ポレモスは、もはや動く力を完全に失っていた。壊れた体は木にもたれかかり、かすかな風が彼の金属の表面を撫でていった。左腕はすでに使い物にならず、片目は視界を失い、右腕もほとんど力が残っていない。息をするような感覚もなければ、痛みを感じることすらなかった。ただ、冷たい金属の体が自らの停止を静かに待っていた。
彼の心の中に広がるのは、深い虚無感だった。ミラを救うことができなかった。自分は何のために存在していたのか、それすらももう分からない。ただ静かに、停止を迎えるだけの存在に成り果てた――そう、ポレモスは感じていた。
「……」
無言のまま、ポレモスは閉じた目の中で過去の記憶を呼び戻していた。ミラとの出会い、彼女と過ごした日々、そして彼女の笑顔――それが今ではあまりにも遠い。彼はその記憶にすがりつくことさえできなくなっていた。
停止が訪れれば、すべてが消え去るだろう。彼の存在も、記憶も、この森の中に埋もれてしまう。それも、ポレモスにとってはもはや自然な結末のように思えた。何のために生きていたのか、何のために戦っていたのか、今ではその意味すらわからなくなっていた。
その時――
空が揺らいだ。ポレモスのかすんだ視界に、空が捻じ曲がって見えるのを感じた。かすかな光が漏れ、空気が裂けるような音が耳に届いた。それは、まるで異次元からの訪問者が姿を現そうとしているかのような現象だった。
ポレモスは、その変化に目を見開いた。だが、すでに片目はほとんど機能しておらず、ぼやけた視界に捉えられるものは限られていた。それでも、彼は確かに感じた。何かがこの世界にやって来たのだと。
次の瞬間、空に大きな裂け目ができ、そこから巨大な乗り物が飛び出してきた。見たこともない異形の機械――それは地上の技術とは明らかに異なっていた。金属のボディが奇妙に輝き、異様な音を伴いながらゆっくりと地上に降り立った。
ポレモスはその光景を目にしながら、もはや声を出すことも、動くこともできなかった。ただ、彼の中には得体の知れない恐怖が広がっていた。それは、この乗り物が彼を救うものではないと本能的に感じ取っていたからだ。何かが彼のもとに迫っている――その予感がポレモスを押しつぶしていた。
乗り物が地面に着陸すると、金属の軋む音が響いた。静寂の森に不気味な音が反響し、ポレモスはその場で身を縮めるように耐えた。彼の体はすでに動けず、逃げることも反応することもできなかった。
乗り物の側面から扉が開き、そこから二体のアンドロイドが姿を現した。彼らはポレモスとは異なるデザインをしており、鋭利で洗練されたボディを持っていた。動きは機敏で、まるでポレモスを見透かしているかのように無表情で彼を見下ろしていた。
ポレモスは抵抗しようと右腕を動かそうとしたが、指先すら反応しなかった。声を出して助けを求めたかったが、それも叶わなかった。ただ、彼の心の中には「何かが起こる」という強烈な予感が残っていた。
二体のアンドロイドは、何も言わずにポレモスのもとへと歩み寄った。彼らは視線を交わすこともなく、ただポレモスを無表情のまま見下ろしていた。ポレモスの心臓のような動作がかすかに高まり、その無表情さが彼をさらに恐怖へと追いやった。
次の瞬間、一体のアンドロイドがポレモスの壊れた左腕に手をかけ、もう一体が彼の腰を支えた。ポレモスは必死に動こうとしたが、すでに体は言うことを聞かず、抵抗も虚しいものだった。彼の意思に反して、アンドロイドたちは無造作に彼の体を持ち上げた。
ポレモスは目を見開いたが、体は動かない。彼は何とか抵抗しようとしたが、右腕は力を失い、足は反応しなかった。壊れた視界の中で、彼は自分が持ち上げられていくのをただ感じるしかなかった。
「……!」
ポレモスは心の中で叫びたかった。だが、その叫びはどこにも届かない。彼の壊れた体はすでに自分の意思で動くことができなくなっていた。ただ、アンドロイドたちに連れ去られるがままに、運命を受け入れるしかなかった。
アンドロイドたちは無言のまま、ポレモスを抱え上げ、乗り物の中に運び込んだ。扉が閉まり、機械音が響く中、乗り物が再び浮上し、空の裂け目へと向かって上昇していった。
ポレモスは、歪む空を見上げた。その裂け目が徐々に彼を飲み込んでいく。彼はもはや、何もできなかった。無力なまま、空間の歪みの中に吸い込まれていき、視界は次第に暗闇に包まれていった。
こうして、ポレモスは異世界の存在に連れ去られていった。彼の声は届かず、体は壊れ、意思は奪われたまま――彼は消えゆく裂け目の中で静かに姿を消した。