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第10話 新しいつながり



「カ、レン……」

「理央、負けないで!! あなたならできるわ!!」

 理央を助けたいというカレンの願いは、わずかだが闇に引きずられていく彼女の心に届いたようだ。

 だがまだ、まだまだ足りない。それは、彼女の理央の後ろから放たれている黒いモノの勢いが、わずかに衰えたに過ぎない。

 それほどまでにこの理央の心は閉ざされかけていくるのだ。

 手を伸ばして、理央に近づこうとするカレンを伊織と二人で押しとどめる。

「だ、ダメだカレン! まだ、彼女には戻ってない! 足りないんだ!!」

「で、でも!!」

 このままではまだ足りない。それは分かっているんだ。

 でも、俺も怖い、気を抜くと引きずられそうになる。


――くそっ!!


 壁際でうずくまり、震える家族。二人の前に歩み寄る。時間がない。ここで説得できなきゃたぶん彼女は戻らないだろう。

「あなた方、あなた方も何かあるでしょ? 言わなきゃいけないことが。彼女はそれを待ってる」

「私たちも?」

 震える声で響子は答える。

「あなた方は家族だ。なのに家族として、姉として母としてちゃんと向き合ってきたと言えますか?」

「そ、それは……」

「理央さんはいつも一人だと言っていた。それは家族といるときでさえも思っていたはずです。ならその原因を作ったのはあなたたちなんだ」

 我ながらかっこいいこと言ってるけど、内心すごいドキドキしてた。だってこの二人とすらまともに話してないのに、イキなりこんなこと言われてもピンとこないんじゃ? なんて思ったから。

 でもその想いは届いてくれたみたいだ。


「理央、理央ごめんなさい。私、ちゃんとお姉ちゃんじゃなかった。一緒にいたのに分かってあげられなかった。ほんとにごめんなさい。理央は大事な妹なの!! たった一人の大事な!! だから行かないで!!」

 姉の響子は理央のそばまで歩み寄り、涙を流しながら頭を下げた。

「ごめんなさい理央。あなたが悩んでるなんて思ってなかった。良いことは響子が、悪ことは理央がって勝手に決めつけてたのね。それに響子を褒めたらあなたも褒めている気になってたの。本当にごめんなさい」

 そして母もまた涙を流しながら頭を下げた。

「理央、すまない。父さんは時々しか帰れないことを言い訳にして、二人で一人だと決めつけていた。よく話も聞かずに。本当にすまない」

 これには振り向いてびっくりした。いつの間にかお父さんまでが部屋に来ていて、様子をうかがっていたみたいだ。

「あ、あたしも、ごめんなさい。忙しいとか理由にして会ったりする事少なくなってた。理央も響子も私には大事な大事な、幼馴染で大事な友達なの!!」

 そしてカレンも叫ぶ。


「わ、たしは――生きたい!! みんなと生きたい。友達と家族と!! だ――から――負けない!!」


 そして彼女は自分を取り戻した。自分に打ち勝つことができた今ならそのモノを追い出すことができるはず。

 俺は叫ぶ

「今だ理央さん!! と戦え!! 自分から追い出すんだ!! 今の君なら、生きる事に先を見た君ならできるはずだ!!」

「や、やって・みる!」

 それから彼女とそのモノの戦いが始まった。でも勝敗は見えてるんだ。負は正には勝てない。どうしたって意識していれば生きている者が、生きていないモノには負けないから。


 理央から小さい声が聞こえる「負けない!」「生きるんだ!」って


 そして数分後、暗から闇へと広がっていたモノは、理央の体に中に留まることを諦めたかのように勢いよく天井へと向かって渦を巻きながら登っていき、部屋に広がるように消え始めた。

 その瞬間、サッと身構える……よりも早く、伊織が俺の前に両手を広げて回り込んできた。

 そのモノから俺を守るように。

「い、伊織?」

「大丈夫! お義兄にいちゃんは守るから!!」

――え、あの、伊織ちゃんカッコイイんだけどさ、それ俺のセリフじゃないかな? それになんだかお兄ちゃん情けないような気がするんだけど……。


 そのあと少し警戒していたが、そのモノは部屋にも、もちろん人にも戻ってくる気配はなかった。


 ばたっ

「り、理央!!」

 その場に崩れるように倒れ込んむ。

 周りを、そして理央を警戒しながらも理央を介抱するため、みんな一斉に動き出した。

 始めに動いていたカレンがそのまま理央を抱きしめている。

 絵になるなぁって内心思ったけど、クチには出せない。

 そしてその二人を包み込むように響子も抱きしめる。


「か、かれん」

「理央!? 大丈夫?! 痛いとこない?!」

 クスクスと小さく笑う理央

「大丈夫……変わらないねかれんは……ありがとう」

「ううん、ううん、良かった。ほんとに良かったよおぉぉぉぉぉ」

 ワンワンと泣き始めるカレンと家族の人たち。そして釣られるようにように涙を流す伊織。

 良かった。間に合って本当に良かった。


 ここでの戦いは終わった。


 でも全てが終わったわけじゃない。

 あの時、あの渦巻く闇とともに上るヤツ。あの時ヤツは、こちら見て笑ってたんだ。ヤツをどうにかしないとまた別の犠牲者が出てしまうだろう。


 考えていた俺の顔をのぞき込んでくる伊織に気付く。

 心配しているんだろうなって思って、伊織の頭をポンポンなでなでしてやった。うん、考えるのはやめよう。今は、目の前に広がる感動的な場面をじっくりと味わいたいと思った。




