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第2話 そして関係の始まり



『ねぇ、ちょっと、聞いてる? もしもーし』

 そんな事口にしながらふわふわと俺の周りをまわっている。


――人の周りをぐるぐる回るなうっとうしい!

 こういうやつもたまにいるから、なるべく目線を合わせないようにしてんのに!


 心の中でぼやきながらも何もなかったようにして伊織と話をしながら買い物に行こうと歩を進める。

 その間も周りをふわふわしながらギャーギャー言っているようだが、まったく相手をせずに……いや、やっぱり多少は気になってしまう。


 小さい頃も何度かそのモノ[幽霊」たちの言う事を聞いてあげたり相談に乗ってたりしていたからだ。おかげでほんの些細ささいな事から事件になりそうになったことまである。いや、確か一回新聞にニュースとして取り上げられたことがあったような気がするが……まぁ今はいい。


 そんなことばかりしていて気づいた事がある。むやみやたらとそのモノたちの言う事、頼みごとを聞いてはいけないということだ。大半はろくなことがない。


『こら、ちょっと話ぐらいききなさいよぉ。ゴメンきいてもらえないかな?』

『ね? お願いします!』


 回り込んできたそのモノがペコっと腰を折るくらいに曲げて懇願してきた。


 「ッ!!」


 歩みを止めて額に手をあてて考え込んでしまう。

 そんな俺を少し離れて歩いていた伊織が少し横を通り過ぎて不思議そうに顔を覗き込んでくる。

「お義兄にいちゃん?」


 つくづく俺は俺が嫌になる。守りたい大事なもの存在が近くにいるのにそのモノの話を聞いてあげたいと思ってしまっている自分に腹が立つ。

 でもここで無下にしてしまって、伊織にもしもがあってはそれこそ自分が許せなくなるだろう。


「ん? あぁ、ちょっと寄りたいトコがあるから、悪い伊織、先に店に行っててくれないか?」

「あ、うん。それは大丈夫だけど、お義兄にいちゃんこそ大丈夫? なんか顔色良くない感じがするけど」


――くっそ、俺の勝手な行動にも文句を言わず、ましては俺の心配をしてくれてるなんて、よくできた義妹いもうとだなぁ。なのにおれはコイツの話を聞こうとするなんて……。


「ん……大丈夫だよ。悪いなすぐに追いつくから」


 わかったぁ~。じゃ後でねぇ~っと言いながら、素直に歩いて店を目指す伊織をその場で見送る。


『へぇ~、ああいうが好み? 彼女さん?』


 ま!っというような感じでいつの間にか隣に並んでいたそいつは両手を顔に添えて一緒に伊織を見送っていた。

「な!、ち、違う、妹だ、義妹いもうと!」

 ぶっ!! と噴き出して慌てて否定する。


――俺はともかく、俺の彼女に見られたなんて伊織に失礼だろ。おれはしがない兄貴なんだから……。


「で、話ってなんだよ?」

『あれ? 聞いてくれる気になったの? なんで?』

 ふわふわ浮きながらホントにフシギだな? という顔して覗き込んでくる。


――あれ? 意外とこいつかわいいかも? 義妹いもうとの伊織が清純派だとするとこいつはカワイイ系というか、今時風にまとまってるというか。いかんいかん、頭をぶんぶんと振る。かわいくてもこいつは[幽霊]なのだ。変な気をだしてはいかん。


『どしたの?』

「い、いや何でもない。ここじゃアレだから少し奥に行って話そう」


 周りを見渡して細い路地をみつけ手招きして「こっちだ」っと歩き出す。

 そいつも何も言わずに静かに後を付いてくる。

 少し歩くとこじんまりとした公園がある。そこのベンチに腰を降ろして小さなため息をついた。

 そのモノはふわふわと浮いて目の前に立つようにして止まる。


「で? 相談ってなんだ」

『何そのめんどくさそうな顔』

「だってホントにメンドいんだもん」


 はぁ~っとまたため息をつく。


『確認してもいいかな? 私の姿が見えてるし、話もできるのよね?』

「そうだけど」

『じゃあ、私以外にも私みたいなモノがみえてるのよね?』

「そうだけど」

『真面目に答えなさいよ! なんかやる気が感じられないんですけど!』


 はぁ? てな顔に今の俺はなっていると思う。

「正直、めんどくさいしどうでもいい」

『あなた、ほんとにやる気ないわね……まったく、やっと私が見える人が見つかったと思ったのにこんなにやる気のない人だったなんて、しかも若そうだし、頼りなさそうだし……』


 ブツブツと小さな声で独り言をつぶやいっているようだが、残念ながら俺はそういう事を聞き逃すようには出来ていない。そう簡単に言うとカチーンときた。


「あぁ~そうですか、頼りなく見えましたか。そりゃすいませんね。確かにまだ中学生だからな。んじゃ見える大人な人にでももう一度会えるように祈っててやるよ」

 じゃあなっと手をあげて腰を上げその場から離れようとした。もちろん買い物に行く途中だし、先に行かせた伊織も気になるし。


『ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと待ってよ!』

 ふわふわ浮いていたのが目の前まで来て両腕をいっぱいに伸ばし俺の体を押しとどめようとする。

 もちろんいろんな意味でスルーしちゃうんだけど(主に物理的に)、それでもそのモノはまた前に回り込み押しとどめようとする。


『ごめんなさい、ホントにもう言いません。話だけでもキイテクダサーイ』


 最後ちょっとふざけたか?


