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閑話 第3話 惚れたか?


 ちゅんちゅんちゅん


 トントントン……


 その日の朝はいつものスズメの話声と共に聞きなれない物音で目を覚ました。最近では全然聞く事の無くなった音だ。起きて少し動いてみたが体のあちこちが痛む。


 昨日の夜遅くまで話し込んでしまった俺と柏木医師はそのまま寝てしまったようだ。隣の部屋をのぞくと子供たち二人は、仲良く寝息を立ててまだ眠っている。そのままキッチンへつながるガラス戸を開ける。


 昨日真司が渡したエプロン姿の柏木医師が、はなうた交じりに機嫌よく忙しそうに立っていた。

「す、すいません。お客さんにしてもらうなんて!!」

 声をかけるのと同時位に柏木医師が振り返る。

「あら、お目覚めですか? おはようございます。大丈夫ですよ、慣れてますから」

「あ、いあや、慣れてるとかそういう問題じゃなくてですね」

「じゃぁどういう問題なんです?」

 ニコッと俺に向けられた笑顔は、ホントに疑問に思っていない素直なものだと分かった。

 ここは、医師せんせいの行動にお任せした方がいいだろう。今の俺では文字通り足手まといになるだけだから。ようやくそこまで考えが行きついたときにふと気づいた。


「おはようございます。ではお願いします」

「はい、お願いされました」

 またはなうたを交えながら調理に戻る姿を後ろからぼんやりと少しながめていた。




「ところで藤堂さん」

「は、はい!!」

 朝食を囲んでゆったりしていた俺に、思い出したように声を掛ける医師せんせい。 俺もビクッしてしまう。あんまり女性に声かけられることが少ないから。特に最近はいつも隣に村上というナンパ師がいるし……違う!! 相棒がいるし。


「今日もご出勤なさるおつもりですか?」

「え!? ええ、まぁそのつもりですが」

「医師としてはあまりお勧めできませんが……。娘の……伊織の為にもその事件解決して欲しいという複雑な思いで今私は座っています」

「ええ、その気持ちは分かりますよ。俺も真司の為にも解決したいと思って動いてましたから」


 二人の間に少し甘いような空気が漂う。それを切り裂いたのは、その話を俺にもって来た張本人だった。

「結婚するの?」


「「 ッ!? 」」


 突然の言葉に顔を見合わせる二人。その二人を見つめる子供二人。どちらが発したかは定かではないが幼い二人に見つめられるとなかなか恥ずかしいものが有る。その後は朝の食卓に微妙な空気が流れていった。



「そ、それでは失礼します」

「すいませんお送りしたいところなんですが」

「お気になさらずに」

 これからウチに帰る柏木さんを玄関まで出て見送りをする。


「あの藤堂さん」

「なんでしょう?」

ゆい。私の事はそう呼んでください。このはもちろん伊織で結構ですので」

「そ、それは……よろしいんですか?」


 返事の代わりに帰って来た笑顔。

 その笑顔を残して去っていく柏木医師かしわぎせんせいの後ろ姿を、隠れて見えなくなるほどまでその場に立って見送っていた。たぶんこの時、俺の顔は凄くだらしないことになっていただろう。誰かに見られていたら変質者に間違われても文句が言えないほどに。


「さてと……」

 部屋の中に戻って取り出したケータイ。

 今日はケガの事もあって上司からは出てこなくてもいいことになっているのだが、気になっている事の調べは言えの中にいても出来るし、慕ってくれる仲間も何人か存在するので連絡を取る。もちろん信じてる息子のために頑張るのだけど、今はその頑張る理由に二人の存在が増加した。

 柏木親娘。

 特に娘の伊織ちゃんは真司と同じ能力チカラを持っているとなると、それを証明するためにも……いや違うな。俺はもうあのの事は信じている。この気持ちは娘を思う親のゆいに向けられたものだろう。



「恋……かな?」


 思わず視線を写真立てに向ける。

 そこには俺に向けられた最高の笑顔をする最愛の人の姿があった。



 捜査線上に浮かんできた怪しい話。情報は次々と俺に上がって来ていた。小さな出来事から、割と人数をかけないと解決できそうに無い事まで、みんなが頑張って集めてくれているのが分かる。これだけでもかなりありがたい。


 そして関連してそうなモノをその中から選び出して、俺と村上で時間を作っては訪問するという日々が続いた。

「おい慎吾」

「なんだよ」

「惚れたのか?」

「ぶふぅ!!」


 飲んでるコーヒーを思いっきり吹いてしまった。

「掃除は自分でしろよ」

「ああ、すまん」

「やっぱり惚れたのか」

「……」


 次の現場に移動する車中で思わぬ銃撃を受けた俺の心は内心バクバクいっていた。

「まだわからん……だからノーコメントだ」

「なに? 好きなんだろ? 柏木さんの事」

「す、好きは好きだが……」

「あぁ……そういう事か。まぁお前らしいけどな」

 その会話の後は二人に沈黙が下りた。


 そう俺の心の中には確かに「柏木さん」が大きく存在していることは確かなんだ。

 だけどまだ大きく存在する女性もいる亡くなった妻だ。そしてまだ幼い息子もいる。そんな俺が軽々しく恋してるなんて言ってもいいのだろうか。考えても答えが出ないまま毎日が過ぎて行く。


 柏木さんは娘の伊織ちゃんを連れて何度か遊びに来てくれてる。俺の足の事を心配してくれてるのと、息子真司を娘さんの友達として認めてくれたから。同じチカラのある者同士だから側にいさせてあげたいという親心だ。自分の部屋に通ってくれる女性。勘違いしないようにするのはとても簡単な事じゃない。



