「店長……もう何にも入ってないわ……」
両軍一歩も譲らぬ泥沼の長期戦。そのあおりを最も受けるのは、そこに食料を供給する側の人間であることは、人類の長い歴史が証明済みだ。
何が言いたいかというと、つまりはもうコルボの冷蔵庫はすっからかんだということだ……。
「カリン……。急いで近くのスーパーで、冷凍唐揚げをあるだけ買ってきてくれ……」
「分かったわ……」
すっかり満身創痍でカリンに指示をする店長。その指示を受け、同じく満身創痍のカリンがスーパーへと向かった。
***
「もう……食えません……」
弱々しい謝罪の声とともに、アカイがその場に倒れ臥す。
「おっと。八九三組、これで三人目の脱落者です」
「しかし、ゴトウ氏にも流石に限界が見えてきていますな。ここからはもう意地と意地のぶつかり合いですぞ」
フォンデュの指摘通り、ゴトウもすでに満身創痍だ。ブロッコリーの素揚げを、根性だけで口へと運んでいる。
しかし、それは八九三組側も同じこと。既に三人が脱落し、サカイとマツダの二人が同じく根性だけでブロッコリーをつまんでいる。
「……おかわり」
両者とも既に、威勢を張ったり不敵に笑ったりする余力もない。ただ弱々しく、内心見たくもないであろうおかわりをただ求めるのみ。アイツらにだけは負けたくない。ただその意地とプライドだけが彼らを突き動かしていた。
「あ、ごめんなさい……。もう食材切れちゃいまして……。カリンちゃんが戻るまで待っていただけますか……?」
そんな中、アオイは申し訳なさそうにそう言った。
ちょうどいいチャンスだ。これを口実にして、こんなくだらない戦いは終わりにしてしまえば、互いに幸せになれるだろう。しかし彼らの意地はそれを許さず、ただ戦い続ける道を選んだ。
***
「ただいまー……」
すっかり疲れ切った様子のカリンが帰ってくる。
「おう、お疲れカリン……。早速だが奴らはもうお代わり待ちだ……。至急皿に並べてくれ……」
「分かったわ……」
指示通り、買ってきた市販の冷凍唐揚げをひたすら皿に並べるカリン。
すると二皿分できたところで、朦朧とした様子の店長がアオイにそれを渡し、持って行くように言った。
「店長……それまだ温めてない……まあいいか……」
すっかり疲れ切ったカリン。唐揚げが凍ったままであることには気づいていたが、もう止める気にもならなかった……。
***
「おっと、ここにきて唐揚げが復活しました! あれ? でも氷張ってませんか……?」
「ついに温めることすら放棄しましたな。飲食店の風上にも置けませんぞ」
両陣営の前にあるのは、シークワーサー果汁のかかった凍ったままの唐揚げ。しかし、目の前にある物が何であるかなど、ここまで戦い続けてきた漢達にとっては関係ない。
両者とも、凍ったままの唐揚げを口へ運び、頬張ろうとしたその時。
「んんんーーー!」
声にならない叫び声を上げ、マツダがその場に倒れ伏した。
「マツダ!?」
「すみません、アニキ……。古傷の……知覚過敏が……」
「松田あぁぁぁ!」
遂に最後の仲間が倒れ伏し、リーダーのサカイの慟哭が響く。
「さあ、遂にリーダー同士の一騎打ちに突入です! この勝負の行方やいかに!?」
「なんか素で面白くなってきましたぞ」
***
「店長……もう限界だわ……色んな意味で……」
表の戦いが白熱する中、裏でぶっ通しで戦い続けていたカリンと店長の体力も、すでに限界を迎えようとしていた。油断すればすぐに飛んでしまいそうな意識を、ギリギリのところで押し留めている。
「もう……終わらせよう……こんな戦いは……」
満身創痍の店長は、息も絶え絶えにそう言うと、ホールのアオイを手招きした。
「アオイ……
「まさか、店長さん!?
「背に腹は代えられん……頼んだぞ……」
「わかりました……」
遂に気を失う店長。
それに釣られるようにカリンの意識も薄れゆく。その最中カリンが最後に見たものは……何やら赤い果実と、何故かガスマスクを持ったアオイの姿であった。