『聞いてくれないなら、あんたの義妹いもうとにとりくわよ』


――なに?それはマズい。

 冷や汗が背中をつたう。前に一度妹は何者かにとりつかれたことがある。それはもう家の中でたいへんなことになった。本人は覚えてないだろうけどあの時も……。


 [大事な義妹いもうとを……伊織を、お前たちに渡してたまるかぁ]


――うーん自分的にも思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしい。もう穴の中に入って暮らしてしまいたいくらいに。


『もしもーし、ねぇちょっと帰ってきてぇ~』

「は!!」

 自我復活!


「わ、わかったよ、は、話は聞くから。イ、義妹いもうと、伊織にとりつくのだけはナシで頼む」

『オッケー。なら約束する。妹ちゃんには今はとりつかないから』

 気を取り直して先程まで座っていたベンチに腰を下ろす。この時点で結構体力は消耗してるけど仕方ない。話を聞かなきゃ伊織が危ない。


『えと、まずは自己紹介します。私は日比野カレン。私立明興めいこう学園中学の三年生です。生きていればだけど……』


――ちっ、お嬢様かよ。


「俺は藤堂真司。この近くの中学の三年だ」

『あら、同級生だったの。なら私の事はカレンでいいわ』

「わかったよさん。俺は……まぁどっちでもいい、好きに呼べよ」


 俺と同じ歳で[幽霊]になるとは、まだやりたいこともやれるだろうし、未来は広がっていただろうにと、少しかわいそうだなと思う。そのたちに対しても同情的に接してしまうことも自分ではダメなことだとはわかっているが、心の底からはそうは思えない自分も確かにいることも事実なのだ。


「で、話ってなんだよ」

『あ、そ、そうね。なんだか話せる相手がいるってわかって忘れてたわ』


――おいおいマジかよ……こいつまさかお嬢様学校でもポンコツ系か?


『実は私……』

「あぁ~っと、ちょっと待ってくれ。一応話は聞くって言ったけど、こっちからも断っておくぞ。俺は確かに君たちみたいなモノを見たり、話せたりはするけど成仏とか、天国とかに送ったりすることはできないからな」

 真面目な顔をカレンに向けながら話す。カレンは「わかった」と言ってうなずいた。しかもこれだけは言っておかなければいけないことがある。

「しかも、俺はお前たちのようなが好きじゃないし、慣れてるわけじゃないからな!」


『私だって……私だって好きでこんなモノになったわけじゃない! それに言っておきますけど、私はまだ生きてるはずですぅ!』


――何言ってんのかなこの娘は? 

 その状態になってまで生きてるってことはまずない。まぁたまに死んだ事が信じられなくてさまよい続けてるやつもいるけど。考えられるとすればそれは……。


「え!? なに、もしかして生き霊さんですか? あれ? 体から離れちゃったはいいけど戻れなくなった系? それとも自分から生きて霊になっちゃった系?」

 うわぁ~って感じの生暖かい視線でカレンを見る。

 すると霊体だから赤くなってるかはイマイチわからないけど、急に俺のいる周りが寒くなってきたのでチョット怒りモードになっていることがわかる。


『ちーがーいーまーすー! なっちゃった系とかそんなんじゃなくて、真面目に聞いてよ!』

「はい」

 冷気に押されて素直にうなずく。


『よし! では説明するね。一週間前くらいかなぁ、いつものように授業が終わって帰ろうとしてたのよ。で、校門のところで友達から声を掛けられて普段では使わない学校からの帰り道を二人並んで歩いてたわ』

「へ~、お嬢様って豪華な車で毎日送迎とかしてもらってるんじゃないのか?」

ちょっと真面目な話になりそうだったので少し軽口をたたく。


『普段から毎日じゃないわよ。それに送迎されてもらってるのは、本当にお嬢様って感じの人たちだけよ』

 そう言ったカレンが俯いて、顔が少し困ったような、怒っているようなそんな表情を一瞬だけした。それからすぐに俺の方に向き直って続きを話し始める。

『でね、私は途中の駅で電車に乗らないといけないから友達と別れて駅に向かって、数分で駅について電車を待って、乗らなきゃいけない時間になったからホームに歩いて行ったわ』

 そこまで話し終えるとカレンは一息つくようにため息を漏らす。


『そこから、そこから記憶がないの。ううん気が付いたらこんな姿であの場所でずっと立ってた。助けてって話しかけたり、つかもうとしてすり抜けたり、毎日続いてたの』


 この娘は、もしかしたらそのホームから落ちて亡くなってしまっているのかもしれない。でもその前後があいまいなせいでそれが受け入れられず、こうしてさ迷い歩いている。そう考えた俺はやっぱり悲しくなった。自分の死は受け入れられないにしても、自分の体に戻してあげたいと思った。


