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第16話 松の魔法使い

 親子二人覚醒。これは前例のないことだ。

 知られたら、紅葉寺にこの親子は連れられていくだろう。研究目的で。

 それは避けたかった。

 ただでさえ、治癒系統の魔法使いは重宝される。汎用性が高いからだ。感謝されることはあっても貶されることはないだろう。

 オレンジの薔薇、というのも珍しかった。薔薇は大抵が赤か青である。現実の種別で青い薔薇は希少とされるが、魔法使いには青薔薇は少なくない。赤薔薇と張り合うほどに。

 他にも薔薇は花言葉が極端でわかりやすいところがあるため、魔法としてもわかりやすいのだ。おそらく魔法科高校の生徒にも薔薇の魔法使いは多いことだろう。魔法花も美しく、見栄えがするから。

 杉原が悔しく思うのは、この親子が魔法を発症してしまったことだ。これは禊に言われたことだが、魔法の素質のある者の傍で魔法を使うと魔法使いとして開花する、というケースが多く見られる。

 あの鎌鼬が「まるで見えているかのように」逃げ回っていた親子は、素質なら充分にあった。そこへ杉原が来たから、覚醒へと至った。

 元々、花開く直前ではあったのだろうが、普通のまま過ごす方が楽なのだ。

「あの……大丈夫ですか? 体がだるかったりは……?」

「ゆい、平気」

「心配してくださってありがとうございます。おかげさまで怪我もありません」

 どうも話が噛み合わない。まあ、仕方のないことだろう。魔法を発症した実感なんて、そうすぐに湧くものではない。

「魔法を発症したのは理解していますか?」

「あら……花びらがたくさん散らばっていると思ったら、そういうことだったんですね」

 結はいつか魔法を発症すると思っていたんです、と答える母。しかし、やはり最も重要な部分は理解していないらしい。

 杉原は姿勢を正して座り、母親に説明した。

「娘さんだけじゃありません。あなたもです。娘さんと二人で一つの魔法に発症したんです」

「え?」

 やはり無意識だったようだ。

 仕方がないので、杉原は服の袖で頭の傷があった部分を拭った。血が取れれば、何故そこから血が流れていたのかわからないくらい綺麗な肌が現れる。母親があっと息を飲み、娘はぱちぱちと拍手をした。

「すごーい。ほんとにお母さんの『痛いの痛いの飛んでいけ』が効いたんだー」

 と、子どもは無邪気に喜ぶが、これは普通のことではない。明らかに礫を受けた場所で、しかも頭だ。そう数分で治る傷ではない。更に言うなら、傷痕も残っていないのだ。

 これを魔法と言わずして、何というのか。母親の方は理解が及んだ様子である。

「でも、どうして……」

 そう思うのも仕方ない。子どもを持つくらいの年齢になってから魔法が発症する例など、ひとつまみほどしかない。原因は不明だが、魔法を発症するのは生まれつきか、二十歳手前までが一般的である。

 更に、同じ魔法を同時発症した、というより、二人で一つの魔法の症状を共有しているように見える。ただでさえ病の遺伝覚醒例がない中での親子での発症。魔法研究を進めている学会が注目しないはずがない。

「あなたたちはとても希少、というよりも、世界初と言っても過言ではないくらいの症例です。病院に行き、役場で魔法使い認定を受けるより先に、身を隠す場所が必要です」

「あの……この魔法って、そんなに危険なものなのですか?」

「魔法そのものは危険ではありません。ただ、事例として希少なため、下手な研究者に当たるとどのような目に遭うかわからないんです」

 そう、厄介なのは研究者という理解しがたい生き物。それに紅葉寺。紅葉寺家は魔法使いのために社会貢献をしているように見えるが、そのために研究と称して数多の魔法使いを犠牲にした、という噂も立っている。

 そういう場所に行きたくなければ、禊たちのように逃げるか、隠れて生活するしかない。

 杉原は魔法業界の説明をさらりと説明した。娘は理解していないようだが、母親の顔がさあっと青ざめたのがわかった。自分が遭うのもそうだが、娘まで危険に遭わせたくはないのだろう。

