「何か騒がしいわね……? って、うわあぁぁぁ!?」
唐突に繰り出された不審者からの一撃。間一髪でカリンが躱す。
「クソ! 外したか!」
「『クソ! 外したか!』じゃないわよ!? いったいなんの真似……って、うわあ!」
謎の不審者はカリンの話には聞く耳もたず、二の太刀・三の太刀を続けざまに浴びせかける。
「くっ、
「いや、誰!? 人違いとかいう次元じゃないと思うんだけど!?」
何一つ状況が掴めぬままに、暴漢からの攻撃をとりあえずかわし続けるカリン。しかし理由はなんであれ、殺意マシマシで襲ってくる相手に対し、かわすだけの対処では状況はジリ貧になる一方だ。
「ああ、もう!? これでもくらいなさい!」
攻撃をやめる気配が一切ない目の前の不審者。埒のあかない状況に痺れを切らし、カリンは渾身の力でフレイムアローを放ったのだった。
***
ふん。ついに尻尾を出したな。
何の策があってか逃げに徹していたようだが、痺れを切らして攻撃に転じてきたか。
しかし、放たれた火矢はイサベラのそれにしてはやけに小さい。何らかの事情で魔力に制限でも受けているのか……?
もしそうであれば、こちらにとってはまたとない好機。まずはこのショボい炎を軽くいなし、そのまま奴の息の根を止めてくれる。
奴の炎を聖剣の一閃で振り払い、そのまま距離を詰めようする。
刹那に感じる違和感。聖剣の持ち手が燃えるように熱い。炎エンチャントなどした覚えはないが……。
まさか!?
嫌な予感がして聖剣の方へと目を向ける。
予感は的中しており、聖剣はその先端から派手に燃えあがっていた。あまりの熱さに思わず手を離してしまう。
始めから狙いは聖剣だったという訳か……。相変わらず狡猾な奴め……。
***
「我が聖剣『ボウ・オブ・ヒノキ +10』が……」
「あ、その棒、聖剣って設定だったのね……」
自慢の聖剣(?)を燃やされ、ガックリと膝をつく不審者。
しかし、不審者はすぐに顔を上げ、鋭い目つきでカリンを睨みつける。そしてその拳を握りしめ立ち上がると、そのまま殴りかからんと突進してきた。
「ああ、もう! しつこいわね!?」
カリンがしつこい不審者に手を焼いていると……
「たかがチラシ一枚貼るのに何分かかってんだ……って何だ、お前?」
店のドアが開き、中から呆れた様子の店長が出てきた。
***
くそっ! イサベラめ。こうなれば、俺は拳だけでも戦えるということを見せてやる。
そう決意し、イサベラに殴りかかろうと距離を詰めようとした矢先。
突然、扉が開く。
くっ、増援か!? い、いや、アイツはまさか!?
ネトール四天王はそれぞれが強大な力を持っている。故に滅多に群れることはないはずなんだが……。しかもそれが何故こんな酒場で……?
い、いや。目の前で現に起きている現実を疑ったところで仕方ない。俺が今やるべきことはただ一つ。各個撃破。それ以外にない。
アイリスは不可視の風の刃を飛ばして、敵に近づかせることなく両断する戦法を得意とする。しかしそれは「接近戦が大の苦手で近づかれることを極端に嫌うことの裏返し」と勇者の資格試験のテキストに書かれていた。
剣こそ焼かれたが、今のイサベラは魔力に何らかの制限を受けている。アイリスにインファイトを仕掛けて一気に倒すなら今しかない!
俺はターゲットを変更し、アイリスへと突進する。
しかし、強烈な衝撃とともに俺の意識は闇へと落ちていった。
***
「おい、カリン……。ストーカーされるのは勝手だが、店にまで連れてくるなよ……」
「いや、私も知らないんだけど……。誰なのよ、コイツ……?」
店長による容赦の無い回し蹴りが側頭部に決まり、派手に吹き飛ばされた不審者。そのまま店の壁へとめり込んだまま伸びてしまっていた。
「よく見ると、ずいぶん変な格好してるわね? 勇者のコスプレかしら……?」
「さあ……? なんにせよ、警察にでも突き出しとくか……」
10分ほどで駆けつけた警察官により壁から引っこ抜かれた不審者。そのまま無事お縄にかけられたのだった。
***
痛たた…。
衝撃のあまり飛んでいた意識が、徐々に帰ってくる。頭はまだ痛い……。
ん?
ふと、手の自由が効かないことに気づく。見ると俺の手には手錠がかけられていた。
俺を連行しているのは青い軍服に身を包んだ男二人。王国の憲兵だろうか? でも憲兵なら何故俺を連れていくんだ!?
「おい、貴様ら!? なぜ勇者である俺を連れていくんだ!? ネトール四天王はあっちだぞ!?」
「はいはい、話なら署で聞きますよ……」
憲兵は冷たい目線と共にそう返す。
「まさか貴様ら、魔皇帝の手先か!? おのれこの偽憲兵め! 離せ!」
「うるさいぞ! 意味不明なこと言ってないで、さっさと歩け!」
もう一人の憲兵がイラついた様子で俺を一喝する。
俺と憲兵を遠巻きにした野次馬たちは皆、おかしいものでも見ているかのように俺を嘲笑っている。
この町は既にネトールの支配下に落ちていたというわけか……。
「おのれ、ネトールめ! この借りは必ず返すぞおぉぉぉ!」
***
昼下がりの街に、不審者の意味不明な慟哭が虚しく響いた。