「じゃあ、俺は何をすればいいんだ?」

 もちろん体に戻りたいというのであれば探せないわけじゃない。

――あれ? 待てよ? でもそれならば自分でふわふわと行けるはず。もしそこで死んだならばこの娘は駅にいなければおかしい。


『私は死んでない。ぜったいに。だって自分の温かさを感じてるもの。だからお願い、私の体を一緒に探してほしいのよ』


 そして俺は頭を抱えることになる。


「それで?」

『え? それでってなに?』

「いやだから、君の体を探すのはいい。百歩譲って亡くなってない事にしょう。で、探してあったなら良かったなぁってなるけど、なかったらどうするの? 俺はまだ中学生だよ? できることも行ける範囲も限られるのに……」

 やるだけやってみようというような軽い気持ちには到底なれない内容だった。だからこそを考えておかねばならない。


『そうねぇ、マズは生きてるって事を君が信じてない事には今は目をつむることにして、まずは探してくれるだけでもありがたいわ』


――あぁ~やっぱり関わらなきゃ良かったな。そしてやっぱりお嬢様だ。こちらの都合は考えてないみたいだしな。


「俺にメリットは?」

『メリット?』

「そうだろう? メリットがなきゃ何で初めましての幽霊ちゃんに従って、あるかないかもわからない体を探さなきゃならない?」

『!? ……確かに、それもそうよね』


――だろ? 


 そりゃかわいそうだとは思うけど、初めて会った幽霊ちゃんに義理はない。まして今は妹を先に行かせたままの買い物の道中なのだし。伊織を待たせたままなのは凄く気が引ける。それにたぶんその願い事に付き合うことになったら一日や二日では到底難しいだろう。だからこそ俺じゃない誰かを頼ってほしい。まだ中学生の俺には何も力はないのだ。


『わかったわ』

「へ?」

『わかった。たぶん当分はかかるでしょう、その間私はあなたにできるだけ協力する。そばを離れずに』

「おまっ!!」


――ぜんぜんわかってねぇ!! やっぱこの子はお嬢様だった!!


『それからもう一つ』

「なんだよ?」

 俺は帰りたくなっていたのだけど、多分ついてくるなと言っても、この手のタイプには通用しないだろうと諦めてため息をつく。


『もし、無事に身体があって、元に戻ることができたら……シンジ君、あなたの彼女になってあげるよ』

 ニコッとはにかむカレン


「ぶふぉっ!! お、おまえ、何言ってんだよ!!」


――ニコッとなんて俺にしてんじゃねよ!!かわいいなって思っちまったじゃねかよ。幽霊なのに。ほんとに幽霊なのか?


『だって、いないんでしょ? カ・ノ・ジョ』

 焦る顔を見られたくないから、飛ぶくらいの勢いで座っていたベンチを後にする。


「あぁ~、とその、わ~ったよ。探すの手伝ってやるよ」

『ほんと?! ほんとに探してくれるの?』

「ああ、そのかわり伊織には手を出すなよ?それが条件だ」

『やったぁ!! やっぱりシンジ君優しいね。思い切って声かけてよかったぁ!!』


 本当に嬉しそうに鼻歌交じりに上機嫌についてくるカレン。

 頼みを引き受けた理由……。カレンのことがかわいそうだと思ったこと。まぁ同情心ってやつが湧いて来たってのもあるし、そのルックスや「彼女」という言葉に下心が動いたのも間違いじゃない。

 でもそれ以上に感じたこと。今まで出会ってきたそのモノ達はすべてとは言わないが、ほぼ後ろ暗い感情で沈んだモノたちしか居なかった。しかしカレンは全開で前向きである。そう見えるだけかもしれないけど、彼女からは特有の感情が感じられなかった。

 だから俺は本心では関わりあいたくないと思っても、母さんの言葉を思い出して彼女の前向きさに役に立てたらいいなって……そう思ったんだ。


『ところでシンジ君、義妹いもうとちゃんのこと好きなの?』

「お前、何言ってくれちゃってんのかな?」

彼女を威嚇いかくするように目を細めてジッと見つめる

『違うの? なら大丈夫ね』

「何が大丈夫なんだよ?」

『なんでもなーい』


 くすくす笑いながらやっぱりふわふわと後をついてくる


義妹いもうとには何もするなよ?」

『もし何かしたら?』

「成仏させる」

『でぇきないくせにぃ~』

 あはははぁ~と笑うカレン


――くそっ! やっぱりかかわらなきゃよかった!!


 買い物予定のお店の前でショルダーバッグを下げて待っている伊織を見つける。こちらに気づいた伊織がぶんぶんと手を振ってくれた。


 自然と駆け出す俺。


 仲のいい兄妹に戻った瞬間だが、先ほどまでとは違い俺の後ろにはふわふわ浮いたカレンがいる。伊織が見えていないことを心の中で祈るしかなかった。


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