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第32話 写真の霊(ひと)


「――では、明日から夏休みですが羽目を外さないように。以上!!」


 そう言って担任の先生が教室から出ていくと始まる喧噪。

「「「よっしゃー!!」」」

「「「夏休みぃぃ!!」」」


 いろいろな声が教室を揺らす。俺も楽しみではあるんだけど、高校生になって初めての夏休みだし。今までは部屋からあまり外出の予定はなかったけど、今年は少し違う。何と言っても今年の夏休みは水着が待っているのだ。しかも四人も!! (伊織を含む)


「さて……と」

 夏休みに入った途端に飛び出していく生徒たち。

 俺はその波に巻き込まれないように、ゆっくりと立ち上がり、誰もいなくなった教室を後にする。四月に入学してもうすぐ四か月になるけど、長かったような短かったような……。知り合いが増えたし、親友と呼べる存在がそうさせてるのかもしれない。そう考えると、この学校生活は悪くない出だしだと思える。しか知り合えたのが女の子ばかりというのが少し気がかりではあるが。


 ブブブブッ ブブブブッ


 何者かからの着信を知らせるように震える衣類。こういうタイミングで電話をかけてくる奴は分かっている……。ポケットにしまっておいたケータイを取り出して、着信表示の名前を確認する。

「え!? 日暮……さん!? っと、もしもし!?」

「あ、ごめんなさい。藤堂クン?」

「あ、うん。ど、どうしたの?」

 予想外の人物、しかも女の子からと言うだけでブワァ!! って全身から滴るほどの汗が出てくる。夏休みの件もあるし連絡用のアドレスや番号も交換し合ったと言は言え、正直自分にかかってくるとは思ってなかった。


「少し話しておきたいことがあるんだけど、もう帰っちゃったかな?」

「え~っと、まだ学校にはいるんだけど日暮さんはどこに?」

「良かった。じゃぁこのあいだ話を聞いてくれた喫茶店にいるから来てもらえるかな?」

「う、うん。じゃぁこれから向かうよ」

 まさかの出来事に少し動揺してるけど、とりあえず彼女の待つ喫茶店を目指して急いで階段を駆け下りていった。


 喫茶店で待っていた日暮さんは、奥の席に座って本を読みながらコーヒーを飲んでいた。俺に気付いて恥ずかし気に片手を胸元までスッと上げる。見たところ今日は相馬さんは一緒じゃないみたいだ。そうなるとちょっとデートの待ち合わせっぽくて緊張してくる。

