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閑話 第4話 鋭い息子


「珍しいな藤堂。お前が俺に頼み事してくるなんて」

「ああ。本当言うと頼みたくはねぇんだが……ウチの署員じゃ信用できんから仕方なくだ」

「ほう……。では俺は信用していると」

「仕方なくだって言ってんだろ!! 耳ついてねぇのか!!」


 車の後部座席でお互い前を向きつつ俺と言いあっているこいつは結城哲平ゆうきてっぺい。なんと警視庁の捜査員である。大学の同期ってだけで仲良くはないんだが、こういう時は何かと動いてくれたりとなかなか頼れるやつで助かっている。しかもなぜか所轄の俺や村上の事を気にかけてくれているようで、今まで頼んだことは断られたことを数える方が早い。


 それに今回の頼み事は内容が内容なだけに、ウチの所轄内はもちろん近くの所轄の人間でさえ頼み込めるだけの適合者がいないのが実情。


――背に腹は代えられないってとこかな。


「で、要するにお前のところの課長を探ればいいのか?」

「そうだ。頼めるか?」

「……もいいのか?」

「……時と場合によってはな」


 少し長い沈黙が車内に落ちる。

「いいだろう」

「本当か!?」

「条件がある」

 こいつに頼みごとをするといつもこうなのである。だから頼み事はあまりしたくないのだが、こいつが見返りに求めて来るもののほとんどは、ちょっと苦労するくらいで達成できるものばかり。だからと言って好き好んでやりたいやけではない。

「なんだよ……めんどくさいのは無しだぞ。それと所轄の俺達に出来る範囲の事なら聞いてやるよ」

「この一件がかたずいたら……お前結婚しろ」


 コイツから発せられるとは予想していなかった言葉を聞いて固まる。改めて説明することもないだろうけど、俺はこいつに何も話してはいない。もちろん何もと言う件は柏木さん親娘の事だが、こいつがその事を指して結婚しろとか言ってるならとてつもなく怖い。そんなことまで知ってるとすると、ストーカーか何かじゃないかと疑ってしまうレベルだ。その時は俺が責任もって手錠かけてやるけど。


――まさかなぁ……?


 何も言わずに結城の顔を伺うが、先ほどからまったく動揺するわけでもなく、おかしな反応をしてるのが俺の方みたいな眼で俺を見てくる。

「なんだ? 何をそんなに驚いてる? ああ、柏木さんの事か?」

「な、なぜおまえが柏木さんの事を!? やっぱりストーカーか!? 手を出せ逮捕だ!!」

「ば、バカな事言うな!! ウチの女房の同級生だってだけだ!! この前ウチに遊びに来た時に……ああ、伊織ちゃんだっけか? と、なぜかお前んとことの息子が一緒についてきて、それから知られたってだけだ!! まぁ……その……色々聞かれたから、いろいろと答えてはおいたけどな」


――そのどや顔はウザいぞ結城!!


 そうか……最近俺は柏木さんに甘えていたのかもしれん。仕事が有るって事を言い訳にして真司の事を彼女が休みのたびに面倒を見てもらっていたからな。まさか、そんな繋がりがあるとは思っても見なかったし。世間は思ったよりも狭かったみたいだ。


「その条件は飲みかねん」

「なぜだ!? おまえ彼女の事が好きなんだろ?」

「馬鹿野郎!! 彼女の気持ちが分からんのにいきなり結婚なんてできるか!!」

「それは……一理あるな。付き合うのと結婚は大きく違うからな」


 それだけ言ってまた何やら考え事を始める結城。コイツの頭の回転の速さには一目置いてはいるが、余計なことまで首を突っ込んで、状況をすっ飛ばしてくるとは意外に面白いやつなのかもしれないな。

「いいだろう。ではその件は保留にして引き受けてやろう」

「お、おう!! なんか後が怖いけど仕方ない。助かる」

「決まったのか?」


 それまで何も言わず俺と結城の会話を聞いていた村上が運転席から顔をのぞかせる。

「とりあえずな」

「そうだな」


「じゃぁどこまで乗せて行けばいい?」

「今追ってるやつが〇〇町にいるらしくてな、そこにウチのモノが何人か行ってるはずだからそこまで頼む」

「りょうーかい!!」


 街の中の隠れた場所にある地下駐車場から誰にも見られていないことを確認して、すぐに公道に出て大きな道に合流し、多くの車に紛れ込むようにしながら結城の指定した現場まで車を走らせていく。

 運転している村上は性格はどうあれ、こういう細かい仕事に関しては文句がないほど事を運ぶのが上手い。


 ほどなく車は安定した流れの中に溶け込んで何事もなかったように静かに走っている。

 仲が良いとは言えない奴と一緒というだけでも気まずいのに、現場まではまだ少しかかりそうだ。その間はこの車の中は静まり返ったままなのかと小さくないため息をつく。

「これから大変な事になるぞ」

 つぶやかれた言葉に反応して横を向くと、た結城はいつになく真面目な顔をしていた。

「覚悟の上さ」

 小さくうなずきながらそれに答える。



 俺にはその言葉に含まれている意味にこの時は気付いていなかった。

 その日は突然訪れた。


 まだ小鳥のさえずりさえも聞こえない夜と朝とも境目の時間帯。

 間もなく山の背中から顔を出す太陽の光で空が赤焼けしている頃、出しっぱなしのケータイの着信音が狭い茶の間に響き渡った。布団の中で丸まったままの俺は、ケータイを手にして表示されている名前を確認する。


