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第22話 リスク過多

 姫川の一言に、え、と固まる杉原。

「あ、あの……姫川さん。楠の魔法使いがどんな人かわかってて言ってる?」

「あら、お人好しのあなたと知り合いだから、いい人かと思ったのだけれど」

 杉原は頭を抱えた。姫川は儚のことを知らない。知っていたなら、こんなに軽々しく「楠の魔法使いを紹介してくれ」などと頼むわけがない。

 何が頭痛の種って、儚や門松のようなビジネスライク……つまり金で動く人間というのは、自分の情報管理は徹底しているのだが、「依頼」で、「預かっている」情報に関しては、金を積まれれば積まれた分だけ漏洩に躊躇いがないのだ。

 姫川が「杜若の魔法使いである」という情報は本人が誰にも話したことがないということからわかる通り、最重要機密事項であるといっても過言ではない。

 おそらく、姫川の目的は楠魔法で守ってもらうことなのだろう。だがそれは楠魔法使いに自分が杜若の魔法使いであるという経緯を説明することが前提となる。そうなれば、魔法をビジネスとするくらいの儚のことだ。口止め料を請求されるだろう。姫川は菖蒲の魔法使いと誤魔化していくらかロスト討伐を行っているから、金には困らないだろうが、問題はそこではない。

 姫川が「杜若の魔法使いである」という情報を秘匿するために口止め料を積んだとして、それがどれくらいの料金であろうと、儚は「口止め料以上の料金」を積まれたら、その秘密を話してしまうだろう。そうしたらもう人の口に戸は立てられない。瞬く間に姫川は「杜若の魔法使い」として知れ渡ることになる。一方、儚の懐は暖かくなるだけなので、儚はしれっと金儲けをするわけだ。

「単刀直入に言うと、それは姫川さんにとって、リスクにしかならないよ」

 何故、と問いたげな彼女に楠原儚という人物について説明した。ビジネスライクの人間がどういうものか、という現実を。

 それを聞いた上での姫川の一言。

「要するに、悪い人なの?」

 うーん、と杉原は説明に困った。ビジネスライク……金のために動く人間を悪と断じるのはできないと思う。ビジネスというのは金の動きで成り立っているのだから。

 儚を悪人というのも何か違う気がする。金を積まれた分の情報は守る。びた一文譲ることはないが。金を積まれた分だけ確かに仕事はするのだ。それが後ろ暗い成金からの匿い要請だったりしても、金が積まれればしっかり匿う。ある意味では律儀だ。まあ、それ以上の金を積まれれば簡単に契約放棄するようなやつではあるが。

 それに、儚が金を優先するのには理由がある。それは儚自身の身の保全のためだ。

「姫川さんは、楠魔法のこと、どれくらい知ってるの?」

「え、ええと、自分で決めた対象を守護する能力……というくらいかしら」

「そう、世では『絶対守護』と呼ばれるくらい、絶対的な魔法とされている。だからこそ姫川さんも楠魔法に信頼を置いて、僕に繋ぎを頼むわけだ」

「ええ」

「でも、それは使用対象者に対してのみの効果で、楠魔法使いは自分の身を守るのは難しい」

 楠魔法の「守護」の力は絶対だ。ロストを討伐する力ではないものの、楠魔法が展開された場所はロストの被害を一切受けない。それは昔から伝わる事実だ。

 人を守ることもできる。これも事実だ。だが、楠魔法には使い手にとって厄介な特性がある。特に、「匿う」ということにおいてはかなりのリスクが。

「僕の知り合いの楠魔法使い、楠原儚さんは楠魔法を使うから、ヘビースモーカーなんだ」

「? 喫煙者なのと魔法に何の関係が?」

 楠という樹木は香りが特徴とされ、花言葉も「芳香」となっており、その香りは昔から防虫効果などがあるとされ、親しまれてきた。つまり、虫を退けるほどの独特な香りがあるわけである。

