訓練が無事に終わると、シルヴァンがゆっくりと皆を見渡しながら声をかけた。
「最初っから飛ばしてばかりだと体がもたないから、明日は休みにする。それぞれ自由に過ごすように」
その一言で、訓練場には安堵の雰囲気が漂った。厳しい試練を終え、皆がホッとした表情でそれぞれの場所に向かい始める。ミラも疲れを感じながら、ゆっくりと自分の部屋へ戻る道を歩いていた。
すると、遠くからオズの明るい声が聞こえてきた。
「おーい!ミラ!お疲れ様〜!」
ミラは一瞬その声にうんざりしかけたが、今日は少し気を引き締め直すことにした。ベロニカのおかげもあってか、今までより少しはオズにもきちんと応じてみようと思ったのだ。
声のほうを振り返ると、いつもの仲間たちがいた。オズ、ギルバート、そしてベロニカの三人だ。ミラが振り返ったのを見たオズは、勢いよく駆け寄ろうとするが、その瞬間ベロニカに腕を引かれる。
「オズ、少し静かにして。ミラが嫌がるからやめなさい」とベロニカが軽くたしなめるように言った。
オズは驚いたようにベロニカを見つめた。ギルバートもまた、意外そうに二人を見比べている。昨日までは互いに険悪な関係だったミラとベロニカが、今日は少し打ち解けたように見えたのだ。訓練でペアを組んだことがきっかけとはいえ、ここまで親しげになるとは予想外だったのだろう。
ベロニカは軽くミラに手を振り、柔らかな笑顔を見せた。それを見たミラも、つられるように手を振り返していた。
一瞬、そんな自分にミラは内心驚いた。以前の自分なら、こんなふうに自然に手を振り返すことなど当たり前のことだった。しかし、父を亡くし、さらにポレモスが父を殺したという現実が彼女を暗い影で包み込んでから、ミラは心を閉ざし、人に心を開くことを避けていたのだ。
「私は……」
自分でも少し意外な感情の変化に戸惑いを覚えた。だが、ベロニカの過去の話を聞いたことで、ミラは「自分だけが不幸なわけではない」と思えるようになったのだ。異なる境遇であれ、彼女もまた別の形の悪夢を見てきた。そこに共感を覚えたことで、ミラの中に少しずつ温かなものが生まれつつあった。
「ベロニカとは、もしかしたら友達になれるかもしれない」
そんな思いがふとよぎり、気づけばミラは足を止め、三人が自分に追いつくのを待っていた。オズは嬉しそうに笑顔を浮かべ、ギルバートはいつも通りクールな表情で静かに歩み寄る。そして、ベロニカもまたミラの隣に立つと、自然に歩き出した。
四人で並んで歩き出した道のりは、まるで新しい一歩を踏み出したかのような感覚をミラに与えた。
これがミラにとって良い事なのか、悪い事なのかその答えはまだ見えていない。しかし、今はただ、この瞬間を静かに受け入れている自分がいることに、ミラは気づいていた。