ふと空を見上げると、すっかり日が沈み、街は夜の帳に包まれていた。街灯が淡い光を放ち始め、バザールの喧騒も徐々に落ち着いていく。その光景はどこか幻想的で、異世界の神秘さを一層引き立てていた。ミラは胸の中に残るわずかな興奮を感じつつも、もうこれ以上オズと共に時間を過ごすことはできないと決意した。
「もう終わりにしよう……」
彼女は心の中でつぶやき、ゆっくりと歩みを止めた。これ以上オズと一緒にいることに意味はない。彼の明るさや優しさに引き込まれてしまった自分に、どこか苛立ちを感じていた。復讐に生きると決めた自分には、友達など必要ない。親の仇であり、最大の敵であるポレモス――彼以外に誰も彼女の心に入る余地はない。
ミラがその場を離れようとした瞬間、突然手を引かれた。驚いて振り返ると、そこにはオズの心配そうな表情があった。
「待てよ、どこに行くんだ?一人で行くのは危ないだろ?夜になったら迷子になるかもしれない」
オズの声には、本当に彼女を心配している気持ちが込められていた。それが余計にミラを苛立たせた。なぜ、そんなに優しくするのか?なぜ、彼女の孤独を理解しようとするのか?ミラは自分の中でこみ上げる感情を必死に抑えようとしたが、それは次第に抑えきれなくなっていた。
「……やめて」
ミラは低い声でつぶやきながら、オズの手を振り払おうとしたが、彼はしっかりと彼女の手を握り、離そうとしなかった。
「本当に危ないんだよ。ここはまだ見知らぬ街だし、夜になると一人で行動するのは――」
オズの言葉が耳に入るたびに、ミラの中の怒りが燃え上がっていく。彼の優しさは彼女にとって余計な負担であり、復讐の道を歩む彼女には必要ないものだった。ついに、ミラは我慢の限界に達した。
「いい加減にして!」
ミラの声が夜の静寂を破った。彼女は強くオズの手を振りほどき、その目に冷たく、そして深い怒りを宿していた。
「私はあなた達と馴れ合うつもりなんてない!友好関係?そんなものは、私には無駄でしかないの!」
彼女の声は震えていたが、それは怒りによるものだけではなかった。心の奥底にある孤独と絶望、そして過去の傷が今、彼女の言葉となって噴出していた。ポレモス――かつての親友であり、今や彼女の最大の敵。その存在が彼女のすべてを支配している。彼を倒す以外に、ミラには生きる理由がない。
「友達なんて……必要ない。もう、誰にも心を許すつもりはないんだから!」
ミラは自分の言葉に対してさえ、どこか痛みを感じていた。オズの明るさが彼女に与えた微かな光が、今は暗い怒りの中でかき消されてしまったようだった。
オズはミラの言葉を受けて、しばらくの間、何も言わずに立ち尽くしていた。彼の顔には驚きと戸惑いが浮かび、彼女の強い言葉にどう反応すればいいのかわからない様子だった。
「……ごめん」
オズの声は、今までとは違い、沈んでいた。彼はそっとミラの手を離し、静かに一歩下がった。その姿は、まるで彼女の心の壁を感じ取ったかのようだった。
「俺、ただ……」
オズは何かを言いかけたが、それ以上続けることはできなかった。彼女がどれほどの痛みを抱えているかを、彼は知ることができなかったのかもしれない。だが、彼女の怒りが本物であることだけは理解していた。
「……無理に引き止めて悪かった」
そう言って、オズは再び黙り込んだ。彼は自分が何を言えばいいのか、わからなくなっていた。ミラの心に触れようとしたが、その結果、彼女をさらに傷つけてしまったことを後悔しているようだった。
ミラは振り返ることなく、ゆっくりと歩き出した。彼女の中には、怒りと孤独、そしてわずかな罪悪感が混ざり合っていた。だが、彼女の心には確かな決意があった。
「もう誰にも……」
ミラは小さくつぶやいた。友達など必要ない。心を許す相手などいらない。すべては復讐のために――そう自分に言い聞かせながら、ミラは再び夜の街へと歩みを進めた。