「お、お待たせしちゃったかな?」

「あ、いえ、大丈夫です」

 荷物を空いてる椅子の上に置くと自分もコーヒーを注文する。


「藤堂クンにどうしても話しておかなきゃいけないと思ってきてもらったの」

「それはいいんだけど、相馬さんにも言えない事なんだね?」

 日暮さんの体がビクッと震えた。仲のよさそうだった相馬も今日は一緒ではない。けれど話しておかなきゃいけない。となるとまぁそんな感じなんだろうと察しはつく。


「藤堂さんはもうお気づきですか? 私の後ろにいてるひとがどういう関係なのか」

「いや、そ、そこまでは良くわかってないけど、なんか……日暮さんを心配してる感じが、割と近しいひとなんじゃないかとは思ってたよ」


 前に会って話した二回、そして今回もだけど、日暮さんの後ろにいるからと言ってなんというか――あまり嫌な感じはしてなかった。

――そりゃあ幽霊なんだし基本的には嫌いで苦手なんだけど、すぐに逃げたいとかそんな風には思えないひとなんだよね。


「くすっ」

 日暮さんが俺を見ながら少し笑う。慌てて顔とか確認する。俺どこかおかしかったりするんじゃないかと心配になって。日暮さんはそれに手を振りながら否定してくれた。

「あ、違うよ。変だからとかじゃないから。夢乃に聞いてた通りの人なんだぁって思って。あまり話したことないから、けっこうドキドキしてたんだけどね」

「あ、そそ、そうなの? なら良かった……のかな?」

「うん。聞いてた通りの人……だから安心して話すね。藤堂クンが見てる女性はたぶん私のお姉ちゃんだと思うの」

 そういうとスッと写真をテーブルの上に滑らせた。

 俺はその写真とそのひとを比べてみる。確かに同じ顔をしてるし、同じような服装をしてる。


 なぜか写真を一緒に覗き込んで恥ずかしそうに顔に手を当ててるんだけど……。

――仕草がちょっとかわいいじゃないですか。


 考えてた顔を不思議そうに見ている日暮さん。

「う、うん間違いなくこの女性ひとだね」

 慌てて話を振って誤魔化した。幽霊のお姉さんもうんうんとうなずいてるし。


「誰にも言ってないんだけど、お姉ちゃんが前に言ってたお祭りで亡くなった人なんだよ」

「え!?」

「だから調べて欲しいんだ。何があったのか」

「日暮さんは聞いた話を信じてないんだね?」

「うん。絶対に違うと思ってる」

 テーブルの上に置いていた手をグッと握りしめる。その時の顔が真剣そのもので、俺はこの姉妹の事を信じて調べてみようと思った。


「私の姉は何かに巻き込まれたんです。そうじゃなきゃあんなところで……おかしい」

 悲しそうに言葉を発する日暮さんの後ろで、そのひとは優しさと悲しみを合わせたような、複雑な表情のまま肩に手を乗せたまま何も言葉にしようとはしなかった。


「日暮さん、お姉さんの名前を教えてもらえるかな」

「うん、日暮綾香ひぐらしあやかよ」

「ありがとう。一応確認なんだけど……お姉さんとはこのままでいいの?」

「え!?」

 下を向いて悩んでいる。

「一緒に居たい気もするけど、それは藤堂クンからすればダメな事なのよね?」

 日暮姉妹が俺を見据えてくる。二人とも目に涙が溜まってるように見える。

「うん。お姉さんはできればいるべき場所に行った方がいいと思う」

「そか……うん、そうだよね。私もそう思うよ」

 静かにうなずく日暮さん。改めて日暮さんに協力することを心に誓った。




 夏休みと言っても特にいつもと変わったことは無い。

 少し夜遅くまで起きてたり、昼過ぎくらいまで寝てるなんてことは、今までの週末となんら変わりないのだ。

 違いなんていえるのは、学校に行かないってくらいのモノだろう。

 その代わり宿題はたっぷりと出るからタチが悪い。コツコツやれば十分に終わるようにしっかり計算されてるみたいだ。

 数日間はノートを開いて辞書を出して調べたり、インターネットを駆使して調べ物したりと真面目に取り組んできたものの、三日目あたりから飽きてきた。

 この間に遊びにいくなどの用事もなければお誘いもなかった。結構凹む。


 こんこん

「お義兄にいちゃん?」

「は、はい?」


 ベッドの上で一人モヤモヤしてると、開け放たれたドアを律義にたたきながら小さな顔が覗き込んできた。


「ちょっといいかな?」

「おう全然大丈夫!! なんの予定も今のところないからな」

