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第13話 「決意」

リーダーが静かにドアを閉める音が響き、ミラは一人部屋に残された。冷たい空気が部屋を満たし、彼女の周りに重い静寂が広がっていく。リーダーの言葉は、まだ彼女の耳の奥に残っていたが、ミラは意外にも冷静だった。


今、自分が置かれている状況。世界が混乱に陥り、彼女に英雄としての役割が期待されていること。全てが、あまりにも現実離れした話だったが、それでもミラは理解していた。これが、今の彼女に課せられた運命だということを。そして――それ以外に選択肢がないことも。


父を失い、母もいない。かつて親友だったポレモスも裏切り者だ。彼女の心にあったすべての希望は、あの日に全て崩れ去った。今のミラに残されているものは、空っぽの感情と、強烈な復讐心だけだった。


ミラは、ふと手のひらを見つめた。かつてはその小さな手で、人々に元気な挨拶を送り、ポレモスと楽しい時間を過ごしていた。しかし今、その手には何の温かみもなかった。ただ冷たく、力を持たない手がそこにあった。だが――その手が、いずれ力を持つ時が来る。


「……アンドロイド……」


ミラの唇からその言葉が漏れた。かつては彼女の信頼を裏切った存在。彼女の家族を、彼女の世界を奪った存在。今、ミラの中に燃え上がる唯一の感情は、そのアンドロイドたちに対する復讐心だった。


ふと、彼女は自分の未来を思い描いた。リーダーの言っていたように、英雄としての力を手に入れ、戦う日々――そして、その先に待っているもの。それは、アンドロイドたちを駆逐する未来だった。ミラはその光景を頭の中で鮮やかに描いた。アンドロイドたちが、彼女の前で崩れ落ち、破壊されていく姿。彼らがもたらした苦しみと悲しみを、その手で一つ一つ消し去っていく。


ミラの中に、かつての無邪気さはもう残っていなかった。彼女を支配していたのは、怒りと憎しみ、そして復讐のための狂気だった。感情が抑えられなくなり、彼女はついに笑い声を漏らした。


「……ふふ……あはは……」


その笑いは、かつての明るいミラの笑顔とはまるで違っていた。鋭く冷たい笑いが、彼女の唇から溢れ出し、部屋にこだました。ミラの顔には、かつて見せたことのない狂気の笑みが浮かんでいた。


「そうよ……私は英雄になる……そして、あのアンドロイドたちを……全部……」


彼女の体が震えた。それは喜びの震えだった。アンドロイドたちを駆逐し、自らの手で破壊していく。父を奪い、彼女の世界を壊した者たちに、同じ苦しみを味わわせる。彼女はその光景を頭の中で繰り返し思い描き、そして再び笑い出した。


「全部、私が……消してやる……」


涙は流れなかった。感情が渦巻く中、ミラは涙さえも枯れ果てていた。ただ心の中にある強烈な復讐心が、彼女の全身を支配していた。


もう、彼女には恐れるものなど何もなかった。全てを失った今、ミラにとって残されたのは一つ――アンドロイドたちを滅ぼすという運命だけだった。





ミラが部屋で狂気に満ちた笑いをこぼしてから、数日が経った。その間、彼女は一度も笑顔を見せなかったが、彼女の目には確固たる決意が宿っていた。彼女が心に抱いているのは、ただ一つ――復讐のための力を手に入れること。そして、そのためにはこの家を出なければならないと確信していた。


ミラが父と過ごした家は、もはや彼女にとっては過去の亡霊に取り憑かれた場所だった。家の中には、父の声や笑顔の思い出がこだまするように残っていたが、それが彼女にとっては痛み以外の何物でもなかった。ポレモスの裏切り、そして父の死――すべてが彼女を縛りつけているように感じていた。


「ここにいても、何も変わらない……」


ミラは自分に言い聞かせた。彼女はすでに新しい道を選んでいた。この家を出て、復讐のための力を手に入れる。それが、今の彼女にできる唯一の選択肢だった。


ある夜、ミラは静かに部屋を出た。家の廊下はひんやりとしており、窓から差し込む月明かりだけがぼんやりと空間を照らしていた。彼女の足音はほとんど聞こえず、まるで影のように静かに家の中を歩いていた。


キッチンを通り過ぎ、父と過ごしたリビングの前で一瞬立ち止まった。そこで、彼女は最後の思い出にふけることなく、静かにその部屋を背にした。


「さよなら……お父さん」


彼女は小さく呟いたが、涙は流さなかった。すでに涙はとうに枯れ果てていたのだ。ただ、心の奥底で父の声が遠くに響くのを感じながら、ミラは振り返ることなく玄関へと向かった。


玄関にたどり着いたミラは、ふと、自分の背中に何かが触れるのを感じた。それは、かつて自分が愛用していた小さなリュックサックだった。父と共に過ごした幼い日の思い出が、ほんの一瞬だけ蘇った。しかし、今はそれを思い出す時間はない。


「必要なものだけでいい……あとはすべて捨てる」


ミラは冷たくそう呟き、最小限の荷物だけをまとめた。彼女にとって、家族の思い出や過去はすでに重荷でしかなかった。必要なのは、復讐を果たすための強い心と、力を手に入れるための意志だけだった。


ドアノブに手をかけた時、ミラは一瞬だけ立ち止まった。外の世界に足を踏み出すその瞬間、彼女の中で何かが完全に切り替わるのを感じた。かつてのミラはもういない。家を出たその瞬間から、彼女は過去の自分を捨て、新しい存在になるのだと。


「もう、戻らない……」


その決意とともに、ミラは静かに玄関の扉を開けた。外は夜の静寂が広がっており、街灯がかすかに道を照らしていた。彼女は振り返ることなく、まっすぐに外の世界へと足を踏み出した。


夜の冷たい風が、ミラの髪を揺らした。白く染まった髪が月明かりの中でかすかに光り、彼女の決意を象徴しているかのようだった。街は静まり返り、誰も彼女の姿を見ていなかった。


ミラは一人、暗い道をまっすぐに進んでいった。彼女が向かう先はまだ決まっていなかったが、専門機関の言葉が頭の中で繰り返されていた。彼らの助けを借りて力を手に入れるか、それとも独自の道を進むか――その選択肢が彼女に与えられていた。


だが、どちらを選んだとしても、彼女の目的は一つだった。アンドロイドへの復讐、それが彼女の人生の唯一の目的となっていた。


「私が……すべてを終わらせる」


ミラの唇から小さな声が漏れた。彼女の目には決して揺らぐことのない炎が宿っていた。復讐のための旅は、今まさに始まったのだ。

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