市川響子と市川理央は一卵性の双子の姉妹。小さい時からよく似ていて共に成績もよく、運動もこなせた。しかし違っているものもある。それが現れ始めたのは中学進学してからだった。姉[響子]は社交的で誰とでも仲良くなって、次第に人気者になっていった。それとは逆に妹[理央]は内向的でなかなか友達もできず次第に陰に隠れていった。
「シンジ君?」
「あ、ご、ごめん。俺、リビングで待ってるからさ。楽しんでくれよ」
「ちょっとシンジ君!!」
駆け出すように部屋を飛び出してリビングへと向かう。
はっきり言ってその部屋にいたくなかった。理央から感じるあの念と自分自身の念は似ている。本能的にその場にいてはまずいと言っている。それに俺は気づいている。あのままだと俺も飲み込まれてしまうと。
ようやくついたリビングで息を整えながら汗をぬぐう事しかできなかった。
「はい、喉、乾いてるでしょ?」
リビングで一人、うなだれるようにソファーに座っていた俺に冷たいジュースの入ったコップが目の前に差し出さされた。誰かが近づいた事さえわからないほどに俺はぐったりしていた。
「え、あ、ああ、ありがとう」
「どういたしまして」
渡してくれたコは響子だった。彼女はそのまま俺の隣にちょこんと座る。
「ネェ、今日あなたを連れてくることはちょっと聞いてたけど、ほんとにカレシじゃないの?」
「い、いや、違うけど?」
「そっかぁ、違うんだぁ。とりあえずは信じてあげる」
「あ、ありがとう」
何がありがとうなのか良くわからないけど信じてもらえたのはいいことだ。しかし、この子がここにいるってことはあの部屋には今二人だけ……。どのくらいこの家にるんだろうと時計を見ると、この家に訪れてからもう2時間がたとうとしていた。
きゃぁぁぁ!!
ビクッとするくらい甲高い悲鳴、これはたぶんカレンの方だ!!
突然の悲鳴にあわてて部屋に駆け出した。その後ろから響子も連なる。
「ど、どうした!!」
「し、シンジ君!!」
部屋に入った俺を確認したカレンが勢い良く抱きついてきた。これが通常時だったらたぶん「にょほっ!」ってなるんだけど、そんな余裕は今はない。
部屋の半分くらいはもう黒い霧のようなものが立ち込めていて、さらに理央の周りは闇と同じくらいの色に染まっている。髪の毛は逆立っていて間違いなくこの世のモノではない雰囲気だ漂っていた。
「ーーだ、ーーち」
「とーーだち」
かすかにだがまだ理央の理性は残っているようだ。
「カレン、何があった?!」
いつの間か俺に隠れるように背中側に張り付いていたカレンに声をかける。まるで盾にされるような形で俺は一番前に立たされていた。
ちょ、ちょっと押さないでもらえますかねカレンさん!!
「何もしてないわよ! 普通に話してただけだし!!」
「何の!?」
「な、何って友達のよ!!」
ゴッ!!と音を立てて理央の周りの闇が勢いを増した。その中で俺は見えてしまった。この現象を引き起こしたモノを……。
とりあえずここは逃げるしかない。このままだと俺も引きずり込まれる
「カレン! それとお姉さん! 急いでこの部屋から出て!!」
「わ、わかったわ!!」
「は、はい!」
部屋から逃げるように飛び出した俺たちはリビングへと急いで戻った。そこには心配そうにこちらをうかがうお母さんの姿があった。
俺とカレンを乗せた車が俺んちの近くに差し掛かろうとしている。
結局あの後、家のリビングで事の納まりを待っている間に、カレンのマネージャーさんとの約束の時間を迎えた俺たち二人は、その場所というかその家から立ち去った。いや正確には逃げ去ったのだ。だから今は二人とも口を開かない、非常に重い空気が車の中に漂っていた。間違いなくマネージャーさんには[カレンとケンカした感じ]と誤解されているだろう。
重い空気を割ったのはカレンだった。
「何だったの? 見えたんでしょ?」
言葉はこちらに向けられているが顔は外を向いたままだ。
「ああ、見えた」
「で? 助けられる?」
「分からない……」
俺は確かに人ならざるモノは見えるけど、それに対処できるちからは持っていない。それ以上に人とのコミュ力に関してはほぼないといっていい。でも今回あの子を救えるとしたら、その力は必ず必要なのだ。
「あの子は、理央ちゃんは理央ちゃんに押しつぶされようとしてるんだ。カレンが何を言ったのかわからないけど、アイツはそれが気に入らないらしい」
「そうかぁ、わからないかぁ」
二人そろって深いため息をつく。
もうすぐ俺のうちに着く。
「今日はありがと。あと、ごめんなさい」
今度はちゃんとこちらを向いて頭をさげるカレン。
「いや、大丈夫さ。もう少し時間をくれ。考えてみるから」
「へ!? まだ協力してくれるの?」
「う~ん……本当は嫌だけど、けど友達を助けたいんだろ?」
「うん!!」
また出ましたアイドルスマイル。これ、マジで俺は弱いみたい。
「じゃ、また連絡するから」
「ん、ああ分かった。それから……なるべく理央さんの前で友達とかいう話はしないように、響子さんや家族の方に伝えておいてくれないか?」
「え? ともだち?……そか、分かった伝えておくわ」
家の前に止まった車から降りて、そう話すとカレンを乗せてまた車は走り出していった。
ふぅぅ~。
知らない間にため息が漏れる。
「お帰り、お
「え?」
顔を上げた先に、玄関を背にして立つ
伊織は複雑そうな顔をしていたが、その顔を見ただけなのにそれだけなのにホッとする。
「かれんさんは
「え、あ、もちろんだ。アイドルだからな忙しいんだろ。さぁ家に入ろう」
「そっか、
あれ? なんか喜んでる気がするけど、伊織ってカレンのファンじゃなかったっけ?
