緋月と合流し、無事ロスト討伐を終えたことを役場に報告すると、一行は何故か緋月邸に招かれた。
「ここなら紅葉寺の目を気にしないで話せるでしょう」
とのこと。
大変大きなお屋敷で、一般家庭出身の杉原と姫川はぴし、と石のごとく固まっていたが、舞桜はなんでもないかのように正座している。ぴんと背筋が伸びているのだが、緊張した雰囲気はなく、どこか寛いでいるようにさえ感じられた。
杉原は舞桜を伺った。
「舞桜さんは来たことあるんです? 緋月先輩のお屋敷」
「ん、まあな」
まあな、で済ませていいのか、と姫川共々引く。舞桜の交友関係は開けてみると広かったりするのだが、まさかこういう立派なお屋敷に住んでいるいかにもな権力者とまで普通に交流があるとは。
緋月家は魔法発症者のための諸々を整える紅葉寺家の支援を行っている。紅葉寺はそんなに大きな家ではない。富豪でもない。その資金面の大幅なところを工面しているのが緋月家だという。
そのことで紅葉寺は緋月に頭が上がらないのだとか。元々緋月は環境保全、改善のために動いていたので、紅葉寺と理念は違っている。
ということを緋月から改めて説明された。
「かつて、人々は環境問題に悩まされていたのは歴史辺りで習ったと思うけど、その頃から緋月家は活動している。まずは資金繰り。それと共に同志を募って、名を広げて。何が必要かを考える。……まあ、結果は知っての通りだよ」
「何もしなかったんですよね」
姫川が口を開く。
そう、緋月は何もしなかった。何もしないことにより、人間の文化が少し退化し、人間の文明が退化したことにより、環境問題は少しずつ改善されていったのだ。
つまりは「何もしない」ことが正解だったというわけである。自然をあるがままに受容すること、元々の姿に戻すために、人間は余計なことをしないのが世界にとっての正解だった。
しかし、「何もしない」ということはとてつもなく難しいことで、人々は最初、その結論を受け入れられなかった。だが、緋月からの訴えかけにより、人々は原初の生活体験だと面白がって質素な生活を楽しんだ。
それにより環境は少しずつ改善、新しい生活に慣れることができなかった人間が淘汰されることとなったが、ちょうどいいくらいに人々が減ったところで、少しずつ文化を戻していったという。
環境保全のために淘汰される人間の命に対して批判があったが、緋月家が「人間が生きていくためにどれだけの命が淘汰されているか」という反論を繰り出し、黙らせたそう。譲り合いがなければ共生は不可能ということを歴史上で起こったことを踏まえながら広めている。
「まだ完全には理解を得られていないが、一般常識と言えるレベルまで普及してきたのは、代々の緋月家の働きかけだろうな。だが、そんな中、魔法という病気が出始めた」
「魔法と異常気象って、どっちが先でしたっけ」
「魔法が先だよ。あまり知られてはいないけれど」
そう告げると、緋月は眼鏡をケースに仕舞う。漫画のように目が三になることはなかった。というか眼鏡を取ったら取ったでイケメンである。緋月柳兎ファンクラブの会員たちが見たらひっくり返るのではないだろうか。涼しげで切れ長の目、眼鏡がなくなったことにより肌色がトーンアップして感じられる。
いや、見惚れている場合ではないのだが、まあ杉原も姫川も年頃の少年少女である。美しいものは美しい。微動だにしない舞桜がおかしいだけだ。
「で、
杉原と姫川はぎょっとする。タメ口は最初からだったが、下の名前で呼び捨ての威力たるや。緋月家の功績を語った後のことだったので尚更驚いた。
が、緋月を見て二人は更に驚くことになる。
眼鏡をかけた緋月は一言で言うならイケメンながり勉だった。物腰が柔らかで、紳士的な印象がある。だが、それが眼鏡を取るとどうだろう。口元には粗野な笑みが浮かび、顔が綺麗であるが故に、ものすごく性悪に見える。世界の全てを見下すような笑み。
「あー、疲れた。焦んなよ、舞桜。お前にマリさん紹介したのと同じ理由だ」
「いや、その理由聞かされてないからな?」
「あ? だっけか? はは、知らねー」
滅茶苦茶顔がいいだけの三下感が凄まじく、杉原と姫川は開いた口が塞がらない。この人は緋月柳兎と同一人物なのだろうか。
驚きを越えて半分怯える二人に、舞桜が苦笑いする。
「あ、すまんすまん。こいつ猫かぶりなんだわ」
「あ? 失礼なやつだな」
「事実だろ」
