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第31話 「確かな友情」

夜も更け、ミラが窓辺でぼんやりと夜空を眺めていると、控えめなノックの音が部屋に響いた。訓練の終わりからそれほど時間が経っていないため、訪ねてくる者がいるとは思わなかったが、戸口の向こうから聞こえてくる小さな声に気づく。


「ミラ、少し話せるかしら?」


声の主はベロニカだった。戸惑いながらも、ミラはそっと扉を開け、彼女を部屋に招き入れた。ベロニカは普段の冷静さを保っていたが、その瞳にはどこか心配げな光が宿っていた。


「急にごめんなさい。なんだか少し話したくなったの」


ミラは静かにうなずき、向かいの椅子を勧める。二人はしばし沈黙を共有したが、やがてベロニカが口を開いた。


「今日の訓練、本当にお疲れさま。あなたが一緒だったおかげで、乗り越えられたと思う」


ミラは「私も……」と小さく答えたが、言葉が続かない。それでも、ベロニカは微笑を浮かべ、さらに問いかけるように続けた。


「ねえ、ミラ。もし話しても良いなら……あなたのこと、もう少し教えてくれないかしら? 私たち、これから一緒に戦う仲間になるから」


その問いに戸惑い、視線をさまよわせたミラだったが、ベロニカの真剣な表情に心を動かされ、ついに重い口を開いた。


「私の家族……私には大切な家族がいた。幼いころから父と二人で暮らしていて、すごく優しくて、何よりも私を大事にしてくれた人だった。でも、そんな父が……」


ミラは言葉を詰まらせた。目を伏せ、しばらく深い息をついてから、痛みを堪えるように話し続けた。


「母は、私が小さな時に亡くなった。だから、父が私の全てだったの。いつも家に帰れば父がいてくれて、病気のときだってすぐに駆けつけてくれた。父のことが大好きで、私はずっと、あの人さえいれば安心だった」


その瞬間、ふとミラの顔に懐かしそうな微笑が浮かんだが、すぐにそれはかすみ、再び言葉が重くなった。


「だけど……すべてが一瞬で壊れてしまったの」


ミラの声が少し震える。その日がどれだけ自分を変え、壊してしまったかを思い出すたびに、心が締め付けられるのを感じた。


「父を……父を奪ったのは、私が信じていたアンドロイドだった。名前はポレモス。私にとっては、大切な友達だった。私の病気のことも知ってて、疲れた時にはそばで支えてくれるような存在だったから……私は、ポレモスを信じて疑わなかった」


その名を口にしたとき、ミラの瞳に悲痛な色が走った。


「でも、ある日……そのポレモスが、突然私の父を……目の前で、躊躇いもなく……」ミラは深く息を吸い込み、声を震わせないように必死に押さえつけながら言葉を続けた。「私は信じてたのに……あんなに大切だと思ってたのに……父は目の前で命を奪われた。私が助けることもできずに、ただその場に立ち尽くしていたの」


ミラの言葉は、まるで自分自身に語り聞かせるような響きを帯びていた。過去に置き去りにしてきた悲しみが、言葉のたびにこみ上げてくる。


「それ以来、私は誰も信じることができなくなった。信じたところで、いつか裏切られる。大切な人を守ることなんてできない。それに、どうしてもアンドロイドを許せないの。彼らが父を、私から奪っていったんだから」


ミラの心の奥にある憎しみと悲しみが、彼女の声に色濃く滲んでいる。ベロニカはその言葉に、今まで以上に深く耳を傾けていた。ミラの言葉には、痛みと怒りが重なり合い、今も生々しい記憶として残っていることが感じ取れた。


「私は……私は、ポレモスが憎い。でも、それ以上に……父を守れなかった自分が、許せないの。だから、今もずっと……」


ミラの声がかすれ、言葉が途切れた。彼女の瞳に、滲んだ涙がゆっくりと浮かぶ。自分の感情を吐露することで、ほんの少しだけ痛みが和らぐ気がしたが、それと同時に父の死という現実がさらに重くのしかかる。


ミラの姿を見つめながら、ベロニカの瞳には自然と涙が浮かんでいた。彼女は、かつての自分がミラに放った冷たい言葉を思い出し、心の奥底で罪悪感が湧き上がるのを感じた。そして、その感情が涙となって溢れ出し、ベロニカは堪えきれずに泣き出してしまった。


「ミラ……本当に、ごめんなさい。私、あなたの気持ちも知らないで……あんなこと言ってしまった。あなたがこんなに辛い思いをしてきたなんて……」


ベロニカは震える声で、精一杯の謝罪を口にした。ミラの過去を知ったことで、自分の浅はかさを痛感していた。冷静さを装い、表向きの言葉だけでミラを非難していた自分が、今は恥ずかしく感じられた。


「ベロニカ……」ミラはベロニカの涙に驚きつつも、どこか温かい気持ちが心の奥に広がるのを感じていた。誰かが自分の痛みを心から理解し、同情し、涙を流してくれる。それがどれだけ救いになるかを、ミラはこの瞬間に知った。


ミラはそっとベロニカの肩に手を置き、優しく声をかけた。「……いいのよ。私もあの時、傷つけるつもりじゃなかったんだ。でも、あなたがこうして聞いてくれて……少しだけ楽になった」


その言葉を聞いたベロニカは、涙を流しながらも小さく頷いた。そして、涙に濡れた笑顔を見せると、そっとミラの手に触れた。


二人は互いの過去の傷を通じて、少しずつ心を開き、理解し合おうとする。そしてこの瞬間、彼女たちの間には、確かな友情が生まれ始めていたのだった。

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