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第17話 松魔法

 門松は親子に目を向ける。

「して、杉原よ。またしても厄介事を私に押しつけるつもりみたいだな」

「厄介事って……仕方ないじゃないですか。僕は紅葉寺のお膝元の魔法科高校に入学しちゃったんですから」

 はあ、と門松が溜め息を吐く。親子はついていけないでいる。真子がかろうじて魔法科高校や紅葉寺といった用語がわかる程度だ。

「とりあえずご紹介しますね。こちらは松の魔法使い、門松紀子さんという方です。こう見えて僕らより年上の方なので、あまり失礼のないように。

 門松さん、この二方は真子さんと結ちゃんです。ついさっき、オレンジ色の薔薇の魔法を発症しました」

「ふむ?」

 薔薇、というだけではさして珍しいものでもない。これから「何故」を説明しなければならない。

 杉原は簡単に経緯を説明した。門松は神妙な面持ちでそれを聞く。

 オレンジ色の薔薇の魔法。これが二人で一つの魔法であること。魔法の性質が治癒であること。

「なるほど、それは紅葉寺がどうするかわかったものではないな。お前の手には余る事案だ。……だが、私に頼むというのがどういうことかわかっているんだろうな?」

「もちろん」

 松の魔法使い、門松紀子は変わっている。魔法使いでありながら、自らの魔法を滅多に行使しない。それどころか、魔法使いを募っている紅葉寺とは敵対関係とも言える。

 何より。

「まずは先払いで十万だ。お前が立ち合った鎌鼬との戦闘での報酬は私がこの娘らを匿う代価としてもらおうか」

 この御仁は、金でしか動かない。

 あまりの発言に親子はあんぐりと口を開けていた。魔法使い同士、無償で助け合うものだと思っていたからだ。

 長くないとはいえ、門松との付き合いはそれなりにある。こうなることは杉原も予測済みだった。

「わかりました。それに、その報酬の取り分の一部はその親子のものとも言えます。その親子から取り立てる理由は、これで消えますね?」

 すると、門松はむすっとした表情になる。

「ちゃっかりしたやつめ……」

「取る気だったんですか……」


 門松邸の茶の間は広い割には質素なもので、卓袱台が一つあり、それを囲うようにして四人が座していた。

 茶箪笥があり、門松はお茶を淹れ、各々に配り、茶菓子まで出した。

 遠慮気味に真子が聞く。

「こんな広いお屋敷なのに、お一人でお住まいですの?」

「そんなわけあるか。ただし、魔法使いは雇っておらん。ここは魔法使い門松紀子の屋敷ではなく、ただの屋敷である。そう思わせなければならないからだ。松という木が何を司るかは知っているか?」

 ええと、と真子が悩む傍らで、湯呑みにふーふーと息を吹きかけていた結が、顔を上げる。

「あ、ゆい、聞いたことあるー」

「ほう、どんな話だ?」

「んとね、この国の昔話ー。桜のお姫さまと松のお姫さま、どちらかを選べっていう話があるよね。で、びしゅー? で桜のお姫さまを昔の王様が選んだから、人の命は桜のように儚いものに定まってしまいましたっていうお話。松のお姫さまを選んでいたら、ふろーちょーじゅを得られた云々ー?」

「ほう、その齢にしてよく知っているな」

 それはまあ、有名な神話である。美しい桜の姫と醜い松の姫を表面、つまり美醜だけで選んでしまった結果、浅はかな人間は長く生きられなくなった、という話である。

 補足しておくと、門松の見目は麗しいといって過言ではない。黒曜石のような艶のある長い髪、松の葉の不変を映したような緑の目。容姿は幼いが、言動に見合った威厳を感じる雰囲気。

 まあ、松の姫の見た目が醜い、というのは桜というあっという間に散ってしまう美しい花との対比のための表現だろう。それに、枯山水や盆栽のように、人々は松に美しさを見出だすこともできる。時を経れば誰でも考えが変わるということである。

