行きつけのファーストフード店――。
「えと、改めて初めまして。私は
二人そろってペコっと頭を下げる。
「は、初めまして菜伊籐華夜です。突然変なお願いしてごめんなさいです」
黒い長い髪を後ろで束ね、少し大きいレンズの黒縁フレームのメガネをかけた少女が目の前の飲み物を飲みながら、少し早口で自己紹介した。
見た目は完全に文学少女だ。
「初めまして。 俺は藤堂真司。で、隣にいるのが
挨拶した俺と同時に伊織がペコっと頭を下げた。
――下げる前になんかじぃ~っと伊織から視線を感じたけど、なんだろう? 顔に何か付いてんのかな?
「あたしは日比野カレン。カレンでいいわよ。よろしくね」
「私は市川理央と言います。よろしくお願いします」
次いでカレンと理央も握手をしながら挨拶を交わす。今日来たメンバーは、響子が学校関係の用事で来れないというので、この四人だ。しかし三和繋がりの響子が来れないというのが、関係性的に成り立つのか疑問ではあるけど仕方ない。
「えぇと、相馬さんは俺と同じ学校だけど、菜伊籐さんはどこなのかな? あ、言いたくないときは全然いいから」
あせあせしながら手を振って大丈夫だよ! とアピールする。なんかカレンに[じとぉ~]って目で見られてるから。
「いえ、大丈夫です。と、いうのもこの相談というのも、その学校であった事なんです」
「と、いうのは?」
みんなの視線が一斉に菜伊籐に集まる。感じ取った菜伊籐が顔を少し下げて、恥ずかしそうにしながら話を続けてきた。
「私は、
俺には残念ながらそんな心当たりがないので、辺りを見回してみる。みんなはウンウンというように首を縦に振っていた。なんとなくそんなとこで疎外感を感じてしまう。
もともと口下手だった俺は最近ようやく話をするクラスメイトができた。今はもう五月の終わりに差し掛かろうとしてるのにである。
「で、比較的仲良くなったクラスの子とその友達の数人で放課後の教室で、[神様を呼んでみよう!!※1]って話になって、ノートに書いて窓のカーテン閉めてやり始めたんです」
—―何となく話は分かってきたぞ。俺はこういうのには興味ないけどね。
「初めは何も起きなくて、友達が動かしたりしてワイワイしてたんですけど……」
みんなの行動が一時停止した。飲み物を飲もうとしてたカレンはグラスを掴んだまま動かなくなり、理央はストローで吸い込むのをやめた。伊織は別段変わった様子は見られず、ティーカップをクチへと運んでいる。
「そうしたら突然!! 変わったんです!!」
眼に涙を浮かべて今にも泣きそうな顔をしながら菜伊籐さんは下を向いてしまった。
「だ、大丈夫? 無理しなくていいよ?」
「だ……大丈夫。ご、ごめんなさい」
隣で相馬がなだめている。
「うん。無理はしなくていいよ。俺達はそんなの気にしないからさ。気分が悪いならまた次の機会を作ればいいだけだし」
これ以上は無理をさせたくないと思い、この場はお開きにしようと立ち上がった時、菜伊籐からストップがかかった。俺を含めた数人が席を立ったけど、元いた場所へ戻って腰を下ろした。
「だ、大丈夫です。は、話せます。それに……早く
「ごめんなさいね、でも無理はしないでね」
「は、はい」
まだ下を向いたままの菜伊籐さんを気遣う理央。
しかし、俺はこの時の会話が少し頭の片隅に残った。
「えと、変わったんです。そのコインを手にしてうちの一人が、声が変わったり態度も話し方も変わっちゃって……もう別人みたいに……。それで、あれからけっこう経ってるんですけど、まだその状態が続いてるみたいなんです。時々その……別人みたいになっちゃうみたいで」
「で、どうしたらいいのか分からずに、俺達に相談に乗って欲しいと」
「は、はい。その通りです。どうしていいか……わかんなくて」
話を聞く限り、この子の言ってることに嘘はないだろう。ほんとにその友達の事が心配なんだと思う。
「その人に会えますか?」
それまでずっと黙ったままだった伊織がようやく口を開いた。
「あ、会えるとは思うけど。とにかく連絡してみます」
菜伊籐さんの体調と、心の事を考えて、この日はここで二人とは別れることにした。後で連絡を貰えるようにメールアドレスなどを交換しておく。
ほどなくして相馬に肩を抱かれるようにしながら菜伊籐さんと二人は店を後にした。
「どう思う? 伊織」
伊織の方を振り向いた。
「そうねぇ……。 会ってみないことには分かんないけど、少なくても菜伊籐さんには
「だよなぁ……」
二人でため息をついた。
「ねぇねぇ、なんで二人でその話が出来るの?」
「そうですねぇ。まるで伊織ちゃんにも
