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第9話 友達の定義


 車に乗り込む義兄あにの後ろ姿を見ながらため息をついた。


「また、お義兄にいちゃんはカレンさんといっしょかぁ……」

 ホントなら兄の隣で微笑む役目は自分なのだと心の中で何度も思う。

 その思いが伝わることは今は無いだろう。

 なぜなら私は大事な秘密を隠している。それが義兄に知れてしまうことを恐れているから。せっかく仲良くなれて今はとても大事に思ってくれているだろうことは十分に私に伝わってくる。

 だから今は言えない。

 だけど、いつかは話をしなければと思う。

 そう、私にも義兄にいと同じが見えているという事を。


 私はお父さんを良く知らない。

 お母さんと同じ職業だったことは知ってるけど、それ以外はお母さんがあまり話をしてはくれないからだ。

 それに外見だって知らない。写真もない。

 小さい頃はお爺ちゃんと、お婆ちゃんと暮らしていたけど、お父さんの話が出ることもなかった。

 そしてそのモノがいることも当たり前だった。

 私も小さい時から見えてたんだ。お母さんもお爺ちゃんもお婆ちゃんも、そのモノは見えてないみたいだったから話せなかったけど、私にはそれが普通の事。


 ある時思い切ってお母さんに話したら、すごく悲しそうな顔をして涙を流してた。それが小さい私にも悲しくて泣いちゃった。

 それからはお母さんにもそのモノの事は話してない。

 私のことで泣いてほしくなかったから。


 それから少し大きくなった私に、突然変化が起きた。

 お母さんが大きな男の人と、私より少しだけ歳が上の男の子を家に連れてきたの。

 この時のことはあんまり覚えてないんだけど、大きな男の人に会ってビックリして泣いちゃったみたい(^-^;。

 その時、男の子が私の頭をポンポンなでなでしてくれたみたいで泣き止んだんだって。実はその時に撮られた写真が残ってて、今は私の大事な宝物としてずっと持ってるの。

 それからしばらくしてその二人が新しい家族になった。私にお義兄にいちゃんができたんだ。


「いおり~いくぞ~」

「まってよおにぃちゃぁ~ん」

 どこに行くのも一緒だった。私はお義兄ちゃんを追いかけ続けた。

 だからすぐに知ってしまった。お義兄ちゃんにも見えていること。お義兄ちゃんはそのモノたいがすごく嫌いだってことも。だけどなぜかお義兄ちゃんに寄って行っちゃう。

 すごい嫌な顔しながらお義兄ちゃんはそのモノ達のことを助けちゃうの!! すごいよね!!

 だけど、やっぱり怖いみたいで何度も逃げ出すとこも見ちゃった。

 だから私は思ったの。

「お義兄にいちゃん、今日から私が助けるからね!!」

「はぁ? 何言ってんの?」

 ってお義兄ちゃんに言い返されちゃったけど、私の決心は変わらないんだから!!


 なぜか私にもそのモノ達が見えるのに、私にはまったく近寄ってこないの。

 それどころか消えちゃったりすることもあって、これって使える!!てひらめいた。

 そう、私が近くにいればお義兄ちゃんにはそのモノたちから影響されないって。

 すごいでしょ!?

 だから、どこに行くときも一緒にいるんだって。

 ずっと、ずっと思ってたのに。


「シンジくーん、聞いてる?」

「ああ、カレン聞いてる、聞いてるからあんまり近づくな!!」


 お兄ちゃんの後ろに、ふわふわ憑いてきた女の人。

 かなりベッタリしてる。うぅぅ~!!

 心配だけど私がそばにいれば、すぐにでも離れていくと思ったから少しだけ様子を見てた。

 あれ? でもこの人……何か今までのモノ達とはちがうんだよなぁ。何がっては…言えないんだけど。お兄ちゃんもこの人に協力してるっぽいし。なんだろう?気になるなぁ……。


 突然アイドルになるための面接とかどうしちゃったのかと思ったけど、お兄ちゃんには何か考えがあるみたいだし私も少しだけ気になるし、1回だけならそういうのもありかも!!