 なめらかな肌触りと、心地よい温度。

 そして眠くなる催眠術。


「この時の作者の頼庵は――どのような考えで――」

 月曜日、午後イチの現国の授業中である。


 あまり活発ではない俺も、成長期真っ只中の高校生男子である。今日はお昼を結構な量を食べていた。すると襲ってくるのは睡魔という厄介なヤツ。ホントにこいつには勝てないんだよねぇ。のほほんと机に顔を伏せて寝ようとしていた。


『寝るの?』


 目の前にひょっこっと目の上の部分だけが出てきた。

「ぐっ!……」

 目にした瞬間叫びそうになったクチを慌てて両手で押さえる。

「ねぇ~る~の~?」


――このパターンホントやめて欲しい!! ホント心臓に悪いから!!

 いくらカワイイ幽霊? いや生き霊ちゃんでも、いきなりはビックリするんです。それが顔見知りのカレンでもね。


「ま、またお前か」

 周りのクラスメイトも眠気と戦っているらしく、俺の異変に気付いてこちらを気にするヤツはいなかった。

『ま! またって何よ!』

「あぁ~冷めたわぁ~。返せ俺の眠気!」

『はぁ……あなたって……別人ね』

「何言ってるんだ? 俺は俺だよ」

 あきれた顔しながら、さらにギャイギャイと文句を言うカレンと、それに応戦することでその授業は時間が早く過ぎた。そこはちょっと感謝しようかな。

 放課後の再会と、時間と場所を決めたらカレンはさっさと消えていなくなった。しかしアイツ……自由自在な感じで使ってるけどすげぇなぁ。変なところに感心しちゃうけど。

 結局次の授業で寝ちゃう俺でした。


「こんなとこで……結構恥ずかしいもんだな」

 辺りにはまだまばらだが人が行きかっている。有名お嬢様学校がある最寄り駅。それにしても……女の子が多いなぁ……なんかチラチラ見られてる気もするし。改札の手前、少し広くなっている場所に掲示板がある。

 俺はそこに立ってカレンを待っていた。


「おまたせ!」

「ああ、いや! 大丈夫!」

 今日も三つ編みお下げに赤い眼鏡のカレン。そしてお嬢様学校の制服。こうみるとなんというか……地味子ちゃん?

「な、なんか文句ある?」

 視線に気づいたのかカレンに噛みつかれた。

「い!? な、なにも言ってないだろ!」

「絶対、頭に変なこと考えてたもん!」

「お前はエスパーか!!」

「クスクスクス」


ーーあれ? なんか後ろから?


「仲いいんだね」

 顔に手をあてて笑っているこの

「響子さ……ん?」

「こんにちは、藤堂くん」

「あ、はい、こんにちは」

 ビックリした。待ち合わせはカレンとしかしてないから一人で来ると思ってたし。

 カレンとちがった雰囲気の女の子って感じのする響子に少しドキドキする。だってあんまり慣れてないから。しかも仲がいいわけでもない。


「なにデレッっとてんのよ!」

「し、してないし!」

 更にカレンに噛みつかれる。

「やっぱり仲いいんだね。でもここでは目立っちゃうよ」

 ちょっと、響子さんクスクスニヤニヤするのやめてくれます? それからカレン…何で赤くなって下むいてんだよぉぉぉ!!

 心の叫びはもちろん聞こえない。


「まずはちゃんとお礼を言わせて欲しくて、今日はカレンに頼んで待ち合わせしてもらったの」

 そう言って響子は頭を下げる。


 駅から少し離れた公園の中、屋根のついた休憩所、向かい合うベンチに腰を落ち着けている。カレンが「日焼けしちゃう!」ってアイドルみたいなこと言うから、仕方なくここに座った。


「いや、ありがとうって言われても、俺は何もしてないし」

「そんなことないよ、藤堂クンがいなかったら、いまでも素直になれてなかったと思うし……理央ともわかりあえないままだったと思うから」

 だから、ありがとうって頭を再び下げる響子。

「ホントに俺ないもしてないから、俺よりもカレンに言ってあげてください」

「もちろんカレンにも感謝してる!!」

 キャーキャー抱きつきあう二人。

――うん、やっぱり女の子同士って絵になるね。


 響子の話によると、理央はあの後しばらくは眠り続けたみたいだけど、目覚めた時は元の理央のままで、家族そろって再び涙を流しながら喜んだらしい。

 理央はというと、そのモノに体に入られてからの記憶は少し抜けているところもあり、体調も良くない事からしばらくは学校を休んで、回復次第違う学校へ転校しようと話を進めているとの事。