「あ、う、うん てへっ」

――あ、今伊織が笑ってごまかした。かわいかったけど少しショックだ。


 テクテクと部屋に入って来てクッションの上にぽふっと座る。そしてあの時以来何故か母さんが姿を現すようになって、今も当たり前のように伊織の隣に座っている。

「あのねお義兄ちゃん。今回の話なんだけど……たぶん私達だけじゃ解決できないとおっもうんだよね」

『そうねぇ……あなた達だけじゃかなり不安ねぇ』

「俺もそうは思ってるんだ。仮に日暮さんの話が真実だったとしたら事件になる。そんな事になった到底俺達じゃ解決どころか傷口を広げてしまうだけかもしれない」

「傷口?」

「うん。被害者だよ」

 少し考えていた伊織が何かに気付いたかのようにクチに手を当てて目を大きくする。


「母さんはどう思う? あの日暮綾香さんの事」

 腕を組んで少し考えるような姿勢を取ると、近頃は見せてなかった真剣な顔を向ける。

『彼女はたぶんこの事件における真実を知ってるんじゃないかしら。でも何かの理由でそれが言えずにいるとか。あの時話しかけようとしてたんだけど拒否されちゃったのよ』

「そうか……母さんでもダメか……」

 三人で黙り込んでしまった。部屋の外、壁際に張り付いたセミの鳴き声が部屋の中に響く。


「最悪の場合はまた父さんを頼るしかないな」

「そうだね」

『慎吾さんもアレで喜んでるのよ、あなたに頼ってきてもらえて』

「そうなの? 知らなかったよ」

『表に出す人じゃないから』

 母さんは若い頃の事を思い出しているのか遠い目をして一点を見つめている。今度はしんみりとした空気が流れる。


――ちょっとこの空気には耐えられそうにないから話題を変えてみよう。

 そう思って考えもなしにクチにした。


「ところで母さん」

『なあに?』

――あ、なんかこのセリフとこの声。懐かしくて少し泣きそうだ……。


「どうしていたのが俺や父さんじゃなくて伊織なんだ?」


 びくびくっ!!


――あれ? なんかまずいこと言ったかな? 伊織の顔が真っ赤になってくんだけど……。

 母さんはそれを見てニヤニヤしてるし。


『それはね……』

「あ、ちょ!! ちょっと待ってお義母かあさん!!」

 伊織がわたわたしてる。

『大丈夫よ。それはね真司、伊織ちゃんと約束したからよ』

「約束?」

「そ、そう!! 約束!!」

『まぁ時期が来たらその時に教えてあげるわよ。今は内緒!!」

ね~って意気投合しちゃってるけど。


――母さんあんた幽霊なんですよ? お忘れじゃないですよね?


そのまま部屋から伊織が出ていこうとした時、母さんが俺の方に振り返った。

『真司。伊織ちゃん新しい水着買ったわよ。すっっっごく!! かわいいやつ!!』


「え!?」


「きゃぁぁぁぁ!!」

 絶叫しながら走って部屋から出ていった伊織。残された俺はぼーぜんとする。


『楽しみにしてなさい』


――母さんてそんなキャラだっけ?


 母親にウインクされるという微妙な状態で、俺は一人部屋に残されたのだった。部屋の外ではセミが盛大に声を上げて鳴き出し始めた。




 時間が経つのは次早いもので、夏休みに入って初めての金曜日。

 俺と伊織は一足先に〇〇市へと来ていた。ほとんど外出することのない俺にとってはかなりの長旅に感じた。待ち合わせの駅へと到着して頃には、暑さと少し疲れを感じて体が重く感じた。そもそもなぜ金曜日から来ることになったかというと。


「あ、いたいた!!」

「相馬さんお久しぶりです」

「あらぁ~、相変わらず伊織ちゃんはかわいいねぇ~」

「きゃぁ!」

どこに行っても伊織は人気だという事を改めて思い知らされる。抱き合う二人を見ながらしみじみ思う。


「わざわざありがとう藤堂クン、伊織ちゃん」

「いやいや、こちらこ日暮さんごめんね、義妹いもうとまで連れてきちゃって」

 日暮さんは目を細めながら首を横に振る。

「大丈夫です。あ、今日と明日の宿泊場所は確保しておきましたので安心してくださいね」

「あ、ありがとう」

「こっちよ」って手招きされてそちらに荷物を持って向かう。

 相馬さんと伊織がまだじゃれあってるから伊織の分も一緒なので結構な荷物量になる。こう言っちゃなんだが、俺もそれなりに筋力はある方だけど結構プルプルと腕が震えてるのは何故だろう?


――伊織さん? どうしてこんなに荷物が重いのかな? 