 ってうわぁぁ、この男の人、こわぁぁい!!う、後ろに真っ黒いもの憑けてるぅぅ!!

 けど、うぅ頑張る!! お義兄ちゃんのためだし。

 それに、お義兄にいちゃんの後ろにいる女の人が怯えてるような感じが気になるんだよねぇ……

 お兄ちゃんがこの人を気にかけてるのと関係あるんだろうなぁ……。

 面接も無事終わったし、すこし楽しかったな。アイドルになるのもいいかも!! でも私にはお義兄ちゃんだけいればいいし。


 もう少し様子を見ようかなって思ってたら、あのお義兄ちゃんが一人で突っ込んで行っちゃった!!

 あんなに怖がりで、私と同じ見えてるはずなのに全然慣れなくて、ホントは心優しいお兄ちゃんがまさか一人でなんて。

 義父さんが動いてくれてるみたいだけど、間に合ってくれるかなぁ?

 私には待ってる事しかできないのがつらいなぁ。

 帰って着たら、無事に帰って着たらたっぷり甘えてあげるんだ!! 今日の事を忘れちゃうくらいに!!


 お義兄ちゃんは無事に戻ってきた……。その後ろにはもうあの女のひとはいてなくて、少し残念なのと、安心したのと複雑な感じ、なんでだろう? わかんないや。


 それからはいつも通りの日常に戻った。

 相変わらず、見えないモノたちにお義兄ちゃんは好かれてるみたいだけど、なるべく私が側にいるからか大事にはならずに済んでるみたい。


 桜が咲いてお義兄ちゃんは高校生になった。

 私は少し不安になる。だって学校が離れちゃうんだもん!! 一緒にいれる時間が少なくなっちゃう!!



 その不安は的中することになる。


 またあの女の人が現れたのだ。生身の人として。あの時はあちら側のモノだったから良く見てなかったけど、この人って……。

「お、お義兄ちゃぁんカレン、カレンがいるよぉぉぉぉぉ~!!」

「忘れてた……」

 って、えぇぇぇぇぇぇぇっ!!

 あの時は[幽霊]さんでふわふわだったけど、今日はちゃんと足で立ってる。しかもあの私の好きなアイドルで頭の中がパニックですぅぅ!!


 それに……。

 二人でお出かけって(運転手さんもいるけど)お義兄ちゃんどういう事なのぉぉぉぉぉぉ!!

 と、心の中で絶叫する伊織であった。しかし伊織の受難は続くとか続かないとかーー



ところ変わって現在。

「ほんとうに一緒に行くの?」

「はい、ご迷惑でしょうか?」

 う~んって感じでカレンが顔ををかたむける。それを見つめる伊織。

 それを少し遠めからみているんだけど、かなり目の保養になるというか、めちゃくちゃ絵になるというか。

 我が義妹の伊織だが、カレンというアイドルと並んでも見劣りしないかわいさである。

 少し兄として盛ってる感じもするが、そんな事どうでもいいんだ。だってかわいいんだもん二人とも。

「シンジ君! いいのかしら?」

 困ったカレンがとうとう俺に意見を求めてきた。っていうかカレンの目が「えぇ~?困るから何とかしてよぉ~」って感じになってる。

「うぅ~ん、伊織が大丈夫っていういなら……」

「ホントに? お義兄ちゃん、私もついていっていい? 迷惑かけないようにするから!」

――この、胸の前で手を組んでお願いポーズって弱いんだよねぇ


 今はその週の週末、再びカレンが迎えに来ていて家の前での会話中です。

 今日も伊織が一緒に行くというので、玄関の前に二人で待っていたのだが、カレンがなかなか納得しなくて首を縦に振らずにいた。


 今日の行先は市川家なのだが。

 カレンが嫌だと思う気持ちは分かる。少しおかしくなった友達の家に行くのだから、なるべくはそういう事は知られたくないのだろう。もしかしたら、前の事もあるし伊織の事を危険にさらせないと心配してくれているのかもしれない。実は根はやさしいからないい子だからなぁ。