 理央はカレンや響子とは違う学校に通っている。そう今度転校する先は二人と同じところになると二人は喜んでいる。

 それを聞いて安心する。再び同じところに通うのはあまりにリスキーだ。また狙われないとも限らないから。アイツはそういう弱っている人を待っているのだから。


「それで、どうするの? これから」

「うん……」

 少し空を見つめる。二人も同じく空を見上げた。

「もう一度、会いに行くよに」

「え!、でもそれは……」

 カレンが慌てる。

「うん、そうだね。俺もそうならないとも限らない。確かに危ないところだったし。でも……アイツだって俺と同じなんだ。ほんとは寂しくて、辛くて、話したいけど誰もいなくて」

「……」

二人からの返事は無い。


「だから、俺はアイツと話したいんだ。何ができるかは分からないけど、どうなるかもわかんないけど、俺はそうしたい」

「そうだね、出来るかもしれないんじゃ、やるしかないよね!」

 カレンが突然立ち上がって、腕をムンッ!! って感じに交差する。

「カレンが気合入れてどうすんだよ」

「あら? 何を言ってるの? もちろん私も理央も一緒に行くわよ」

 優し気な声で顔をかしげながら響子も続く。


――はぁ? またこのはわけわからん事いうなぁ。


「あら? 私たちもって、一緒にってなに言ってんスか?」

――響子さんまで何言ってんすか!! 言ってる事わかってます? っていうか、そもそもの話……。


「あの……響子さん?」

「はい?」

 柔らかいニコって笑顔。やっぱり少し小悪魔感を感じるなこの人。

「その、俺の事、気持ち悪い! とか……思わないんですか?」

 正直な質問をぶつける。今までは誰にも言わないできた秘密だ。けど、この娘には知られているだろう。カレンからも。それに先日の事もあるし。

「思わない……かな?」

 意外な答えが返ってきた。少し前のめりになる。

「ど、どうして!? だって霊が見えるとか、気持ち悪いでしょ? 何言ってんのこの人って!」

 カレンと響子は顔を見合わせて少し困った顔をして、クスクス笑い出した。

「どうしてって、それはたぶん……藤堂クンだったからだと思う」

「何? それってどういう意味なのかな?」

 困った顔をする響子。

「うん、今、確信したわ。私が変だとか気持ち悪いって思ってないのは、藤堂クンが藤堂クンだったからみたい」

 良くわかんないな。けど、嫌われていたりしてないってことは分かるんだけど。

「あなたは、そのままでいなさいってことよ。分かんないな分からないままでいいわよ」

 カレンが横を向きながらそう付け加える。そのままの[俺]ねぇ……どういうモノが俺なのか考え始めた。


「ところで今日はあのカワイイ女の子はいっしょじゃないの?」

 日が暮れて、そろそろ帰ろうかとしていた頃、ふと思いついたかのように響子が口にした。

「あぁそういえば、義妹いもうとちゃんは?」

 カレンがニヤッとした顔できいてきたから少しムッとした。

「いつも一緒なわけじゃない。知ってるだろ?」

「へぇ~、ほぉ~、そうですかぁ」

 またニヤッと笑うカレン。


――くっ! このっ!!


「あぁ、妹さんだったんだぁ」

 って今度は響子が笑う。

 なんで? おかしいかな?

「そ、シンジ君はシスコンだもんネ!」

 また[てへぺろ]しやがってこいつ!!変なこと言うなよ。知らない人が聞いて本気にされたら……。

「えぇ? 藤堂クンってシスコンなの?」

 あぁ~、遅かったらしい。


――あ、おいこら! カレン!! 逃げんな!!


「こらカレン! ちゃんと説明しろ!!」

「いぃ~やぁ~でぇ~すぅ~~!」

 逃げ回るカレン。

 べぇ~って顔しやがって、くそ!!その顔かわいいじゃねぇか!!

「そっかぁシスコンかぁ……どうしようかなぁ……」

――響子さん心の声がダダモレですけど、何考えてるんですかね?


 逃げ回るカレンと、それを追いかける俺、ベンチで考え込む響子。リア充みたいな光景に見えるけど、俺の中にはそんな考えは全くなかった。

 それどころか[シスコン]って定着すんのだけは勘弁してほしいとだけ思っていた。




その頃の藤堂家リビングでは――。

「くちゃん!!」

――さっきからくしゃみが止まらないなぁ。風邪かなぁ。

 などと雑誌を読みながらソファに腰掛けて考えていた。学校が終わって用事がなかった私はまっすぐに家に帰ってお母さんと共にリビングに居た。

「くちゃん!!」

「あんたソレ、誰かに噂されてんじゃない?」

 珍しく休みで家にいたお母さんが笑いながら覗き込んでからかってきた。

「男ね!!」

「ち、ちがうもん!! 風邪だもんきっと!!」

 心の中では「お義兄ちゃんかな?」って思ってしまった。でも一生懸命否定しながら、母と一緒に台所に立ち夕飯の支度を手伝うわたしが居た。


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