斜陽が木々と少女自身の影を長く伸ばしきり、
空も大地も、世界全体が鮮やかな色彩に染めあげられる頃。
彼方の空には色彩の階調が少しずつ現れ、
やがて深い瑠璃色へとゆっくりと変わりはじめる頃。
少女は水辺を訪れていた。
何かを成すこともなく、ただ目の前の情景を眺めていると、ふと手持ち無沙汰を感じた。
それまでの興奮を冷ましたいという気持ちも、どこかにあったのかもしれない。
不思議なことに、地に降り立ってからというもの、再び宙に浮かぶことができなくなった――
などということはなく、むしろ自由に空中を漂い、思いのままに動き回ることができたのだ。
(すごい!なんだこれ!)と。
長らく忘れていた楽しみを見出した少女は、心の高鳴りを抑えきれず、年相応にはしゃいでいた。
そうして、気がつけばこのような時間になっていたのだ。
「らしくもない…」
少女はまだ冷たさの残る水に指先を触れさせ、少し二の足を踏んだのち、ゆっくりと足を浸しながら、思わずそう呟いた。
口に出してから思う。
そもそも、「自分らしさ」など、長い間奪われてきた。その心は、年相応の感情とは無縁に過ごしてきた。そんな自分にとっての「自分らしさ」とは、一体何なのだろうか。
少女は一人、静かに思索を巡らせたが、答えは出なかった。
ふくらはぎまで浸かった足元には、水が静かに寄せては返し、その心地よい冷たさが、体に残る興奮と熱をじわじわと冷ましていく。
頭上に輝き始めた月と星々の光を浴びながら、
少女は、かつて世界に救いがないことを、その身を持って知り、そして嘆き、恨んだ日々をふと思い出していた。
あの頃、何もかもが無意味に思えた。
救いも希望もなく、ただ生き延びるために必死だった自分。
そして全てを恨みながら襤褸きれのように、事切れたはずの自分。
それが今、こんな世界で…宙を舞い、自由を得ている。
だが、この場所が何なのか、何を意味しているのか、
それはまだ少女にはわからなかった。