 伊織も伊織で珍しい。俺の前ではなかなか自分を出さず、我がままをあまり言うことがなかった。その伊織がこんなに粘っている事なんて、今まで俺は見たことがない。

「まぁ、いいじゃないか。危ないところには出さないようにするし、もしもの時は俺が盾にでもなって守るからさ」

「あ、ありがとうお義兄ちゃん」

――わ、わかったから、ギュウッ! と抱きついてくるな義妹よ。


「ま、まぁ、シンジ君がいいなら私は何も言わないわ。でも伊織ちゃん、危ないことはしないでね?」

「はい、わかりました」

 ふうぅ~やっと話がまとまった。

「カレン、そ、そろそろ行こう」

「え、あ、そうね。じゃぁ二人とも乗ってちょうだい」

 運転してくれるのは今日もマネージャーの今田さん。俺は会うのは2回目だけど、伊織は「初めまして――」なんて挨拶を交わしている。

 ちょっとピリッとした空気が車の中に漂っているみたいだけどなんでだろ?。

 でも会話は何とか弾んでいるようだ。良かったさすがコミュ力の高い者同士だなぁって感心する。

 俺はその空気に触れないように外をながめる。これからまた訪れるであろう相手を、あのをどうすっかなぁって事に意識を傾けていた。


 何度来ても立派なもんだなぁって、見えてきた時から思っていた。

 伊織なんて「すごぉ~い」と「おっきいぃ」とかカレンときゃいきゃい騒いでいた。

 それも、門をくぐるまでしか続かなかったのだが……。


 明らかに雰囲気が違う。門をくぐったこちら側の空気が冷たい。

 それは見えないはずの二人も感じたみたいで、騒いでいたことなど感じさせないくらい顔をこわばらせ体は固まっているようだ。

「お、お義兄ちゃん。ここが、そうなの?」

「ああ、ここにその人たちがいる」

「なんだか、前回来た時よりも変な感じネ……」

 もうすでに俺の背中には冷や汗が流れ出し、お気に入りのТシャツがベッタリと身体に貼りついていた。


 前回来たときと違うのは、車を降りてすぐに[響子]さんと響子さん達のお母さんが出迎えてくれた。移動中の車の中で、カレンがお宅に向っている事、あとどの位の時間で着くかなど事前に連絡していた。それもあってか今日は玄関前でのお出迎えとなったようだ。

 前回お邪魔した後、お宅に伺った理由をカレンから聞いたという[響子]さんを除く家族の方は、娘に起きたことを目の当たりにしたお母さんでさえも、まだ半信半疑のままだという。


「こんな状態になっているなんて……」

 お母さんと姉の二人に案内されて家の中に入る。リビングまで通されるとそのソファーに一人の男性が腰を下ろしていた。姉妹二人のお父さん、お母さんの夫だと紹介された。

 俺と伊織の二人はもちろん初めてお会いするので挨拶をしっかりとしたのだが、お父さんは挨拶を返してくれるわけでもなく、頭に両手を乗せて俯いてしまっている。顔を上げようともしない。

「あ――あれは――う――ウチの娘なんかじゃない」

 それだけを何度も繰り返していた。


 嫌な空気が家の中を漂っているのがわかる。この1週間、[理央]さんは外出していないというのだからそれもうなずける。理央さんは外部の人間と接触することを避ける事で、自分の内側の暗く冷たいモノへと引きずり込まれつつあるのだ。俺も小さい頃に経験があるからわかる。このまま放置しておけば更にそのモノが広がって、家族の間にも影響してくるはず。


「ちっ!! 間に合ってくれるといいんだが!!」

 ホントは行きたくない。怖いし今にも引きずられそうだし。基本的に俺は弱い人間のままなのだ。どうしてこんなことしてるんだろうって思う。

 姉妹の部屋に向かう廊下を歩く間中も圧迫感は続いて、近づけば近づくほどにその闇の色は深くなっていく。


――でも、いつもみたいな不安が無いんあだよなぁ……。体が軽いっていうか、良くわかんないけど。それに今日は伊織もいるんだからしっかりしないといけないし。ここで逃げ出したらカッコ悪いお兄ちゃんのままになっちゃうし。


 よし!!


