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第19話 取引

 杉原はしばらく儚と歓談していた。といっても、ほとんど儚が一方的に喋っているだけだ。

「健ちゃん背ぇ伸びた?」

「……一年で一センチだけ」

「おおー」

 背が小さいのは杉原のコンプレックスの一つである。別にいじめられたとか、周りが背高のっぽだらけ、というわけではない。杉原より背が高い身近な人物は舞桜くらいだし、まだ美桜よりは背が高いので、男としてのプライドは保たれている。

 儚が微笑む。

「そろそろ健ちゃんもあたしとおんなじくらいかー。目線が違わないわけだねー」

「ですね」

「よかったね、百六十センチに届きそうで」

「……」

「そういう病気なのは仕方ないけど」

 そう、これは杉魔法の症状の一つなのだ。

 杉魔法にかかった人物は身長が伸びにくいらしい。これは仮説だが、風で自身を動かすことがあるため、身軽な体に整えられているのかもしれないとのこと。よって、体重もさしてなく、小柄なのが杉魔法使いの特徴だと言われている。

 他にも、背が伸びにくい病気というのは存在するが、なんだか杉魔法の症状として捉えると、魔法の代償に身長を奪われた感がある。解せない。他の魔法使いはそういう不便はなさそうだが。

「っていうか、儚さん、ここ、紅葉寺のお膝元ですけど、いいんですか?」

「ん、何のことー?」

「何のことって……」

 儚はかなりのんびりした調子だが、よくないだろう。

 儚は金さえ出せば、誰とでも契約を結ぶビジネスマンだが、紅葉寺家に仕えるとある人物とはとても仲が悪い。こんなところで鉢合わせたらと想像すると怖いのだが……

 儚もすぐ思い当たったようで、あー、とにやけながら言った。

一葉いちようちゃんは別に一葉ちゃんが一方的に嫌ってくるだけだから、あたしはぜーんっぜん、気にしてないよ?」

「そういうところだと思うんです」

 先に、魔法は当初遺伝性のある病気だと思われていたことは話しただろう。そこでとあることで遺伝性でないことが判明したことも。

 儚はその「とあること」に関係する一族の出で、先程から「一葉ちゃん」と呼ばれている人物の一族も大いに関わっている。

 魔法の中でも特に同じ植物の魔法というのは遺伝性が強いのでは、ということが唱えられた。

 しかし、その議論に終止符を打つ出来事が起こった。それが楠魔法である。

 それまで、楠魔法は「楠葉くすのは」という一族にしか生まれなかった。しかし、それが「楠原」という一族に生まれたのだ。名前は似ているが血縁関係のない一族で、これにより、魔法には遺伝性がないという結論が出された。

 学会ではそこでめでたしめでたしになるのだが、問題はその後の楠葉家と楠原家に起こった。

 何故かそれ以来、楠葉家に楠魔法使いが生まれなくなり、代わりに楠原家が楠魔法の代名詞としてその名を轟かせるようになったのだ。

 そこに確執が生まれる。楠魔法は「絶対守護」の能力を持ち、多方面から重用されてきた魔法である。ロストから土地を守ったり、人一人を護衛したり、とロストと戦う力こそないものの、その能力の利便性は魔法使いでない人間にとっても有難いものだった。故に、楠魔法使いである儚も「ビジネス」として魔法を取り扱うことができるわけである。

 が、それはあるときまでは楠葉一族のものだったのだ。楠魔法で成功した楠原一族を楠葉家が妬まないわけがないだろう。

 楠葉家は衰退した、とまではいかないが、特別なところから落ちたことは間違いない。

 それで現在、楠葉家の長である儚と同年代の人物、楠葉一葉は紅葉寺家に仕えて生活しているという。

「んー、別に今鉢合わせたところで、何をする意味もないからなー。一葉ちゃんが突っかかってきたら、面白おかしく丸め返せばいいと思うの」

「本当、そういうところですよ……」

 現代の楠魔法の使い手である儚は魔法をビジネスとして扱い、人をおちょくるのを好む。その性格に振り回されるが故に、一葉に嫌われているのだと思われるが、本人がそれでいいと思っているので質が悪い。

