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第16話 康介と名乗るモノ



『あんた康介じゃないじゃない!! 誰なの!!』


 ふわふわ浮いたまま大声で叫ぶカレン。

 壁と弟にぶつかった拍子に気絶して霊体になったらしい。まぁ、そういう事がおこっても不思議じゃないけどね、元々が生き霊さんだったわけだし。叫んでる声も、たぶん俺と康介にしか聞こえてないんだろうなぁ。

 しかし今はそれどころではない。


 どういう事だ?。「あんた誰よ」ってカレンが言うって事は、この康介は本当の康介じゃないってことなのか?

「どういうことだカレン。アイツは康介じゃないって」

『どういうって、こっちが知りたいわよ! この人は私の知ってる康介じゃないわ。顔が全然違うもん!!』


 雷に打たれたみたいに体の中を何かが走り抜けていった感じ。俺は康介はカレンの知り合い、同級生だと聞いて疑わず、さらにカレンも知り合いだとばかり思って確認してはいなかった。そう本人なのかどうかだ。


「お、お前誰だよ!! 俺をだましてたのか?」

『う~ん、シンジ君。だますつもりはなかったんですけどね。まぁ結果的にはそういう事になっちゃうかなぁ』

 目の前の人物は本当にすまなそうな顔を俺に向けてきた。


『で? 本当は誰なのあんた?』

『僕の名前は……と、時間がないようなのでこちらの用事を済ましてしまうかな。カレンさん、あなたは向こう側へ行くつもりはありますか?』

『な、無いわよ!!』

『そうですか……おっとこの辺りが限界のようですね。ではまたお会いしましょう』

 そういいながら康介はスッと消えていった。

「お、お義兄ちゃん大丈夫?」

 隣で立ち上がろうとしていたはずの伊織が、俺の体(特に顔)を心配そうに見回している。

「だ、大丈夫だ。俺よりもカレンと弟君の方を見てやってくれ」

「うん、わかった」

 ようやく力の戻り始めた体をゆっくりと持ち上げる。うん。どこもケガしてるところは無いみたいだ。

 大きく深呼吸して心を落ち着かせた。


 そうしてる間にようやくカレン(本体)も気が付いたみたいだ。見る限りケガらしいものは無いみたいだけど、力の抜けて重そうな体を両腕をついて持ち上げようとしている。

 少し前まで幽霊になってたんだけど、体力的には大丈夫なんだろうか少し心配になる。


「シンジ君、気になることがあるんだけど……」

 まだせき込むようにして声を出して聞いてきたカレン。俺も今の会話の中で思ったことがある。

「康介は誰かに操られてるって事?」

「いや、俺の考えが合っているなら、康介はもう幽霊としても存在していないんじゃないかと思う」

「どういう事?」

「アイツが康介のふりをして、カレンを向こう側へ連れていきたがってるのは、幽霊としてもこちらの世界に康介が居られなくなったからじゃないかな」

「それってどういう意味よ? わかりやすく言ってよ!!」

――十分わかりやすいと思うんだけどなぁ。こういう時はホントにポンコツなんだよな。


「簡単にいえば、康介はもういない。アイツは別人……かな?」

「ああ……なるほど……ね」

 ただ、疑問は残る。どうしてアイツは康介のフリまでしてカレンを連れていきたがるのか。このまま何もしないでいれば、たぶんカレンは有無を言わさず連れられて行ってしまうだろう。先ほど、俺達が受けた衝撃の力を考えればアイツにとっては簡単な事だろう。

 フッと浮かんだ考え少し違和感を覚えたが、すぐに違う事を考え始めて忘れてしまった。

「そろそろ伊織を手伝わないとな……」

 まだ重く、思った通りに動かない体をゆっくりと起こして、先に起きてたカレンの弟君とともに後片付けをする伊織のもとへと歩いて行った。


 その日の夜、夜中にふと目を覚ました。

 のどが渇いてるのに気づいてキッチンへと歩いて行くと、テーブルに腰かけて下を向いている伊織に気付いた。こちらが近づいてることにも気づかないほど、何か深く考え込んでいるようだ。