伊織と二人で顔を見合わせる。
「「あぁぁ!!」」
この時二人は同じ事を考えていた。
――やっちゃった……。
「えぇ~っと……」
じぃ~~っと見つめてくる二人。
冷や汗が背中を流れていく。
「どういうことですか?」
理央に詰め寄られてきた。伊織に目線で合図を送ると、伊織も俺の感情を読み取ってくれたみたいで、コクンとうなずいてくれた。
「その……。実はこの前の帰りに、ちょっと伊織と話したんだ」
「「それで?」」
ふたりともハモッた。
伊織が俺の方を見てまた一つうなずく。
「実は、お
「伊織ちゃんが?」
「はい。あの……実は私にも視えるんです……
「えぇ~!!」
驚いたのは理央だけだった。
「ふ~ん……やっぱりそうなんだぁ……」
カレンは何かを確信したみたいな顔で、手元のグラスの中をストローでぐるぐるとかき回していた。
「カレン?」
「えぇとね、何となく、ホントになんとなんだけど、そうじゃないかなぁって……あたしは思ってたんだ」
「「ええ!?」」
カレンの発言に二人そろって驚く。
これにはさすがに俺と伊織がビックリした。伊織にしてみれば、ここまで俺達には誰にも話してなかったし、俺にさえそんな行動もとっていないはず。だからカレンにそう思われているとは思ってもいなかっただろう。
俺にしてみれば、俺でさえここまで一緒に暮らしてきた
「どうして気付いたの?」
理央がカレンに聞いた。
――うん。俺もそれ気になる。
「ええとね、理央にはあまり話してなかったかもだけど、あたしがシンジ君と初めて会ってから少しの間ふわふわ浮いてたじゃない? あの時に伊織ちゃんからの視線ががシンジ君を通り過ぎてあたしに来てるなって感じてたんだ」
「そうなのか伊織!?」
「ふえぇ!? あ……う、うん」
「それからこの前もそうだったけど、
「……」
「……」
「何よ? みんなで黙り込んで」
カレンがそこまで考えていたなんで全然思っていなかった。たぶんここにいる二人も同じようなもんだろうな。言葉が出てこないとこ見ると。
「いや、お前って、時々ポンコツお嬢じゃなくなるんだなぁって思って……」
「ポンコツお嬢って何よ!! て言うかアンタどんだけあたしの事バカだと思ってんのよ!!」
「あ、いやその……ごめん」
フンっ!! と言って鼻を鳴らしプイっと顔を奥の方へと向けてしまった。
「それで? これからどうすんの?」
「ハ、ハイ。まずはその被害にあってる方にお会いして、どんな
「そうだな……。視てみないことには対策のしようもないしな」
そんな話をしていたらカレンがクスリと笑った。
「なんだ、結局助けようとしてるじゃない。あんたってやっぱり……そういうやつだよね」
何だろう。褒められてんのかあきれられてんのかわかんないな。まぁカレンの事だから悪い意味では言わないんだろうけど。
「じゃぁ連絡来たらあたしにもちょうだいね。これから事務所に行かなきゃだからおさきにぃ!!」
慌てるように店から駆け出していくカレン。残った3人で今後の事を話し合う。
「でもさ……真司君てカレンから信頼されてるんだね」
「え? そんなことないと思うけど」
「ん~ん! そんにゃ事にゃいひょ!」
珍しく物をクチにふくんだまま話をする理央。あまりなかったことと、普段がおとなしい系なので伊織もその姿にビックリしているみたいだ。
「ご、ごめんなさい! えと、そんなことないよ。カレンてあぁ見えてとっても疑り深いんだから」
「そうかなぁ……?」
「確かにカレンさんはお
「アイツにそんな感情は無いと思うぞ。ただ面白そうって思ってるだけじゃないかな?」
そんな軽口を言いながらしばらくの間その場で俺達は笑いあった。
お義兄ちゃんがお会計をしてる間に二人で先にお店から出る—―
「私も頑張んなきゃ!!」
むんっ!! と気合を入れる。
「あらぁ、伊織ちゃんがんばってねぇ。カレンは結構手ごわいわよ?」
「ふぁ!? り、理央さん。なんのお話ですか?」
「あらあらぁ? まぁいいんじゃない?」
そう言ってくすくすと笑う理央さん。そのまま駅の改札へと歩いて行ってしまった。
—―なんか私の気持ちが見透かされてるみたいです……。
「良し!!」
それからもう一度気合を入れなおした。
「どうした伊織?」
「ひゃ!!」
一人、天に向かって気合を入れているとお会計を済ませたお義兄ちゃんが財布をしまいながらお店から出て来た。
「こんなとこで気合なんか入れて」
「ん、何でもないよ!! さ、帰ろうお義兄ちゃん」
「お?、おう」
—―危なかったぁ!!
心の中で思いながら駅まで並んで歩いて行った。