[結城哲平]

「あの野郎……こんな朝から……」


 仕方なく体を無理やり起こして布団から頭と腕だけを出してケータイを握り直す。 昨晩飲んだビールの缶などが置いたままのテーブルにメモ帳を放り投げる。そのまま考え事を始めたのと同時に意識がどんどん薄くなっていく。


 ジリリリリン!!  ジリリリリン!!


 昔懐かしの黒電話の着信音。

 これは同業者に設定しているもの。

「はい、藤堂……」

「やっと出やがったか!!」



 朝から聞きたくもない声をケータイから聞かされた俺はそこからものすごく機嫌が悪くなっていくのを感じた。

「こんな朝からてめぇの声なんざ聴きたくねぇよ……切るぞ!!」

「お、おい!! ちょっと待て!! 情報が入ったんだ!!」

「情報だぁ!? 変なのだったら容赦しねぇぞ」

「それは大丈夫だ!! お前んとこの課長さんの話だからな……」

 それまでの冗談めかした会話から一転。二人とも真面目な声色で語り始める。

 もちろん俺は布団からしっかりと出てしっかりとメモを取り、いつでも出かけられるように準備を始める。


「お父さん……」

 声がした方に振り向くと真司が枕を抱えながら襖の《ふすま》のそばに立っていた。

「真司か……すまん起こしたか?」

「ううん……大丈夫」

「これから出かけなくちゃならなくなったんだけど大丈夫か?」

「そんなに子供じゃないから平気だよ。それに……」

 まだ見る限り明らかに子共だろ? 自然に笑顔になる。


「それに? 」

「伊織ちゃんのお母さんにれんらくするから……」

「おま!! どうしてそこで伊織ちゃんのお母さんが出てくるんだよ!?」

「?? どうしてって……お母さんになるんじゃないの?」

 しゃがんで笑いながらガクガクと真司を揺さぶっていた手が停まる。


――あれ? 俺ってそんなに分かりやすいやつだったのかな? しかもこんな子供にまでバレちゃうなんて浮かれすぎてたかもしれないなぁ……。


 真司の眼をじぃ~っと見つめる。

 やっぱりこの澄んだ眼にはごまかせないのかもしれない。

「お父さん……」

「え!? あ、おう!?」

「そろそろ出なくていいの? 外で待ってるんじゃない?」

「いいんだよ!! アイツは待たせといても文句言わねぇからな」


 それから五分ぐらい真司をぎゅ~っと抱きしめてドアを開ける。

「じゃぁ真司頼むな……」

「うん」

「伊織ちゃんにもよろしく言っておいてくれ」

「お母さんにでしょ? 言っておくよ」


――本当に俺の子か? 鋭すぎるだろ? 勘も言葉も……。


 外に出るとアパートのすぐ側でハザードランプをつけた車が停まっていた。すぐに乗り込むと同時にまだ暗い道路をヘッドライトが照らし車は走り出す。

 いつものように運転席には村上が座っている。結城から電話を受けたとすぐにウチに来るようにと連絡しておいたのだ。長年組んでるだけあって、こういう時の緊急性は俺の話と声から察したんだろう。


 車に乗って少し走った時、無言で村上が袋を手渡してきた。

「なんだ?」

「コーヒーと朝メシだ。食っとけ」

「すまんな」

「気にすんな」


 ブブブブ ブブブブ

 ポケットに入れておいたケータイが震える。

 表示は[真司]


「柏木先生か?」

「ばか!! 違う真司だ!! もしもし……」

 茶化してくる村上に軽めの一発をお見舞いしてケータイをハンズフリーに切り替える。一応村上にも聞いてもらっておくことで、俺が忘れても相棒が仕切ってくれるはず。


『父さん?』 

「どうした?」


『うん。この前のひとが現れてね「暗いとこにいる。今日何かされるみたいだ。助けてくれ」って言ってるんだよ』


「暗いとこか……。他には? 何か言ってるか?」

『人が集まってきてるってさ』


「人が!? まずい!! 村上急げ!!」

「おう!!」

「真司ありがとな!!」


『ううん、気を付けてねお父さん』 



 向かっている所にはすでに結城達が着いてスタンバイしているはず。俺達が到着次第踏み込んでいく手はずになっているけど、それまで間に合わないかもしれない。真司が言うにはそのひとはまだ生きている。ならば人命優先で動かなければならない。

 そして、そこに踏み込むと同時にもう一つの事も動きが開始される。それはもう静かに動き出している事で失敗は許されない事。


 焦る気持ちと不安感を落ち着かせるために、少しずつ白み始めた空を眺めながら車に揺られていた。

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