「いかにも。私が司るのは不老長寿。杉原が言ったと思うが、お前たちより長い時を生きてもこのような幼子の姿であるのは松魔法の性質よ。不変、とも言うな」

 そう、松は花言葉にある通り、不老長寿を司る。松の魔法使いもまた、不老長寿を得る。ただ、それだけではない。

「私は他の者にこの『不老長寿』の性質を与えることができる。魔法花……お前たちが出した薔薇の花のように、私は松毬まつぼっくりを出すことができるのだ」

「まつぼっくりー? おさるさんが食べるやつー?」

 結の無邪気な言動にも表情は揺らがず、門松はただ、そうだ、と頷く。

「ただの松毬ではない。魔法花だからな。不老長寿の力が宿っている」

「魔法花って不思議なお花だね」

 結は無邪気にはらはらと手からオレンジの花びらを出してみせる。

「じゃあ、ゆいたちの魔法花にも、不思議な力があるのー?」

「その可能性はあるな。触れた者を治癒する魔法だからな。杉原の使う杉の葉は見たか?」

「うん、とげとげの葉っぱ! 強そうだった」

「実際強いんだ。まだこいつは力が御せていないようだから、鎌鼬には効かなかったようだが、本当は禁句など使わずとも、鎌鼬ごとき倒せるはずなのだ」

 ぐさっと杉原の胸に刺さる一言が飛んできた。でもまあ、門松の言う通りだ。

 杉魔法は風を操る。そして、鎌鼬は風に属する。風を御す杉魔法使いが鎌鼬を制御できないわけがないのだ。

 杉原は己の未熟さを痛感する。それなら、死んでいってまで台風を鎮めた杏也の方がよほど……

「お兄ちゃん」

「わっ」

 結がいつの間にか、杉原の眼前にいた。杉原はぼーっとしていたので、驚くしかなかった。

「お兄ちゃん元気になぁれ。それ!」

 ぶわっと空間から明るいオレンジの花びらが飛び出し、杉原を包む。きらきらと一つ一つが陽光を返したように煌めいて、美しい。

 確かに、魔法花だ。

 杉原は結の頭を撫でる。

「ありがとう。本当に元気が出てきたみたい」

「うふふっ、お兄ちゃんが悲しいのとか、辛いのとか、ぜーんぶ吹き飛ばしてあげるの! それがゆいのお兄ちゃんへのお礼なの!」

 今度は結が、ぽんぽんと杉原の頭を撫でた。

「お兄ちゃんは頑丈だけど、心までは頑丈じゃないの。心は放っておくと壊れちゃうものなの。だから時々元気にしてあげないとだめなの。心がなかったら、人じゃないの」

 そう語る結の様子を見て、門松がふむ、と頷く。

「確かに、この感性は魔法使いになるのが運命さだめだったのだろう。……ほれ、娘、席に戻れ。どら焼きがあるぞ」

「ゆい、どら焼き好き!」

 席に戻ると個包装されたどら焼きのパッケージを開け、その小さい口をいっぱいに開けてどら焼きを頬張る結。幸せそうで何よりだ。

「まあ、そこの娘の言う通り、杉原、お前が気に病むことではない。鎌鼬は破壊性が強いからな。倒しても、周囲が損壊していたのでは意味がないだろうよ。どうせ頭に着いた血も、同じ風を使うから化け物だとか批判されたのであろう?」

「あえっ」

 門松に会うにあたって、身綺麗にはしたつもりなのだが、行き届いていなかっただろうか。

 慌てる杉原とは対照的に、門松は静かに茶を啜る。うむ、と満足げに頷いて開けた目は、ほんのりと緑の輝きを発していた。

 それを見た杉原が察して、溜め息を吐く。

「『見た』んですか、不変の目で」

「まあな。いい加減慣れろ」

 不変の目。それは変わり続ける人の有り様の変わる前の様子を見ることができるという松魔法の一つだ。

 ただ、歴代の松魔法使いでこれを発現したのは門松が初めてらしい。「初めて」という言葉に研究者は釣られやすい。故に、門松はこうして、一般人を装って生活しているのである。

 そういえば、と黙って様子を見ていた真子が口を開いた。

「先程、お金がどうのと仰っていましたよね? 無償で守ってもらえるとはさすがに虫のよすぎる話とは思っていましたが……十万って……」

「む? 十万で人間二人の命を守ってやるのだ。何か文句があるのか?」

「じ、十万程度……」

 そう、これが門松の特徴である。

 魔法をビジネスにすることによって、この屋敷を保っている。正に屋敷の主。

 けれど、門松は命を軽んじているわけではない。

「勘違いするなよ、娘。私が扱うのは『命』だ。この世でこれ以上に重いものがあると思うてか? 命のために金の一つもかけられないようでは生きてはいられんぞ」

 そう、この発言も命を重んじるからこそ。命が何物にも変えられないものと知っているからこそ、自分の「命を扱う魔法」を高値で取り引きしているのだ。

 杉原はそれを知っている。だから、真子を諌めた。

「十分安いよ。それにまだ手付金だし。潜伏期間が延びるごとにお金も発生する。お家賃みたいなものだと思えば、順当でしょう? それに、守ってもらうのは命というよりか、『居場所がバレないように』だからね」

「でも、それなら私が……」

「見たところただの主婦だろう? 貯金があったとして、長くは続くまい。それに、そこの小僧はロストと戦う魔法使いなだけあって、こう見えて相当稼いでいるからな?」

 そう、ロスト討伐には報酬が発生する。でもなければ、それこそ魔法使いが命を張る意味がない。報告が義務づけられているのは、ロストの出現区域の分布把握もそうだが、報酬を誰に与えるか、でもまた違ってくる。

 幼少よりロストと戦ってきた歴戦の猛者とも言える杉原は実は家の稼ぎ頭だったりするのだ。

「そんなんだから、金の虫とか言われるんですよ? 門松さん」

「どうとでも言え。……ついでに言っておくが、お前たち親子を匿ってほしいという依頼は杉原からのものだ。杉原以外から金を取るほど外道ではない」

 いや、見方によっては杉原の金食い虫に見える外道だが。

 これが門松紀子であった。

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