 そう日暮さんの参加するお祭りが土曜日からで、土曜日はとても抜け出して迎えに行けないとのことで、俺と伊織だけが前ノリする事になったのだ。

 ちなみにカレンと市川姉妹はまっすぐ別荘に土曜日から向かうらしい。そして明日合流してそのままみんなで別荘に泊まるという計画に変更された。もちろん俺の意見が採用されることなく予定は着々と進められていた。しかしこの体の重さは……。

「あの車に乗ってください」

 日暮さんが指したのは少し大きめの車で、運転席には男性の姿がある。


 コンコン

「お父さん、着いたわよ」

 窓ガラスをたたきながらそう合図すると、男性が車から降りてきた。メガネをかけたすごく優しそうな眼を持った方だった。見る限り四十代になったばかりくらいか。

「ようこそ。わざわざすまないね。藤堂クン……だったかな?」

「あ、はい。お世話になります。こっちは義妹の伊織です」

「よろしくお願いします」

 二人同時にお辞儀をする。


 荷物を車に積み込むと、少し待ってもらってトイレに行くことにした。この先何があるのか分からないから念のためだ。何しろ今日泊まるところさえまだ知らないんだから。何より一度この感じをどうにかしないといけない。


「お義兄にいちゃん大丈夫?」

 心配したのか伊織が追いかけて来てくれた。

「ん? ああ、大丈夫。伊織……感じてるか?」

「うん。でも私はそんなに重く感じてないんだ」

「そうか……なら俺は波長が合っちゃったって事だな」

 少し辛くなったので近くにあった椅子に腰を下ろした。


 俺の異変に気付いたのか車で待ってるはずの三人までが近くまで寄って来ていた。

「藤堂クン大丈夫?」

「平気。ごめんありがとう」

「すぐに休んでもらった方が良いな。急いで帰ろう」


 日暮さんのお父さんに肩を貸してもらいながら車へと移動した。 駅から二十分くらい車を走らせると、大きな鳥居をくぐって中へと入って行った。どうやら目的地に着いたらしい。車の中から見るだけでも結構大きくて立派な社が建っている。


「さぁ着いた。今日はここに泊まってもらうからね」

「ありがとうございます。えと、ここは?」

「言ってなかったっけ? 今日は綾乃ちゃんのところに泊まるんだよ」

 相馬さんのクチからサラッと初めて聞く事が出てきたけど。


「えと、それって俺も?」

「何言ってんの!! もちろんみんな一緒だよぉ!!」

 背中をバシバシたたく相馬さん。すでに俺の調子のがあまりよくないことは忘れてしまってるらしいな。

――うんまぁ、そういうなんだけどね。


 お父さんが荷物を持ってくれて中へ案内してくれた。かなり歴史を感じる建物で、柱の一本いっぽんが凄く太い。装飾も細かに彫り込まれていたりしてなんだか少しでも傷なんてつけたらえらいことになりそうな、そんな価値の場所に来ちゃった感じ。

「すごいですぅ」

 伊織の眼がキラキラと輝いてる。この眼をするときは興味を惹かれてる時だ。

「本当にすごいね」

「ああ、気にしなくていいよ。ただ古くからあるだけだから」

 日暮さんが軽く手を振りながら返す。

「だいたい五百年くらい前の建物らしい。わしらの家が代々守ってきたんだよ」

 日暮さんのお父さんが少し誇らしげに胸を張る。


「さ、着いたよ。今日はここで寝てもらうね」

 案内された部屋はかなりの広さがあった。

 中にテーブルがあり、奥の方に布団が二組用意されて置いてある。

「ここで……二人?」

「問題ないでしょ? 兄妹きょうだいなんだから」

 相馬さんも日暮さん親子も不思議そうな顔をして俺達を見てるけど、それは当たり前か。この人たちは知らないんだっけ[血のつながらない義兄妹きょうだい]だって事。


「それじゃ、少し経ったら案内するから。ちょっと休んでてよ」

 三人が部屋を後にした。



 顔を赤く染めて下を向いたままの伊織と、荷物を肩にしょったまま固まる俺だけがその場に残された。



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