と、伊織の言葉の意味を理解しない俺。
その時の伊織の心境はというと。
良かった。今日は
またカレンさんが憑いてたら手ごわそうだし、どうしようかと思った。
「帰ろ。お
この時はまだ伊織がそんな理由で喜んでいるなんて知るはずもなかった。
家に帰ってからも真司は考えていた。
どうすればあの理央という娘を立ち直らせることができるのかを。
彼女はたぶん俺と同じ感覚をもっている。違いなんて陥っている深さだけだ。話すことが苦手で自分をアピールすることができず、周りから置いていかれる。追いつこうともがくほどにまわりはどんどん冷めていく。
気づけば独りぼっち……。
考えれば考えるほどその深みは底がなくてもがき続けるしかない。
それは救えないのか?
助ける事は出来ないのか?
俺はどうやって抜け出せた?
確かに俺はどこからか変わったんだ。
俺は自分から遠ざけて、周りからも声をかけてくることなんてない、暗い子になることで存在を薄くして、一人だけでいいって殻に閉じこもろうとしていた。
そんな世界がある日突然に一人の女の子が現れてその子によって変わった。
一緒にいるだけでほわんとするというか、落ち着くというか。そのコの顔を見るだけで自然と笑顔になれた。カワイイ女の子だったから。明らかに関係する。俺は男だし。
そう、俺の周りで起きた変化は伊織という女の子との出会いから変わり始めた気がする。
部屋のベッドでゴロゴロしながら俺は伊織と出会う前、出会う後について考えるようになっていた。
義理の妹である[伊織]には感謝している。いつもそばにいてくれるし……。
――そういえば、見たくないモノ達と何かあるたびにずっと伊織はいてくれたなぁ。それにそういう日はいつもより優しくしてくれてたような気がする。
何をやらせても優秀な義妹の伊織は学校でも人気がある。その兄貴の俺も一定の認知度があり、この性格でも浮いてなかったのは、伊織が側にいてフォローしてくれていたから。そのおかげで、この俺にも数は少ないけど友達もできた。
あの理央てコはどうなんだろう?
ふと、考えて一つ思いつく。
枕元に出しっぱなしだったケータイを手に取って画面をタップし、カレンと表示させる。
俺は自慢じゃないがこちらから女の子に電話なんか掛けたことがない。そんな親しい子なんて今までできたこともないし、作る気もなかったから。
ちなみに伊織も俺が高校に通うようになって、学校が離れたため非常時の連絡用にと親に渡されたケータイを持っているが、俺から掛けたことはない。
それから画面を見ながら5分、10分たって画面が暗くなっても手に持ったまま固まっている。
――うん! マジで緊張する!! これって無理じゃね!?
