シルヴァンは、ミラの疲れた表情をじっと見つめていた。彼の優しい声は、まるで今のミラが抱える不安や恐怖に直接語りかけるかのように、穏やかに響いた。
「まずは、少しずつだ。君の力は巨大だけれど、焦らずに学んでいけば必ず使いこなせる日が来る。君は一人じゃない、俺たちがいる」
その言葉はまるで、暗い雲の間から差し込む微かな光のようだった。ミラの心には、まだその光が届ききっていない。シルヴァンが言う「一人じゃない」という言葉が、遠い響きに感じられるのはなぜだろう。自分を助けようとしてくれる彼らの存在がわかっていても、それに頼ることができない。それは、心のどこかで感じている孤独が、ミラ自身を支配していたからだ。
「……ありがとう。でも、私はまだ……」
言葉を詰まらせたミラは、シルヴァンをまっすぐ見つめ返すことができなかった。彼女の中で何かが引っかかり、解けないもやのような感情が渦巻いていた。
シルヴァンは軽くため息をついた後、少し微笑んだ。「無理はしなくていい。焦る必要はない。ただ、今は体を休めることが一番大事だ。明日は訓練が早いから、今日はゆっくり部屋に戻って休んでくれ」
「訓練……」ミラはぼんやりとその言葉を繰り返す。自分の力が暴走したばかりなのに、訓練を受けられる状態なのだろうかという不安が心をかすめた。しかし、シルヴァンの落ち着いた声は、その不安を少しだけ和らげてくれた。
「明日の訓練に使う物は、朝になったら各部屋に届けるから、朝7時には起きておくように。少し早いけれど、体を慣らしていくためには必要なことだ」
ミラは静かに頷いた。「わかったわ……明日、早く起きる」
「そうだ、今日はよく休んで明日に備えるんだ。おやすみ、ミラ」
シルヴァンはその言葉を残し、ミラに軽く手を振って部屋を去っていった。ミラはその背中をしばらく見つめていたが、やがて自分もゆっくりと立ち上がり、廊下を歩いて自分の部屋へ戻った。
静かな廊下を一人歩くミラ。足音が反響するだけの冷たい石の床に、彼女の心も重なっているようだった。部屋に戻ると、彼女はそのままベッドの端に腰を下ろし、薄暗い部屋の中で天井を見上げた。
「……私は、本当に一人じゃないの?」
その言葉が頭をよぎったが、誰にも答えは返ってこなかった。ミラの心の奥には、依然として孤独が根深く残っている。誰かと繋がることに対する恐怖、自分の力を制御できない不安、そして復讐心が、彼女の心を縛り続けていた。
自分の手のひらを見つめながら、ミラは小さく息を吐いた。「もし、この力を完全に使いこなせるようになれば……」その先に待つのは何なのか、彼女はすぐに思い浮かべた。アンドロイドたちへの復讐。彼女が抱える苦しみと怒りは、全てそこに収束していた。
「ポレモス……」
ミラはその名前を口に出した瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。ポレモス、かつての友。今や彼女にとって最大の敵。彼に対する複雑な感情が、彼女の心に暗い影を落としていた。ポレモスが何を考えているのか、何をしているのか。復讐したい気持ちと同時に、彼に対する微かな疑念や懐かしさも心の片隅に残っている自分が許せない。
「私にはもう何も残っていない……」
そう呟きながら、ミラは再びベッドに横たわった。目を閉じても、頭の中では様々な思いが駆け巡り、心は落ち着かない。自分の力の恐ろしさ、その無限の可能性、そして復讐の行く末。考えが止まらない。
「もし、この力を安定して使えるようになったら……」
彼女の意識はだんだんと曖昧になっていく。恐怖と期待、そして怒りが交じり合いながら、ミラはいつの間にか眠りに引き込まれていた。
朝。薄暗かった部屋が、朝日で少しずつ明るさを取り戻していく。突然、けたたましい音が部屋に響き渡った。
「……!」
ミラは驚いて飛び起きた。枕元に備え付けられた目覚まし時計が、けたたましい音を立てている。頭がまだぼんやりとしているが、手探りで目覚ましを探し当て、止めた。
「もう朝……」
彼女は体をゆっくりと起こし、ベッドの端に座ったまましばらく窓の外を見つめていた。空は青く晴れ渡り、街の喧騒が微かに聞こえる。昨日の出来事や、考えがまだ彼女の胸に重く残っていたが、今は訓練のことに集中しなければならない。
ミラはゆっくりと立ち上がり、気持ちを切り替えるように深呼吸した。そして、訓練のために着替えを始めた。新しい一日が始まる――けれど、それが彼女にとってどんな一日になるのか、ミラはまだ分からなかった。