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第六の日 弍

すぐに聞こえなくなった木々のざわめき、鳥の囀り、生き物達の奏でる様々な音。


代わりに我が身が風を切る音、はためく服の不規則な音が耳を打つ。



(まだだ、もっと。もっと上だ!)

天高く、雲を遥か眼下に見下ろし、空は蒼から深い瑠璃色へと変わり、どんどん冷たくなっていく。


まだ太陽が遠く頭上に、しかし地上よりもその姿がより大きく見えるところで、


星々の輝きが、昼間にも関わらず辺りを微かに照らすその場所で、


一際輝く白いナニカを見た。


(見つけた。アイツだ!!)

少女は本能的にそう思った。


そう思った瞬間ーー全身が粟立ち、頭髪が逆立ち、何故か途方もないことをしてしまったような、そんな感覚に陥った。


それでも口を開くことが出来たのは、少女に刻み付けられた、深い昏い感情からであっただろうか。



「そこに居たのか。クソッタレ。

返事は要らない。お前なんだろう?

言いたいことは色々あるが、まずはその面めちゃくちゃにしてやる」

辛うじて言葉に出来たのはそこまで。


憤怒と憎悪に塗れ、野生の獣のようになり、あとは呪詛とも怨嗟とも、ただの唸り声とも聞こえるような声を発して飛びかかった。


白いナニカーー神はただ一言


「 見よ 」


少女に向けてそう言った。




(は…?なんだよこれは!)

辺りの景色が瞬時に変わった。


振り上げた拳はそのままに、いつのまにか中空の、いつか浮かんでいた雲と大地の狭間に居た。


事態を理解できないことと、気温の変化のために、あまりの激情により生まれた熱が急速に冷え始めた。



そして少女の耳がそれを捉えた。



風の音に紛れて、遠くから微かに、でも確かに聞こえるそれは





それは紛れもなく赤子の、人間の赤子の泣き声であった。


少女は鳴き声の方へと、先ほどまでとは打って変わって、力なく、静かに飛んでいった。



(なんでだよ。なんなんだよ…!!)

疑問は絶えなかった。


何故自分は今神への復讐を果たさずに、泣いている声に引き寄せられているのか。


何故あのクソッタレは姿を見せたのか。


何故、何を見ろと言うのか。


何故、何故、何故ーー




考えても答えは出ない。


それでも堂々巡りの思考の中で、憎い相手の言いなりになどなりたくないと思いながらも、泣き声の主を見ようと思ってしまっていた。


山を越え、小川を越え、湖の縁を抜けて、森の奥の、動物達の踏み慣らした小径の先…


開けた草原の中心に、一本の大きな木があった。


その根本。


木陰から漏れ出る柔らかな光の中、青草が幾重にも折重ねられるようにされた上に、間違いなく人間の赤子が2人。


文字通り顔を真っ赤にさせて、力強く泣いていた。


(なん…なんでだ…?)

自分でも気付かないうちに、少女の目から何故か止め処なく、静かに涙が溢れた。





『見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう』



辺りの木々がたちまち色とりどりの豊かな実をつけ始めた。

麦は黄金に身を染めて、稲は恭しくその頭を垂れた。



『それがあなたたちの食べ物となる。 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう』


天高くから声が降った。きっと先ほどの場所に居るのだろう。

それでも…少女は今この場を離れようと思えなかった。



「そしてーーー愚かで醜くも美しく、愛おしい我が子よ。」

先程よりも更に濃密な気配。全てを賭けても届き得ないと悟らされるほどの力の波動。髪の毛一つも動かせないような感覚。

なのに何故か底なしの愛が伝わるような、そんな存在感。


「我が子よ、あなたには「       」を与えよう」


少女のすぐ近く、真後ろの耳元から、声が聞こえた。






その声を最後に、もう二度と神の声は聞こえなくなった。





少女はただ、声に振り返ることもできず、赤子たちを見つめて涙を流し続けた。



神の意図も、この世界の未来も、何故自分は泣いているのかもーーー何もかも彼女にはまだ理解できなかったが、その場で感じた何かが、




確かに彼女の心を深く揺さぶっていた。

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