 水を汲もうとしていたグラスをもう一つ取って水を入れて、伊織の方へと向かって歩き、目の前にグラスを置く。

 コトッ

 ビクッ

「ああ、ごめん驚いたか?」

「あ、お義兄ちゃん……」

「どうした? 眠れないのか?」

「うん……」

 返事をした伊織はまた下を向いてしまう。

 こういう時、かけてあげればいい言葉を俺は知らない。特に伊織には。この義妹は何でも小さい時からできてしまう、俺からすれば超エリートだ。そんな義妹に何も持たない俺が言ってやれることは無い。時は下を向いてきたこともあるだろうけど、その理由すら俺には理解できないのだから。

「お義兄ちゃん」

「どした?」

「お義兄ちゃん……は、いつからそんなに強いの?」

 おっと聞き間違えたかな?


「俺が……強い?」

「うん。小さい時からそう……。どんな相手にもどんな時も立ち向かっていける」

「う~ん……」

 俺は真剣に考える。はて、この伊織がいう強さって何だろうか? 小さい時からとは言うけど、俺は運動でも勉強でも全く目立ったためしはない。ケンカだってしたことは無い。まぁそれはするだけの友達がいなかったのが要因なんだけど。

「そんなこと考えたこともなかったな。今気づいたよ」

「え?」

 伊織が不思議そうにこちらに顔を向けた。俺は少し笑って。

「伊織がそう見えてたのは意外だったけど、俺は俺が思った通りに行動してるだけだよ」

「ッ!!」

 あれ? また伊織が下向いちゃった。少し顔が赤いけど熱でもあるのかな?

「お義兄ちゃんはやっぱりすごく強いしごにょごにょ……」

 今ごにょごにょって言ったぞ。初めて聞いた!! 意味わかんないけど。

「ありがとうお義兄ちゃん。私も強くなれるように頑張るから」

 おやすみって水をゴクゴク飲み干して、自分の部屋へと駆けていく伊織。


――ありがとうなんて言われる事してないんだけどなぁ。



『何か考えついた?』

「ん? ああ、ちょっと思い……うわぁぁぁ!!」

 いつの間にか隣にふわふわ浮いてるカレンがいた。

 カレンの家に襲撃――という風に言っていいのかわかんないけど――があってから1週間後、今俺は昼飯を食べるために一人で校舎の屋上に来ている。考え事をしたいという事もあって、誰もいない屋上へと昇ってきたわけだけど。


『なんでいつも驚くのよ!!』

「なんでって、俺はそういうのに慣れてないんだって言ってるだろ!! いや慣れたくもないし!!」

――危うく今日の昼飯を落としそうになったじゃねか!!