 魔法使いには大まかに二種類の分類があり、多くは「花言葉」が元になった能力だが、中には例外もあり、その植物の「特性」が元になった能力もあるのだ。杉原の杉魔法がそうであるように。

「楠魔法も『特性』が能力に昇華されたタイプの能力なんだけど、花言葉が『芳香』になるくらい、『匂い』に特徴があるんだ。具体的に言うと……『能力使用時、楠魔法使いは楠の独特な香りを纏うことになる』んだ」

 その芳香は煙草を普段から大量に吸ってでもいないと誤魔化しが利かないほど。

「つまり、儚さんがビジネスにして金儲けをする理由は儚さんにもそれなりのリスクがあるから。リスク回避のための煙草も、近頃じゃ禁煙が当たり前だから税金が上がったりしてヘビースモーカーの家計は火の車なんだよ。

 つまりこの話は姫川さんにもリスクがあるし、儚さんにもリスクがあるってこと」

 それを語ると、姫川はうーん、と悩んだ。

「楠魔法にそんなリスクが……」

「魔法発症者は誰もがリスクを抱えてるよ。儚さんの事例はそのうちの一つに過ぎない。姫川さんだって、バレただけで困るでしょ? それと一緒だよ。それにお金が絡むし」

 そう、難しいのはそこだ。

 ビジネスマンにとって、お金を稼げることは商売の全てである。それに、儚だけではなく、門松にも言えることだが、ああいうタイプの事業者は「金の切れ目が縁の切れ目」と考えている節がある。それはリスク回避の意味もあるし、無情なようで、最も信頼のおけるやり方なのだ。

 あくまで、ビジネスマンにとっては、という話である。門松にも儚にも守りたいものは各々にある。それ以外のことには手を煩わせないように、すっぱり後腐れのない手の切り方をしているのだ。

「確かに、継続で契約するとお金が定期的に持っていかれるわね。でも、私の収入は継続して支払うことができるほど安定していないし……なるほど、言いたいことはわかったわ」

「本当? お金稼げばいいとだけ思ってない?」

「え?」

 思っていたらしい。

 今回の話で重要なのは、継続的に支払い続ける経済力ではなく、別なことだ。

「言ったでしょ? 儚さんは『金の切れ目が縁の切れ目』と考える人だって。それに、姫川さんが支払った以上のお金を支払われれば、情報を簡単にリークしてしまう。つまり、ただ払い続けるだけじゃ駄目なんだ」

 収入を重視する儚のような人物は金でものを見る。つまり、より利益の多い方に傾く可能性が高いのだ。

 それに気づいたのか、姫川はさっと顔を青ざめさせた。理解したようだ。

「僕は儚さんのビジネスパートナーっていうわけでもないし、儚さんは譬ビジネスパートナーの知り合いだったとしても、割引なんてしないよ。つまり、僕にできるのは本当に顔を繋ぐだけってこと」

「……そう」

 ようやく全てを理解したらしい姫川が顔を俯かせる。

「私たちがどんなに社会貢献しても、魔法をビジネスとしか考えていない人には無意味なのね」

「それは違うよ」

 杉原はきっぱり告げた。

「ロスト討伐、僕らは善意でやっている。でも、無償でやっているわけではないでしょ? ちゃんとお金をもらっている。善意でやっているつもりでも、それはビジネスになっている。それは世の中がそれくらい『魔法』というものに価値を見出だしているからなんだ。そういう点では、僕らも儚さんとかとさして変わりないと思うよ」

 魔法は病気である。しかも治らない。しかし、天変地異の前に抗う力として、人々は「魔法」という病気を受け入れている。

 そういう世の中に生きているのだから、あまり魔法を持つ身で、後ろ向きに考えるのはよくない。

「わかったわ。もう少し、ちゃんと考えてみる。その上でやはり必要だと考えたときは、また頼むから」

「うん」

 口にしたコーヒーはすっかり冷めきっていた。

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