 そんなやりとりをしているうち、付属中から少女が駆けてきた。

「お兄ちゃん!」

 顔に桜を咲かせた異形の少女は、舞桜に飛びつこうとしてやめた。少し悲しげにひそめられた眉を杉原は見逃さなかった。

 何故かは知らないが、この夜長兄妹にも距離がある。舞桜は距離を詰めないし、美桜は距離を詰めるのを躊躇っている様子だ。

 少し暗い雰囲気がその場に漂うが。

「あっらー、もしかして美桜ちゃん? やだー、すっかり大人びちゃってお姉さん見違えたわー。付属中に通ってるのね」

「あ、儚お姉さん?」

 美桜は言われるまでもなく、儚を「お姉さん」とちゃんと呼んだ。とても自然だが、二人の間に血の繋がりはない。

「兄妹揃って見目麗しくなっちゃって! お姉さん嫉妬しちゃうな」

「そんな、儚お姉さんも綺麗なままですよ。それにそのバレッタ可愛いです!」

「やだやだー、そんなに褒められたらお姉さん本気にしちゃうわー」

 女子同士の会話についていけなくなる杉原。

「バレッタは広葉樹モチーフですか」

「おっ、舞桜ちゃんそのとーり! よく四葉のクローバーと間違えられるんだけどね。クローバーとは全然形が違うからね。やっぱりわかる人にはわかるのね」

 それから、儚は舞桜の結い上げている髪の髪飾りを見て、首を傾げる。

「舞桜ちゃんのは桜モチーフに見えるけど……桜草かな?」

「……はい」

 舞桜は桜草の魔法少年だ。使える能力は桜魔法と似ているが、桜とは違う形の花である。

「ふふ、兄妹でお揃いのピアスなんかしちゃって、仲良しなんだから」

「……」

 舞桜が気まずそうに目を逸らす。見ると美桜も明後日の方向を向いていた。照れくさい、というよりはやはり距離を感じる。

「まあ、とりあえず健ちゃん家行きましょ? 久しぶりに美桜ちゃんに会えると思ったから、お姉さんいちご大福買ってきたのよ」

「本当ですか!?」

 いちご大福は美桜の好物である。一気に先程の雰囲気が吹き飛び、きらきらした目で美桜が儚を見る。儚はよしよし、と頭を撫でて続けた。

「それでは健ちゃん家にレッツゴー!!」


 杉原の家に着くとそれはもう大盛上がりだった。

 特に儚と光子が。

「みっちゃんお久しぶりー」

「はーちゃんお久しぶりー! 元気してた? 仕方がないとはいえ、音沙汰ないから心配してたのよ」

「ごめんねえ。あたしも仕事の都合上通信には気をつけなきゃいけなくってさあ」

 儚は人を守る仕事をしている。その仕事で守る人物には様々な事情がある。話してはいけないこと、後ろ暗いこと、様々だ。故に、儚には守秘義務があり、情報を守るために、安易に電話やメールは使えないのだ。

 仕事のために携帯電話は持っているが、プライベートには一切使わない。儚は今の時代の中で数少ない公衆電話使用者だったりする。

「でも久しぶりに元気な姿を見て安心したわぁ。今お茶淹れるわね。もなかあったかしら」

「わーい、みっちゃん気が利くね。そーちゃんはいいお嫁さんを持ったよ」

「……どうも」

 杉原の父、総一そういちが少し照れている。寡黙な父の珍しい一面に杉原は驚きながらも、話を戻した。

「それで、僕の依頼が儚さんに行ったってことはお話はお金のことですね」

「んーん、違うわよ?」

「えっ」

 あっさり否定されて驚く。

 儚は真面目な顔で言い放った。

「これは取引。お金取らない代わりに、しばらく居候させてくれないかしら?」

「え、えええええええええっ!?」

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