 心の中でマジ切れする俺、しかしふわふわカレンもあまり機嫌がよろしくないみたいで。


『なんで連絡してこないのよ!!』

「え?」

『普通、あんな事があったら心配とかして連絡位するでしょ?』

「いやぁ、俺がいても役立たないし、連絡してもさ。それにほら、俺って女の子と話すの苦手だし」

『はぁ~~、あなたってほんっっっと女の子の気持ちが分かってないのね』

 プリプリカレンさんのようで、まだちょっとブツブツ言ってますけど……やっぱ怖い。


『ま、あなたらしいって事にしといてあげる。それで? 考えってなに?』

 気を取り直したのかあきれた顔をしながらカレンが聞いてきた。

「あ、ああ、康介の事件をネットで調べてて見つけた写真があるんだけど」

『うん』

「事故直後の写真に写ってたんだが」

『そうなんだ。あなたってそういう状態の物でも見えるんだ』

「そりゃぁ、写ってればそのモノ達は見えるよ」

 変なとこに感心するんだなぁって思いつつ、カレンに続ける。

「カレン、分かる範囲でいいんだけど、その時の周りの人の様子とか聞いてもらえないかな? 俺は関係者でもないし、康介本人とは面識がないから難しいだろうからさ」

 ふわふわ浮いていたカレンの表情が少し曇るような気がした。何かを考えてるようで。

『わかったわ。あまりそういう事はしたくないのだけど、今回は自分自身がかかってるもんね』

「すまん、お願いできるか?」

 こくんとうなずいた後にふわふわカレンはスッと消えていった。

 後は自分でやれるだけの事をするだけだな。


 俺は手に持っていにパンを大きくかじりついた。





 そろそろ時間も余りないな。

 僕はとある塔の最上部に立っている。

――この状態でそう長くいることはできない。僕たちはこの世界にあまり手をだしてはいけない。だけど、これだけはどうしてもやっておきたいんだ。


 体を優しくいく風を伺いながら、僕はそこに立ち辺りを見回していた。そろそろ動かなければならないと。きらめく街灯りを眺めながら考えていた。僕が康介でいられるのもこの姿でいられるのもあとわずかなのだから――。







彼がそんな事を考えているとは知らないその頃の俺たちはというと――。


「ねぇ、そこのショウユ取ってくれない?」

「おお、ほらよ」

「お義兄ちゃんお水取ってもらえますか」

「はい。重いから気をつけてな」

 のんびりな雰囲気を醸し出しながらウチの近くにあるファミレスに5人で集まっていた。

 何かここだけ華やいで見えるくらい豪華な顔ぶれに、さえない男が混ざっている事で、周りが何かヒソヒソ話している。

 まぁ、考えてる事は分かる。伊織・カレン・響子・理央の四人がそろってるだけで絵になるのに、そこに邪魔がいるんだからな。現にケータイをこちらに向けているヤツもいるし。

 ただ、カレンはいつもの女子高生仕様だから、お下げに赤いメガネ姿だけど。


「しかし、こんなにのんびりしてていいのかしら?」

 響子がのんびりした口調で話す。

「いいんじゃない? 今のところ工藤くんが来るって確証もないわけだし。あ、その彼ってまだ工藤くんって呼んでいいのかな?」

 理央も響子と同じくらいのんびり口調だけど、声質が少し低い。

「いいんじゃない? まだ本当の彼の名前を知らないんだから」

 どうでもいいみたいな口調なのがカレンだ。

 ちなみに伊織は俺の隣でオレンジジュースをおいしそうに飲んでいる。


 こうして人の多いところに集まる事で少しでも康介が現れにくい環境にいることが大事だ。

 こういう時間帯、学校帰りは響子・理央コンビが付き添って帰り、アイドルモードの時はメンバーがカレンと一緒に行動してくれていて、何かあれば連絡が回ることになっている。

 しかしその中心に俺がいるってのはどうも不思議に感じるなぁ。そういえば気付いたけど、最近俺の周りには女の子が集まってきた。これってリア充ってやつかな?


――俺の気持ちなんて知らないでいつの間にかガールズトーク? てヤツで盛り上がってるし。


「ところで、今日集まった理由って何なんだ?」

 トークの目標が伊織に集中してきたことで、困っていた義妹が眼で「助けてお兄ちゃん」って言ってるように見えたからを助け船を出すつもりで、俺のクチからようやく言葉が出た。

「あ、そういえば楽しくてつい忘れてたよ」

 てへって顔してカレンが反応した。


「その康介の話なんだけどね、シンジ君に頼まれてたコト聞いて来たんだよ」

「そうか。何かわかったのかな?」

「う~ん。わかったようなわかんないような……。今まで私たちが知ってる事とは変わりはないんだけど……」

「そうねぇ~、あまり変わった話はなかったみたいだけど」

 と響子。

「う~ん、そうねぇ。中学生になってから学校を休む事が多くなってたくらいかしら」

 と理央。

 なにか、ホントに何かがフッと頭に浮かんできた。そういう表現がぴったり合ってる。

 その浮かんだものと、先日見た写真が合わさった。

 ガタタッ

「あぁぁぁぁ!!そうか……そういう事か!!」


 突然立ち上がって大声を出した俺を、一緒にいたみんなも周りいたお客さんも一斉に注目した。

 慌てて席に座り直す。すっごい恥ずかしい。

 それから「えぇぇ~」って顔してる(特にカレンが)三人に康介について聞いてきた事を詳しく話してもらい、伊織を加えた四人に俺が考えついた事を聞いてもらった。

「そ、そんなことって」

「あくまでも今の段階での俺の考えだけどね」

 俺はそう言ったけど、内心では確信に思いがあったからだ。

 しかし、それが事実だとするならば、俺達が今の康介に出来ることはない。その事はみんなが理解した。俺を含めた五人はそれから黙り込んで飲み物をクチに運び込む事しかできなった。