 たどり着いた部屋のドアの前。後ろを振り返ると、すぐ後ろにはなんと伊織がいて、俺のシャツを掴みながら付いてきたようだ。そのあとに、カレン、そして響子さんが続き、なんとお母さんまでもが一緒にここまでやってきたようだ。

 一息ついて気合を入れたら、ちょうど伊織と目があった。

「だ、だいじょうぶ、お兄ちゃんが守ってやるからな!」

「へぇぇ? あ、う、うん」

 何だろう? 俺なんか変なこと言ったかな? 伊織が下向いちゃったけど。

 まぁいいや。考えるのは後にしよう。

「は、入るぞ!!」

「「「はい」」」


 ガチャッ


 ほぼ真っ暗な部屋の中に一人たたずむ女の子。理央だ。

 その周りを渦を巻くように流れ出ている闇。


「り、理央」

 カレンが言葉をかける

「理央、来たよ」

 ぴくッと体だけが反応した。しかし返答はない。

「理央、お友達がきてくださってるわよ?、一緒にあそんだら……」

 お母さんが続けて声をかけたが途中でかき消された。

『とも――だち?』

 この声色、人のものじゃない。理央さんの声じゃない。遅かったのかもしれない。


『とも――だち――な――んていな――い! わ――たしには――ともだちなん――ていないの!! 』


 理央の周りにうごめいていた黒い闇が、覆いかぶさるように襲いかかってきた。

「「きゃぁ!」」

「うわっ!」

 カレンと響子、お母さんの三人は壁まで飛ばされて打ち付けられた。

 俺は何とかその場に踏ん張ることでたえることができた。そして伊織は俺の腰に腕を回して耐え抜いたみたいだ。


――こ、こんな時だけど、うれしいぞ義妹よ。


「私には、本当の友達なんていない、本当の両親だっていない本当の姉だっていないのよ!!」

「理央……」


声がさっきと違う、このキレいな声の方が理央さん本人の物なんだろう。

「いつも響子ばかり、どこに行っても何をしても、目立つのは響子……。そんなあなたには人が集まってくる。わたしには? どうして同じ様なことをしても誰も近寄らないの? 都合のいい時だけ響子の妹だからって理由で寄ってくる。ねぇ? それって友達なの? 教えてよ……友達ってなんなの?」

「お母さんとお父さんもそう。いいことがあるとすぐに響子。良くないこととかがあると、響子の妹でしょって……。わ、わたしは理央、理央なの!! 響子じゃない!!」


 再び理央から放たれる闇が強さを増す気配がする。

「なら、私はいらないよね? だって響子がいるんだもん!! 響子だけが必要なんでしょ?」

 このままでは闇に飲み込まれてしまう。

 本人の意識がまだ表面に出てくるならまだ間に合う!

 俺は急いで壁の方に目を向ける。

 打ち付けられた体を痛そうに押さえながら、カレンは立ち上がっていた。

 カレンに目線で合図する。



「違う!! 違うよ理央!!」

 カレンはまた飛ばされそうになりながらも、いつの間にか俺達の側まで来ていた。

 慌てて伊織がカレンの肩を組んで支えあう。

「あたしは、響子がいるから理央と友達になったわけじゃない。理央がいるから響子と友達になったわけじゃないよ!」

『わーーわたしと――とも――だ――ち?』

 声色が変わる。

『あ――なた――も――おな――じで――しょ? 』

「違う! あたしは理央が理央だから好きになったの!! 理央だから友達になったんだよ!」

『くく――くくく――あはは――はははは!』

「お願い理央思い出して! 一緒に泣いたり、怒ったり、笑ったり。いつも私たち3人で、ずっと友達だって約束したじゃない!」

『や、約束……』

「そう!! あの時の約束、忘れちゃった? あたしは忘れない! 忘れてないよ! だから、お願い!そんなヤツに負けないで!! あたしは信じてるから!!」


「か、れん……」


 闇が少しだけ勢いが弱まる。


 理央の表情が少しだけ微笑んだような気がした。




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