「藤堂さん」
「はい」
「全治1か月ですね」
「はい!?」
レントゲンの結果を見ながら
「どうしますか?」
「と、いいますと?」
「ええ、骨折の場合固定するためにギプスをするのが通常ですが、藤堂さんは刑事さんのようなので、なるべく動ける方がいいのかと思いまして」
感心した。この
「ご配慮ありがとうございます。何か方法はありますか?」
「そうですねぇ……。その折れてる部分的に固めるぐらいしかできないと思いますが……あとは長い時間移動するときの補助に松葉杖を使うくらいでしょうか」
「立ったりはできるんですよね? 」
「できるとは思いますけど痛いですよ?」
「息子に
――何だろう。そう言った途端に
「えと、失礼ですが……藤堂さんはお一人でお子様を育てていらっしゃるんですか?」
「え? ええ、そうですネ。たまに両親に見てもらってますがね」
「ああ、そうですか。ではウチと一緒ですねぇ」
ニコッと笑顔をみせた。
――あれ? この顔どこかで見たような……。
俺と話しながらも
「そういえば、ここに来る前に老夫婦に連れられたウチの息子くらいの
「へぇ~、この近所でですか?」
「いえ、少し離れたところでしたね。確かその
突然ビクッと身震いした
「その
「確か……いおりちゃん……とか言ってましたね」
今度は顔を手で覆いながら恥ずかしそうに下をむく。なんだか表情の表現が忙しい人だ。
「……す」
「は?」
「……です」
「はい?」
「むすめですぅ……。たぶん私の娘だと思いますうぅぅ」
「え? えぇぇぇぇ!!?」
なんといって言いにかわからなかった。
ふと、頭に疑問が生まれた。
――あの
「あの……藤堂さん。あの
「それは……どういう意味ですか?」
「え~っと……う~ん……まぁいいかぁ」
――なんか1人で悩んで1人で納得しちゃったけど、面白いなこの
「幽霊が見える……とか?」
ぼそっとこぼしたような声がしたが、俺はしっかりと聞こえた。
「え!?」
「え!!?」
「今……なんて? もう一度お願いします」
「あ、あの、ここではなんですのでもう少し待ってていただけますか? 休憩時間にお話します」
「わかりました。ではしばらくは待合室で待ってましょう」
そういうとその後の会話は無く、脚の治療に専念してもらった。そして一通り終わると挨拶だけして診察室を後にした。
会計を済ませる時間になっても、相棒である村上は姿を現さず固まってる足をどうにか動かしながらそれを済ませた。それからしばらく待っている。
――何だろう……なんか……意識が……。
誰にも邪魔にならないように一番奥の目立たない場所に一人で座っていたら、そのまま眠っていいたらしい。
「藤堂さん。お待たせしました」
「ふおぇ?」
隣で座っている白衣姿の女性。待っていた柏木医師だ。
「お疲れのようですね。 少し休まれてはいかがですか?」
「す、すいません。お見苦しい所を……」
あわてて顔を腕で拭う。万が一よだれが流れていたりしたら失礼だし、何より俺が恥ずかしい。
「いえいえ。刑事さんも大変なお仕事でしょうし、お疲れなのはわかります。それに今は足をケガしていらっしゃる。気をつけないといけませんよ」
指を立てては何か子供に言い聞かせるように言われてる俺って、どうなんだろう。
――でも、なんか嫌じゃないんだよなぁ……。
ようやく回るようになった頭を回転させて言葉をクチにした。
「それで、柏木医師。お話というのは?」
「ああ! 失礼しました。 つい娘に言うみたいな感じになってしまいました」
――ああ、やっぱり。
「それで、お話というのは……もしかして藤堂さんはウチの娘に何か言われて捜査をしているのかと思いまして」
「ああ、まぁそうなんですが、そういう事だけではないんですよ」
へ? って感じな顔でこちらを振り向く。
――この
なぜかこの時俺は思ってしまった。
「うちの息子も同じような事を言うんですよ。幽霊が話しかけてきたって」
彼女は驚いていた。もともと大きめな感じのする瞳が見開かれている。
「親バカだとも思われるでしょうけど、俺はそれを信じてる。息子を信じてるんです。そしてそれを捜査しようとしていたら、偶然に柏木医師の娘さんと出会ってしまった、その話を肯定するような話だったんですよ」
隣に座る藤堂さんは、まっすぐな眼をしたまま私の方を向いて少し微笑んでいた。
この時の私は、初めてお会いする
「あ、あの藤堂さん。お怪我の事もありますし、子供の事を助けて頂いたお礼にウチにきてみませんか?」
「いえ、このけがはお嬢さんの責任だというわけではありませんからお気になさらずに」
「いえ残念ながらすでに私は、藤堂さんの息子さんに興味を持ってしまいました。ぜひぜひお越しください」
これが住所と電話番号ですってて渡されてまた先生は診察室の方へ戻ろうとしている。
「せ、先生! いつの事ですかこれ!!」
「ああ、今日ですよ? よろしくお願いします藤堂さん」
最後にペコっとお辞儀だけして走って行ってしまった。
――これってナンパじゃないよね?