ブブブブッ
持ってたケータイが突然なりだしてビックリして放り出してしまった。
慌てて落ちた(落としたかな?)ケータイを取ろうとして画面を見ると、タイムリーに[日比野カレン]と表示されていた。
「も、もしも……」
「おっそぉ~い!! もう早く出なさいよね!!」
出るなり頭にキーンと響く声。
「わ、わり。け、ケータイ落としちゃって」
「はぁ?!」
たぶんこんな顔してるんだろうなとか、この声を聞いただけで想像できてしまう。
「ま、まぁいいわ。今、大丈夫?」
「ああ、まぁ、部屋にいるし」
「そう、ならちょっと聞きたいんだけど」
「ああ、俺も聞きたいことがあったからちょうどいいな」
ホント、タイムリーで助かる。あのままだったら電話なんて掛けられずに「明日でいいや」って言って寝てしまっていただろう。それで結局明日も「明日でいいや」って感じになるな、うん。
「で、聞きたいことって何よ?」
「いや、先にカレンからどうぞ」
「別に私は後でいいわよ、そんなたいしたことじゃないし、とりあ……ごにょごにょ」
最後何言ってるかわかんなかったけど、先で良いって言うならまぁいいか。
「じゃぁ、先に話させてもらうけど、カレン、君に聞いて来て欲しいことがあるんだ」
「聞いて欲しいこと? って何を?」
「うん、理央さんとその周り、家族の人の事も含めてだけど、その関係について……かな?」
「わかった。やってみる」
あれ?意外と素直にオッケーが出たな。カレンの事だから「超メンドー」とか「忙しいんだよねぇ」とか言われると思ったんだけど。
「ほんとか? 頼んでいい……かな?」
「何でそんなに疑うのよぉ! シンジ君が必要だって思ったんでしょ? なら私にできることはするわよ」
それじゃーーまたね!ーーと電話は切れた。
ちょっと口が悪くて、ポンコツお嬢っぽいけど、やっぱりカレンは[初めて会った時に感じた]通り、すごく優しくていい子だなぁって思う。
アイドルになってる位だから笑顔もかわいいしね。
――でもカレンからは[ゴリゴリのお嬢様]って感じがしないんだよなぁ。
数日後。
「言われた通りに調べたんだけどさぁ……」
「おう、ありがとな」
カレンの事務所近くにあるファーストフード店。その2階の一番奥の席にテーブルをはさんで俺たちは向かい合って座っている。
トップアイドルに近い存在となったカレンは、髪の毛を両側で三つ編みにしていて、有名お嬢様学校高等部の制服を
一応の変装なのかもしれないけど。
コーヒーをすすりながら俺の横に視線を移すカレン。
「ちょっと聞くんだけどさ」
「なに?」
「どうして伊織さんがいるのかしら?」
カレンと向かい合う形で座っている俺の横には今日は伊織の姿があった。
前日に伊織には夕飯はいらないと伝えると、何故なのかって聞かれたから素直に今日の予定を話してしまった。そしたら私も行くと言い張って結局言い負かされた。
――でも、兄ちゃん信用されてないのがちょっと悲しいぞ
「だめ、でしたか?」
「え? いえ、まぁ別に大丈夫よ伊織さん」
「良かった。でも、あの、伊織って呼んでもらって大丈夫です。カレンさん」
下を向いて少し赤く頬を染める義妹。その仕草がかわいいです。
「で、どうだったかな?」
「あ、そうね、その話をしにきたんだったわね。けど……この話を伊織さ……伊織ちゃんに聞かせて大丈夫なの?」
「え? まぁ大丈夫だろ。こういう話を周りに言いふらすような子じゃないから伊織は」
クチに指でバッテン作ってうなずく伊織。
「そう、あなた達がいいなら、あたしは構わないけど」
「なので話の続きをどうぞ」
もう一度コーヒーをクチに運んで大きなため息をつくカレン。
「じゃぁ話すわね」
そこから語られた話は俺の予想よりも違っていたが、ある程度は理解できるしある程度は納得できるものだった。
「それで? 理央さんの通う学校とかにそういった話はなかったか?」
「ええ、あったわ。もう10年以上前の事みたいだけど」
「そうか、やっぱりな……」
あの時俺が見えたモノ、それは確かに暗く冷たい闇の中に浮かぶ理央さんだったのだが、まだ理性のある状態だった。そしてその後ろにももう一人、隠れるような感じで人ではないモノがその闇の中へ理央さんをと引きずり込もうとしているところを確認していた。
理由がわからなければ下手に動くことはできない。こちらが引きずり込まれる可能性だってあるのだから。
沈黙が三人の間に訪れる。
「もう一度、その理央さんにお会いに行きましょう」
意外なことに、沈黙を破ったのはそれまで黙って話を聞いていた
「え?」
「会ってどうするんだ?」
俺とカレン二人から見つめられる形になった伊織が、恥ずかしそうに頬を赤らめながら下を向く。
「あ、会って話をしないと多分その理央さんは救えないと思う。うまく言えないけど、ちゃんと友達として話をしないといけないと思うの」
「友達として……か」
「そして、それが出来るのは私たちじゃなくて、カレンさん、あなたです!!」
ばばぁ~ん!! と効果音が聞こえるくらい決まってた。
両手を広げてカレンに向けたそのポーズ。
――我が
心の中で思いっきり俺は叫んでいた。