葉に、カイは言葉を失った。「S級」という響きが頭の中で反響し、自分には信じられなかった。S級とは、世界中でも数人しかいないエリートであり、国家によって厳重に管理されている存在なのだ。


「ぼ、ボクが……S級?そんなわけないよ……」


 その言葉を口にしただけで、自分が本当にそんな力を持っているなんて信じられなかった。しかし、リサの視線は真剣で、冗談を言っている様子はない。


「もし君が本当にS級クラスで、しかも一緒に配信なんてしたら……とんでもないことになると思わない?」


 リサがにっこり笑いながらそう言い終えると、スマホ画面に次々と視聴者のコメントが流れ始めた。


【マジでS級?】

【嘘だろ、S級とか都市伝説じゃねえのか?】

【新米がS級ってどういうこと?】

【マジなら俺たち伝説の目撃者になるぞ!】

【やべえな!俺、MeXで拡散してくる!】


 視聴者たちは一斉に騒ぎ出していた。カイの胸には高鳴る心臓の音が響き、彼は驚きと戸惑いを隠せない。


「本当に……ボクが、S級なんだろうか……」


 カイは戸惑いながら、再び己の手を見つめた。


 その時、ダンジョンの奥から大勢の叫び声が聞こえ、徐々にこっちへ向かってくるのが分かった。


「やばいぞー!トレインだ!下がるかどこかに隠れろ!」


 それを聞いたリサの表情が変わる。


「C級の下層でトレイン?ちょっとマズいかも、カイの能力もまだよくわかってないのに」


 トレインとは、狩り損なったモンスターに誰かが追われるうちに、他のモンスターのヘイトも引き連れて、どんどん連鎖していく状態だ。

 巻き込まれると、ハイレベルなパーティでも全滅するようなことがしばしば起こる。


 「どうする、リサ!逃げる?」

 「今から走っても間に合わないかも、あそこの隙間に隠れよう!」


 二人は急いで岩場の隙間へと駆け込んだ。


 しかしこの後——想像をはるかに超える大変な事態が起こるのだった。


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