心の中で
数時間後とある街のとある一室の前。
ピンポーン……。
ガチャ
「いらっしゃい」
「すいません。来てしまいました」
ドアが開かれた時、目の前に立っていたのは小さい女の子だった。その後にメガネをかけた女性が立っていた。さすがにあって間もない女性宅に行くことに戸惑い、自分から言っていい物か悩んだ挙句、そういえば移動手段が無いと結論付けてお断りの連絡をすると、意外にも彼女の方から来ると言われた。少しの間押し問答が電話越しに行われたが、結局俺たちの住むアパートまで来ていただくことで決着した。
――決して美人に弱いわけではないぞ!! 多分……。
そして今に至る。
「い、いえ、どうぞ。散らかっててすいません」
「いえいえ、お構いなく」
何度かそのような会話が玄関先で繰り返された。
「父さん、早く入ってもらいなよ」
「え!? あ、そうだな、うん。し、失礼しました。どうぞ」
息子に突っ込まれて我に返り、足を引きずりながら部屋の中に招き入れた。
「あの、藤堂さん。座っていてくださって大丈夫ですよ。押しかけてきてしまったのは私の方なんですから」
「すいません。まだ越してきて荷物もそのままってとこもありますが、どうぞ。伊織ちゃんだっけ、こいつは真司って言うんだ。仲良くしてやってね」
「……」
昼間会った時とは違い、娘の方は無反応だった。
「す、すいません。そんなに人見知りする子じゃないんですけど」
「ああ、気にしなくていいですよ、お昼はちゃんとお話ししましたから」
おもむろに持っていた大きい袋から「お土産です」と言って、結構な個数のタッパ~に入ったおかずなどを渡してくれた。
「柏木さん、これは?」
「あ、あの、藤堂さんの足がその状態では大変だと思いまして、差し出がましいかとは思いましたが、作ってきました」
「え、良いんですか? ありがとうございます。助かります」
俺と柏木さんが話をしてる間に、いつの間にか隣の部屋にいた子供同士は仲良くなっているようだ。
「あの、柏木先生、昼間の話なんですが……そのアレが見えるって言う」
「は、はい!!」
俺の視線を追って隣の部屋の子供たちを見ていた彼女の体がビクッと震えた。
「す、すいません。その……あの子がこんなに早くなつく子がいるなんて初めてだったものですから」
「ああ、真司ですか。あの子も不思議で、人を引き付ける何かを持ってるような気がするんです」
「何があったとしても子供を見てると和みますしね」
「そうですネ」
そのまま少しの間、二人の子供を見ながらのゆったりとした時間が部屋の中を流れていった。
「あの……この間の話ですけど、藤堂さんはどう思っておいでですか?」
「そうですねぇ……」
そのまま視線は子供たちを見つめたまま。
「俺は自分の思いを変えるつもりはありません。そして……いおりちゃんも同じ力があるというのであれば、俺はそれも信じますよ。ただ自分が信頼している奴にしかこのことは話をしません」
「そうですか…」
改めて隣を振り向くと、柏木さんは嬉しそうな顔をしながら真司を見ていた。
「その……嬉しいです。初めての方にこんな事を話したのもそうなのですが、伊織の事まで信じて頂けているとは思いませんでしたから。それにシンジ君」
「真司がなにか?」
「あんなに伊織が素直に
確かに隣の部屋ではきゃいきゃいと子供たちが仲良く遊んでいた。
「嬉しいです」
「え?」
「シンジ君を伊織に会わせてくれたこと。あなたに……会えたこと」
「ッ!!」
ドックン!!
自分の胸の奥で何かが震えた感じがした。
そう言いながらこちらを振り向いた彼女は、とても……キレイだった。
「あ、ありがとうございます」
今はいない妻の姿がダブって見えた。
その昔、同じことを言われたことを思い出す。
「藤堂さん。その……聞いてもいいですか?」
「ええ……どうぞ。妻の事……ですよね?」
「……すいません」
今座っている場所から妻の遺影が見える。
引っ越しのをする時、まず一番初めに妻のいる場所を決めていた。部屋が見渡せる位置。
「ご病気でですか?」
「そうです……。発見が遅すぎたみたいで。俺は何もしてあげられませんでした」
「そうでしたか」
しんみりとした空気が漂う。
今日はこんな空気にするつもりはなかった。
「ゴハンにしませんか? 子供たちもお腹が空いたんじゃないかしら」
「そ、そうですね」
慌てて立とうとしたがバランスを崩して思うようにいかない。忘れていたけど、そういえば骨折していたことを思い出す。
「大丈夫ですよ。私がやりますから」
「も、申し訳ありません」
奥でいおりちゃんと遊んでいたはずの真司がトコトコと歩き寄ってきた。手には白いモノを持っている。
「こ、これ」
「え? あ、ありがとうシンジ君」
「そ、それは……」
真司が手渡したもの、彼女が受け取った物。
妻の白いエプロン。
何年もつける事のなかったものが、いつも使われているかのように真っ白だった。
「真司これ……」
「洗ってた。いつか誰がが使えるようにって」
その言葉に俺は泣きそうになってしまった。
まさか息子は先の事を考えているなんて思ってなかった。そしてまだ忘れられないでいるのが自分だけじゃないと分かったから。
「あ、あの……」
「どうぞ。使ってください」
「……わかりました。では使わせていただきます」
それからしばらくの間。自分たちの住んでるはずの空間に、見慣れない光景が続く。
家で女性がキッチンに立っている。隣の部屋では子供たちがきゃいきゃいと遊んでいる。ここ数年は無かった光景だ。何だろう……。今目の前で起きていることは初めての事なのにしっくりいっている感じがする。
準備が整ったテーブルには結構な量の料理が並んでいた。 柏木医師がここに来る前に仕入れてくれていたみたいだ。もちろんその場で作られた手作り品もある。
美味そうに食べる真司を見るのは久しぶりだ。いおりちゃんにご飯を与える柏木医師はお母さんの顔を見せていた。
――幸せだ……。
俺はこの時、心の中でそう思ってしまった。