 何気ない生活をしていても日々は進む。同時に捜査も進んでいた。この日も相棒と共に事件の関係者と思われる者たちを追っていた。

「いた!! あいつだ!!」

「おう。静かに後を追ってくれ。見つかるなよ!!」

「任せておけって!!」

 前を歩く人影を静かに車で追っていく。

 例の件を捜査している俺と村上は、霊がまた真司にコンタクトしてきた時にもう少し詳しく聞いといてくれと頼み、この辺りの事を話してくれたと嫌な顔をしながら真司が聞き出してくれた。

 霊と仲良く話すってのも何か変な感じだけど、真司が話す|モ《・》に関しての事は絶対的に信頼している。それに今回は伊織ちゃんまでもがそう言ってると[ゆい]さんも言っていたし。


 追い続ける事五分。人影をつけた道の先には小さな工場跡がある。たぶんあそこに居るんだろうが、しかし今の状態では踏み込むわけにもいかない。証拠になるものが一切ないのだ。あるのは霊からの懇願されたという話だけ。


 どうしようかと迷っている俺達の前方に黒塗りのワゴン車が停まった。息を殺しながらその様子を見つめる。


 一人、また一人黒いスーツ姿のいかつい顔をした男が降りてくる。

 もう一人。しかしいままで降りた二人と違い目隠しをされてクチにはモノを詰め込まれて話せないようにしてるみたいだ。

「村上……ちゃんと撮ってるか?」

「こういうのは任せろって言っただろ?」

「ふん……さすがだな」


 降りてきたのは計五人。そのうちの二人は目隠しされていた。

 とりあえず今日は収穫あったな。署に戻って報告と今後について確認を取らなければいけない。相棒に戻る事を伝えようとした時、相棒の眼の色が変わった。


「ど、どうした!?」

「最後に降りたアイツ!! 〇〇組の幹部だ!! 間違いない!!」

「なに!?」


 この〇〇組の幹部と言われる男は、別件で別班が追いかけているのだが、なかなか尻尾をつかまえることができずに苦戦していると聞いていた。

「こんなところで会えるとはな……」


 その男の写真を撮りまくっていると、また別の車が現れて工場跡に停まった。降りてきた人物。


「そ、そんな……まさか!?」

「か、課長……」

 自分たちの直属の部署の上司。今朝も話をして来たばかりの課長その人だった。 


「どうする村上」

「どうするって……とりあえず写真は撮っておいて損はないだろ」

「今日ここに来ること言ったか?」

「いや、大体この捜査してること自体言ってない」

「という事は……」

「何らかの関係が有るってことだろ」


 俺は頭を抱えた。まさかこんな展開になるなんて思ってなかったから。俺はあの家族に安心を与えてあげたかっただけなのに。それも自己満足でしかないのだけど。


「慎吾いったん引くぞ。このまま見つかるとまずいことになるかもしれん」

「そうだな……それに関係を洗いなおしてみなきゃならん」


 気付かれないように静かに車を動かしていく。なるべく急いで署に戻って調べなきゃならないし、他の署員が何か知ってるかもしれないから話を着てみないといけない。


――今日は帰れそうにないな……。


 ため息を一つついた。

「なんだ? ああ、わかったぞ!! あの女医さんに会えなくて寂しんだろ?」

「違うわ!!」

「俺と慎吾の仲で隠し事は通用しねぇぞ?」

「うっせぇ!! 前見て運転しやがれ!! ニヤついてんじゃねぇ!!」

 村上の笑い声と共に街の中を疾走する車の中から流れていく風景を見つめていた。


 署についても俺はどうしたもんかと考えていた。

 部長の事を聞くにしても、この中でオープンに聞いて回るわけにはいかない。もしかしたらまだまだ繋がりある人物がいないとも限らないからだ。

「さて……どうしたもんかな……」


 ブブブブ ブブブブ

 胸の中でケータイが揺れている。


 [自宅]と表示はそう出ている。と、いう事は真司か。


「もしもし? どうした?」

「あ、お仕事中ですよね? ごめんなさい。ゆいです」

「へ!? あれ? どうして」

「土曜なので午後は休診なんです。それで……お邪魔してみたらシンジ君が中に入れてくれまして。その……藤堂さんに連絡してくれと頼まれまして」


 聞こえてくるはずのない声が聞こえてきたので、一瞬幻聴がしてるのかと思った。聞こえてきたのは嬉しいんだけど、どこか気恥ずかしさも感じる。


――いい大人が何考えてるんだか……。これだけの事に浮かれてる自分が情けない。


「そ、それで、真司は何と?」

「あ、はいそうですね。それが……幽霊サンが来て肝臓がどうとか腎臓がどうとか言ってると……。何のことでしょうか? でもそう伝えてくれって言ってます」


――肝臓や腎臓だと? まさかな……。ソニに課長も?


「ありがとうございます。それでその……今日は帰れないと真司に伝えて頂けますか?」

「あら……では真司君今日は一人でお留守番を?」

「ええ、そうなりますね。いつもの事なので慣れてるとは思いますけど」

「じゃぁこのまま私がお預かりしてもよろしいですか?」


 思わぬ提案にビックリした。まさかこんな展開になるとは思ってなかった。後で真司に感謝しなくちゃいけないかもしれないな。でも、その前にこちらでもやらなくちゃいけないことが増えた。


「そ、それではお願いしてもよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ。伊織も喜ぶでしょうし」


 電話越しにではあったけど、向こうの彼女が微笑んでくれてるような気がした。

 電話を切った俺は即行動に移る。

 まずは情報を集める事。関係者の聞き込みと、それと課長の内偵を極秘に行う事。これは信頼している者でないと頼めない重要な任務。


――アイツしかいないか。


 俺は手にしたままのケータイでその番号を探し始めた。

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