佐藤カイは、今日もひっそりと教室の隅で縮こまっていた。
誰とも話さず、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。高校に入ってからずっとそうだ。いや、中学の頃から変わらない。自分はずっと「いないほうがマシな存在」だとさえ思うこともある。
いじめを受け始めたのは小学生の頃だった。その時は些細な冗談やいたずらの延長だったが、気がつくと周りの輪から少しずつ外れ、何をしても誰かの不満や怒りの矛先が自分に向けられるようになっていた。それは中学でも高校でも変わらなかった。
「何も変えられないんだ、どうせ……」
そう、何度も心の中でつぶやいた。変わりたいと願ったことは何度もあるし、何度も勇気を振り絞ろうとした。
けれど、勇気を出すたびに打ちのめされてきたのも事実だ。いっそ、見て見ぬふりをして生きるほうが楽かもしれない。
周りのクラスメイトは楽しそうに話しているが、カイはそこに入っていけない。もう、どうやって会話に入ればいいのかも忘れてしまった。
コミュ障な自分が話しかけることで相手に迷惑をかけるかもしれないという思いがいつも先に立ち、結局誰とも話さずに一日を過ごすことになる。
「おい!佐藤」
カイは、急に名前を呼ばれて、ビクッと体が震える。顔を上げると、クラスの不良グループ、石田たちがニヤニヤしながら立っていた。
「今日の放課後、付き合えよ」
それは命令だった。
逆らえば、また殴られる。カイは何も言わず、うつむいたまま頷いた。
——放課後。
カイは、石田たちに無理やり校舎の奥へ連れて行かれた。そこには、使われていない古い部室があった。
薄暗くて、埃臭い。この部屋、噂では「開かずの部室」って呼ばれてる場所だ。
「知ってるだろ?この部屋さ、なんか出るらしいぜ」
石田は楽しそうに言いながら、錆びついたドアノブを回した。しかし、ドアは固く閉ざされたままだ。
「でも今日は開けるんだよなぁ、佐藤が」
そう言って、石田はカイにスマホを押し付けてきた。取り巻きの連中は、スマホでカイを撮りながら笑っている。
「肝試ししてこいよ。配信しながらな。面白くなきゃ、わかってるよな?」
カイは、手の中で冷たく感じるスマホを見つめた。心臓がバクバクしている。だけど、逆らう勇気はなかった。今までも、ずっとそうだ。
「……わかったよ」
震える声でそう答えると、石田たちに押されて、部室の前に立った。ドアノブを恐る恐る回すと、ガタガタ……という音とともに、意外にも簡単に開いた。暗くて、古い木の匂いが漂ってくる。
「早く入れよ!ちゃんと配信しろよな!」
取り巻きの笑い声が聞こえた。カイはスマホのライトを頼りに、部室の中に足を踏み入れた。
部室の中は予想以上に広かった。窓がないせいで、薄暗くて視界が悪い。古い机や椅子が無造作に積み上げられていて、足元には埃が積もっている。
「何も、ないよな……」
カイはスマホを握りしめながら、そっとつぶやいた。こんなところに幽霊なんているわけない。ただ、怖がらせるための嘘だ。
でも、次の瞬間、何かが視界の隅に映った。
「なんだ、あれ……?」
部屋の奥、まるで空間の歪んだような場所がある。
そこだけ異次元と繋がっているように見える。目をこらすと、それは明らかに現実とは違う異質なものだった。
それは世間を賑わせてる『ダンジョン』の入り口に似ていると感じた。
「……!まさかこんな場所に、ダンジョンのポータルが出現した?」
恐怖に足がすくんでしまう。部室の外の背後から、石田たちの笑い声がまだ聞こえるが、なんだか遠く感じる。
カイはその場に立ち尽くし、スマホのカメラをその歪んだ空間に向け、録画ボタンを押そうとしたその時だった――。
「うわっ!」
突然、強い風が吹きつけ、カイは何かに引き込まれるようにして、その歪んだ空間の中へ吸い込まれてしまった。