「眼鏡をかけてる緋月は表の顔。柳兎は本性っていうよりか……リラックスモード、みたいな感じだ。要するに、オンオフ切り替えてんのな」
「は、はあ」
オンオフで済ませていいのだろうか、と思ったが言わなかった。
「で、話を戻すと、俺がアマリリスの魔女に会ったことがあるのは、柳兎から紹介されたからなんだよ」
「さすが舞桜、話が早いな。で、お前らにも紹介してえけど、紅葉寺にバレたくないんでな。特別課外授業ってことにしたわけ。つーか、舞桜が悪いんだぞ。気軽にマリさんのこと外で話すなっつったろ」
「う」
この二人が絡んでいるところを初めて見た気がするが、緋月がオフモードであるためか、身近な友達という印象が強い。さしずめ「マリさん」というのは男子同士の内緒話のようなものなのだろう。
ただ、内緒話にするには「アマリリスの魔女」という名称は大きかった。故に、紅葉寺を好かない緋月が自宅に連れ込んで説明しようとしている。そこまで理解はできた。
「その、マリさんっていうのが、アマリリスの魔女なんですか?」
「ああ。オレ、ひいては緋月家の先祖にもあたる」
「そうなんで……え?」
衝撃の事実すぎてスルーしそうになった。姫川が息を飲む。
「緋月の家系はアマリリスの魔女から生まれた、と……?」
「そうそう。正しくは、緋月家の魔法発症者の中にアマリリスの魔女が生まれたって感じ。オレはマリさんの孫の孫の孫の孫? くらいかねえ」
「滅茶苦茶長生きじゃないですか」
松の魔法使いでも生きてせいぜい大還暦を二回過ぎるくらいである。どっこいどっこいだろうか。
「そ。そんだけ長い間、うちはマリさんを守ってんだ。主に紅葉寺からな」
姫川が真面目に手を挙げる。
「何故そこまで紅葉寺さんを敵視するんですか?」
「いい質問だ」
にや、と笑った緋月が姫川の顎をくい、と持ち上げ、自分の顔を寄せる。緋月ファンクラブ女子がされたら卒倒するような仕草だが、姫川には緊張感が走った。緋月の笑みが不気味だったのだ。
見ているだけの杉原もぞっとするような悪どい笑みを浮かべ、緋月はとんでもないことを口にする。
「お前が
「っ!?」
杉原も驚きを禁じ得なかった。姫川は杜若の魔法使いであることを隠している。それは杜若の魔法を巡って、いらぬ争いが起きるからだ。
それに、紅葉寺に目をつけられたら、何をされるかわかったものじゃない。現に紅葉寺は杉原の記憶を奪ったり、舞桜を脅して入学させたりと、それはまあ色々とよからぬことをやっている。
いや、それより、何故緋月が知っているのか。もちろん、杉原は誰にも話していない。舞桜は察している風だったが、確証がないのに誰かに告げ口するだろうか。
「不思議そうにしてんな? はは、そらそーだわ。オレがどうやってあんたが杜若と知ったか、知りてえだろ?」
姫川はごくりと唾を飲み込む。
「はい。教えてください」
「えらく素直だなあ! 素直なやつは嫌いじゃねえぜ」
答えはこれだ、と緋月はあっかんべーでもするように目の下を引っ張った。
「オレが緋月の後継になった理由でもある『悲しみの目』って能力だよ。詳細は省くが、まあそいつが何の魔法使いなのか見られる」
門松の「不変の目」のようなものなのだろう。「悲しみの目」という名称から、その能力の詳細は推察できないが。
恐ろしい能力を前に、姫川の顔から血の気が引いていく。こんなにあっさりと見破る能力があるとは思わなかったのだろう。
「安心しろよ、お嬢ちゃん。間違っても紅葉寺なんかに教えてやるもんか。それにお前さんはマリさんの客だ」
「アマリリスの魔女の、客……?」
「ご指名ってことさ。舞桜もマリさんの指名があったから、紹介することになった」
「えと……結局、どういうことなんですか? 舞桜さん、アマリリスの魔女と会ってから変わったような気がするとか言ってましたけど」
緋月は剽軽に肩を竦める。
「マリさんと会ったことと舞桜の魔法の変化についてはオレも知らねえ。ただ、マリさんは時折、何人かの魔法使いを指名し、話をする。まあ、どういう話をするのか、オレは知らねえけどな。……ただ、アマリリスの魔女と話せる、ということは魔法使いとして人間性より植物性が上回ってるってことだ」
人間性や植物性といったよくわからない単語が出てきたが、それはつまり、と緋月はまとめた。
「紅葉寺に知れたら、どうなるかわかったもんじゃねえ。アマリリスの魔女に認められるためにどんな手段に出るか……オレはマリさんを守るのと同時に、『紅葉寺を公的に始末』しようと考えている」