朝の訓練場には、澄んだ空気が張り詰めており、静かに立つ訓練生たちが待機していた。ミラは少し緊張しながら周囲を見渡す。最初は、自分と同じ新人は4人だけかと思っていたが、実際には意外と多くの訓練生がいるようだ。なんとなく感じていた他の人々の気配が、いざ見渡してみると確かに存在していた。ざっと見渡すと、その数は20人ほどにもなりそうだ。
知らない者たちに囲まれ、少し不安がよぎるが、全員が真剣な面持ちで指導者を待っている姿に、ミラも自分を鼓舞するように気持ちを落ち着けた。
やがて、訓練の指導を担うシルヴァンが静かに皆の前に立ち、深い声で指示を出し始めた。
「今日はペアを組んでの訓練だ。互いの力を補い合いながら、この課題をクリアしてもらう」
シルヴァンの言葉が響く中、訓練生たちはそれぞれ意識を集中させ、張り詰めた空気が一層強まる。訓練内容の発表に、全員がさらに緊張感を高め、ミラも気持ちを引き締めた。
「それでは、ペアを発表する」
シルヴァンが名前を読み上げていく中、次第に一部の訓練生たちが驚きの表情を見せ始める。ついに、ミラの番が来た。
「ミラとベロニカ」
その瞬間、ミラは少し目を見開いて隣を見た。そこには同じく驚いた表情を浮かべるベロニカの姿があった。彼女たちの間には、以前の衝突の気まずさがあり、今も心の距離を感じさせる。
「……よろしく」とベロニカが冷めた口調で言う。
「よろしく……」とミラも小さく返した。
シルヴァンが訓練の内容を説明し始める。「これからの試練は、君たちの協力が試されるものだ。このダミー人形は、特定のタイミングでしか弱点を露出しない仕組みになっている。お互いの攻撃と防御の役割を明確にし、息を合わせなければ倒せないだろう」
二人の前に立ちはだかるダミー人形は、関節が動く金属製で、攻撃と防御の切り替えが組み込まれていた。攻撃の瞬間にだけ弱点が現れるようになっており、そのタイミングで攻撃を入れない限り、訓練はクリアできない。
ミラが防御、ベロニカが攻撃の役割に分かれることにしたが、二人の呼吸は全く合わず、互いにぎこちない動きが続く。
ダミー人形が突如として鋭い一撃を振りかざし、ミラが防御をしっかりと構えるものの、次の一瞬でベロニカが攻撃に出ると、弱点はすでに消えてしまっていた。
「ちょっと、もっと防御のタイミングを見計らってよ。じゃないと、攻撃するチャンスがなくなるじゃない!」とベロニカが苛立った声を上げる。
ミラも少し顔をしかめながら言い返した。「そっちこそ、攻撃のタイミングを合わせてくれないと、こっちが防御に回る意味がないわ」
二人はお互いの呼吸が全く合わないことにフラストレーションを感じていた。ダミー人形が再び次の攻撃を繰り出し、二人は何度も挑戦するが、うまくタイミングがかみ合わず、訓練は難航を極めた。
「次は防御のタイミングを少し遅らせるわ。そうすれば、弱点が現れた瞬間に合わせられるかもしれない」とミラが提案する。
ベロニカは少し驚いた表情を見せたが、すぐに納得して頷いた。「分かった。じゃあ、私も攻撃を少し待ってから打ち込む」
二人は深く息を合わせ、再びダミーに挑む。ミラが防御を少し遅らせ、ダミーが攻撃を打ち込んだ瞬間、胸部に一瞬だけ弱点が現れる。その刹那を見逃さず、ベロニカは剣を振り下ろし、ついに一体目のダミーが崩れ落ちた。
二人は息を切らせながら見つめ合い、短く頷いた。先ほどまでのギクシャクが少し和らいだような気がした。
「やればできるじゃない」とベロニカが少し得意げに笑う。
ミラも小さく微笑み「まあ、そっちが合わせてくれたおかげだよ」と返す。
二人は次のダミー人形に向き直り、さらに連携を強めていった。その過程で自然と会話が増え、時折ベロニカが指示を出し、ミラが応じる形が定着し始めた。ミラも、ベロニカが戦闘の勘が鋭く、冷静に状況を判断していることに気づき、少しずつ信頼を寄せるようになる。
ベロニカの過去に触れる
試練を終え、二人が息を整えながら短い休憩に入ったとき、軽い雑談程度にふとミラは問いかけた。「ベロニカ、あなたはどんな家で育ったの?」
ベロニカは一瞬言葉を詰まらせ、視線を遠くに向ける。ため息をつき、低い声で呟いた。「私は……家では『恥』として隠されて生きてきた。何のために生きているのかも分からなかった。ただ影のように過ごしていた」
その言葉に、ミラはベロニカが抱えてきた苦しみと孤独をほんの少し理解できたような気がした。冷たい態度や皮肉な言葉の裏に、強がりや傷が隠れているのだろう。
「……それは、辛かったわね」
ミラの同情にベロニカは一瞬驚き、目を見開くが、すぐに苦笑して視線をそらした。「あんたに理解してもらおうなんて思ってなかったけどね。でも……あんた、意外と分かってくれるのね」
ミラはただ静かに頷き、無言でベロニカのそばに立っていた。言葉は多くないが、二人の間には今までとは違う、静かな信頼感が生まれているのを感じた。