「ここは……?いったい……?」
眠った覚えもないのに突然目が覚めたような感覚に襲われる。まるで状況への理解が追いつかない。
「町……なのか?」
俺が寝そべっていた石のような感触の地面には、民家と呼ぶには仰々しい石づくりの建物がこれでもかとばかりに建ち並んでいた。
とりあえず立ち上がろうとしたその時、全身に火傷のような痛みが走る。その痛みが自身にあったことをようやく思い出させた。
「そうか……。俺は確か、ネトール四天王が一人『劫火のイサベラ』にやられて……」
俺の名はユーリ=ハサマール。魔皇帝ネトールを討つべく立ち上がった勇者だった。
しかし、俺の使命は道半ば。ネトール四天王が一人『劫火のイサベラ』。その強大な力を前に、俺は全身を焼き尽くされ、あの時、死んだ……はずだった。
何の因果だろう。俺はこうして今も生きているようだ。
実はあの時仕留めそこなっていて、何処か最果ての地に島流しにした……? いや、それにしては全身の痛みこそあれど、焼かれた痕跡一つないのは不自然か……?
死後の世界……か。正直何一つ分からないが、自分を無理矢理落ち着かせるためにそう結論をつける。
それにしても、この世界の住人はやけに軽装の者ばかりだ。魔法使いのローブにしても短いものが目立つ。俺みたいに全身を鎧で固めている者は誰一人としていない。なんなら今の俺の格好は、道行く者から好奇の目さえ向けられているようだ。あんな装備で魔物に襲われでもしたらひとたまりもないだろう。あるいは町の外側に強大な結界でも張られているのか?
なにはともあれ、こうして一方的に笑われるのは気分のいいものではない。どこかで、この世界用の装備を整えねばな……。
ん? あそこにあるのは酒場か?
ちょうどいい。この世界のことについて何か聞き出せるかもしれない。
……よく見ると、あの酒場だけところどころに焼かれたような痕があるな。
敵襲にでも遭ったのだろうか……? わざわざ酒場を狙うとは、卑怯な輩もいたものだ。
まあ、そんなことは今の俺には関係のないことか……。この世界では勇者でもなんでもないんだ。市民として生活に溶け込めるよう、必要なことを教えてもらおう……。
***
「おーい、カリン。役所からこれ貼るように言われたから、テキトーにどっか貼っといてくれ」
そう言って店長から渡されたチラシには「暴力団関係者立ち入り禁止」と書かれていた。
「姐御! 今日もお願いします!」
「……いったいどこからツッコめばいいのかしらね?」
店の奥のボックス席へ陣取る常連客の姿と、手元のチラシに書かれた内容とを見比べ、カリンは苦笑いを浮かべる。
「……まあ、いいわ。入口にでも貼っておくわね」
そう言うと、カリンは店の外へと向かった。
***
酒場へと足を進める最中、ふとその扉が開いた。
中から出てきたのは店員の女性か……? しかし、その姿をはっきりと見据えた刹那、俺の中に電流が奔る。
バカな!? なぜ!? どうしてヤツがこんなところにいる!? ありえない!
もう一度、その姿を隅々まで観察し直す。
いや、間違いない。
……劫火のイサベラ!
まったくもって理屈はわからないが、神はまだ俺を見放した訳ではないらしい。こうしてヤツへのリベンジのチャンスが転がりこんでくるとはな……。前世では果たせなかった勇者としての使命。今度こそこの手で果たしてみせる!
俺は昂ぶる気持ちを抑えるべく深く一呼吸をつき、背中の剣の柄に右手をかけた。
チャンスは一瞬。
ヤツが油断している隙に、一瞬で仕留める!
「うおぉぉぉ!!!」
俺は一気に間合いを詰め、渾身の力でヤツへと斬り掛かった。