 康介は待っていた。彼らがここに来ることは分かっている。

 昨日突然に彼から呼び出され、今日、この時間に来るようにと言付かった。

 彼らは自分に会う事を願いながらも恐れている。なのに自分たちから会いに来いという。

 本当に人間とはわからないものだ。

 イヤ、自分はもう忘れてしまっただけなのかあの遠い記憶を。

 そして思う。

 今日、この日が彼らに会う最後の日になるだろうと。



 俺たちは歩いていた。

 店を出て誰も話をしないままもう10分になる。行先はウチの近所にある公園だ。この時間帯なら、遊ぶ子供たちもいないだろう。

 住宅街にある本当に小さな公園。今日康介を呼び出しているから俺たちは向かっている。


 公園は静かだった。子供たちが遊び楽しそうな声を上がていただろう時間からはまだ間が無いだろうはずなのに、今はその面影すら感じられないくらいに。

「待たせたかな?」

 一人の少年と思われし幽霊が公園の中ほどに立っている。


 俺が足を止めると、後ろをついて来ていた四人も同じように止まった。

『いえいえ、時間などあってないようなものだから』

 そう言いながらこちらに少し歩み寄ってきた。

「もう、皆に姿を見せてもいいんじゃないか? できるんだろ?」

 康介が微笑んだ。

 ぶわっっと一陣の風が舞う。

 そこに姿を現したのは、黒に統一されたスーツを着た少年。

「あ、あなたが工藤くん?」

 響子が話しかける。

『まだ、その名前で読んで頂けるとは思いませんでしたね』

「あなたは誰なの?」

 と理央。

『う~ん、どう説明すればいいのか……』

「康介の名前まで使ってあたしを連れてきたいなんて、どういうつもり?」

 カレンが噛みつく。

 困った顔をしながらも微笑む少年。

「君は……君は死神なんだよな?」

「「「「え!?」」」」


 四人の視線が康介から俺に集まる。ちょっと恥ずかしい。

 そんな気持ちを悟られないように俺は話続ける。

「見たんだ、康介が事故に巻き込まれた直後の写真を。そこに[霊体になった康介と思われる人物]と[君]が写っていたんだよ」


『そうですか……。知られてしまったんですね。ならもう隠すこともありませんね。そう、僕は[死神の千夜せんや]というモノです』

 腰を折りながら深々とお辞儀する。


 俺は心の中で舌打ちした。やっぱりな。今まで会ってきたモノ達よりもはるかにチカラがあるとは思っていた。死神という言葉を俺はそのモノたちから聞いた事があった。こちらでさまようか向こうに行くかの選択をさせてくれるが、その際にある約束をする。破ったものには容赦はしないのだと。

 今その死神が目の前にいる。俺は悔しいけど一歩も動くことができなかった。



 その時伊織は。

 死神? 嘘でしょ? そんなのどうしたらいいの?

 お義兄ちゃんも動けないみたいだし。何より私の力があまり効いてない無いみたい。

 どうする私!!

 と、同じように動けないでいた。


『前も言いましたが、僕はあなた達に危害を加える気はありません。あれば今頃は皆さんこの世にはいないよ』


 たしかに千夜の言う通り。やるきになれば俺たちなど、初めの時点で消えていたはず。

 それに今……ヤツは[あなた達に]って言ったよな。まさかコイツ初めから……。


『カレンさんを連れてとは思いましたが、あなたは[嫌だ]と言いました』

「そ、そんなのあたりまえでしょ!! 生きてるんだもの!!」


 カレンの叫び声を聞いても千夜は微笑んでいた。


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