城の廊下を歩いていたミラは、すぐにベロニカたちの姿に気づいた。しかし、彼女は疲れていて誰とも話したくなかった。無言でそのまま通り過ぎようとしたが、ベロニカの鋭い声が背後から飛んできた。
「挨拶もできないなんて、マトモな親に育てられなかったのね」
その一言がミラの中で怒りを引き起こした。足を止め、振り返った彼女の瞳には冷たい怒りが宿っていた。ミラはゆっくりとベロニカに歩み寄り、睨みつけた。
「……なんですって?」
ベロニカは肩をすくめ、鼻で笑いながら言葉を続ける。
「まあ、無理もないわね。親の教育が悪かったんでしょう。挨拶すらできないなんて、本当に哀れね」
その言葉にミラの怒りは一気に爆発した。胸の奥に押し込めていた感情が次々と溢れ出し、彼女は声を震わせながらベロニカに詰め寄った。
「親のことを勝手に決めつけるな!あんたにはそんなことを言う権利なんかない!」
オズが慌てて間に入り、二人を引き離そうとした。
「ちょっと待てよ、二人とも落ち着け!ここで喧嘩する理由なんてないだろう!」
しかし、ベロニカはオズの言葉には一切耳を貸さず、冷たい笑みを浮かべたままだった。彼女の言葉は鋭く、まるでナイフのようにミラの心に突き刺さった。
「あら?怒ったの?でも、あなたも同じでしょ。誰にも愛されなかったんでしょ?」
その言葉はミラの心の奥底にある傷をえぐり出した。彼女の母はすでに亡くなり、父も失ったばかり。愛というものが今や彼女には遠い存在だった。だが、ミラはその言葉に対して引き下がることなく、激しくベロニカを睨み返した。
「……お前だって、そんな変な角を持って、悪魔からでも産まれたの?」
ミラの何気ない一言が、ベロニカの心の奥深くにある最も痛みを伴う部分に突き刺さった。ベロニカの表情が一瞬で硬直し、その目には激しい怒りの炎が宿った。彼女は無意識に手を握りしめ、冷たい声で答えた。
「何ですって……?」
ミラは気づかないまま、さらに言葉を続けた。
「その角、隠さないの。恥ずかしいの?」
その瞬間、ベロニカの体から冷たい闇が広がり、手のひらには黒い影が漂い始めた。
「撤回しなさい」
ベロニカの声は低く、冷酷だった。彼女の手から放たれた黒い影はまるで生き物のようにミラに向かって伸びていった。ミラはそれにひるむことなく、睨み返した。
「撤回なんかしない。あんたこそ、いつも人を見下してるじゃない!」
ベロニカの怒りは頂点に達し、黒い影がさらに大きく膨れ上がった。その瞬間、ミラの胸の奥から再び力が目覚めた。周囲の空間が歪み、壁や床にヒビが入り始めた。彼女の感情に反応するかのように、力が暴走し始めた。
「また……これ……!」
ミラは必死に自分を抑えようとしたが、力は次第に制御不能に陥り、空間がねじ曲がり始めた。ベロニカは一瞬怯んだが、それでも手のひらからさらに黒い影を放った。
しかし、その影はミラに当たることなく、奇妙な方向に転移し、消え去った。ベロニカの顔には驚愕の表情が浮かんだ。
「もう、止まらない……!」
ミラの体から発せられる力はますます激しさを増し、周囲の壁や床が次々と崩れていった。彼女の感情が暴走し、空間そのものをねじ曲げている。周りにいたオズやギルバートもその場に立ち尽くし、何もできずに見守るしかなかった。
「ミラ、落ち着いて……!」
オズが声をかけたが、ミラには届かなかった。彼女の内にある感情はもはや抑えきれないほど膨れ上がっていた。その時、廊下の奥からシルヴァンが急いで駆けつけてきた。
彼はミラの背後に回り込み、そっと彼女の背中に手を当てた。その瞬間、シルヴァンの手から眩い光が発せられ、ミラの力は次第に収まっていった。彼の手から感じる温かさが、彼女の暴走した力を静かに抑え込んでいく。