「でも、隠れると言ったって……一体どこに?」

「一応、宛てならあります。交渉次第になるでしょうが……ついてきてくれますか?」

「はい」

「お出かけするの? わーい」

 無邪気な子どもは無邪気なままでいいだろう、と女の子の認識は無理に変えないことにした。

「あ、まだ名乗っていませんでしたね。僕は杉原って言います。ご覧の通り、魔法科高校の生徒です」

「ご丁寧にどうも。私は真子と申します。こちらは娘の……」

「ゆいはゆいだよ!」

 ちゃんと自己紹介できて偉いね、と結の頭を撫でて、立ち上がる。

 杉原は行こうとしている場所に思いを馳せた。そこにはとても頼りになる人がいる。が、その人はなかなか気難しい。

 交渉次第とは言ったが、口八丁でどうにかなる人物ではないのだ。

 歩いていくと、追跡される可能性があるので、結と真子に手を繋いでもらって、飛ぶことにした。

 ふわり、と風が三人を掬う。先程風の凶刃に遭ったばかりの親子は少しびくりとしたが、あの風と違い、杉原の風には悪意がない。少し温かい心地がして安心する。

 外に出て、体がふわふわ浮き上がると、結がものすごく興奮した。

「すごいすごーい! お母さん、ゆいたち空飛んでるよ? 絵本みたい!!」

 喜んでいただけたようで何より、と思いながら上昇していく。きゃっきゃっと騒いでいる娘とは対照的に、真子は無言で目を丸くしていた。

 まあ、空を飛ぶなんて、結の言った通り絵本の世界の話である。杉原のように魔法でもなければ、空を飛ぶ機会なんてそうそうないだろう。

 杉原は真っ直ぐ目的地へ向かった。


「ふむ、杉原が姿を消したか」

「今回は鎌鼬が相手だったようで、相当苦戦していました。禁句を使ったようですよ」

 魔法科高校生徒会室で明葉は杉原を追わせた玲奈と連絡を取っていた。

「空を飛ぶ能力を持つのは杉魔法くらいですからね。厄介です。あちらもそれをわかっているのでしょう」

「さすが舞桜の知り合いなだけはある。とても入学式でほわほわしていたご夫婦の息子とは思えんな」

「あー……」

 入学式のときのことを思い出し、玲奈が苦々しい表情をしていることだろう、と明葉は苦笑いした。

 玲奈に杉原の追跡を任せたところ、「息子を助けてくれるんですよね!?」「心配なので行ってもいいですか」など、迫りに迫ってきたのが杉原の両親である。あれをいなすのは大変だった。

 何故なら、「助けに行く」のではなかったのだから。

 紅葉寺やそれに連なる者たちは「ロストと戦う能力を持っていない」というコンプレックスを抱えている。魔法使いのほとんどはロストと戦えない。そんな中で魔法発症者の多い家である紅葉寺家は、魔法関連のことで社会貢献をしなければ、自分たちの身も当然ながら、魔法関連で繋がっているところとの縁が断ち切られてしまう。

 法改正をし、教育改革、医療制度を整え、魔法専門学校やら魔法専門病院やらを作り出し、魔法使いたちから尊敬されるほどの成果を出しているのはそういう理由からだ。

 だが、どうもその前のめりすぎる姿勢をよく思わない魔法使いもいるようである。

「明葉さま、おそらく杉原はどこかへ逃げたようです」

「逃げた?」

「現場にオレンジ色の薔薇の花びらが落ちていました。何者かが魔法を発症したのかもしれません。発症者らしき人物が見当たらないので、おそらくではありますが」

「ふむ。我々から遠ざけようとしているように見えるな。オレンジの薔薇は発症例が少ない」

 そして、その状況から明葉はもう一つの推察を導き出した。

「面白い話だ。我々から隠すための宛てがあるということか……」

 やはり杉原は予想以上に、貴重な情報を持っている。

「いつまで隠し通せるかな」

 明葉は金色の瞳を細め、不敵に笑った。


 どれくらい飛んだだろうか。

 オレンジの薔薇の効果が「元気」なだけあって、連れてきた二人の親子はタフで、風に揺られながら楽しそうに話している。

 杉原は下を見て、目的地を確認した。

「そろそろ降りますよ」

「えー、ゆいもっと飛びたい!」

「それはお世話になる人にご挨拶が終わってから」

「ご挨拶は大事だもの。ね、結」

「はーい。きちんとご挨拶します」

「いい子だね」

 こんな素直な子なら、あの人も受け入れてくれるかな、と杉原は少し胸の荷を軽くした。

 降りていくとそこには立派な松が何本も生えたお屋敷が建っていた。和風の豪邸である。こんな立派なところに連れて来られると思っていなかった親子はびっくりして息を飲んだ。

「久しぶりだな……」

 杉原も緊張していた。ここの家主は本当に気難しいので、気を張っていかなければならない。この親子のためにも。

 門を叩くと、きい、と扉が開き、奥に松の描かれた黒い着物をまとった少女が威風堂々と立っていた。

「お久しぶりです。門松さん」

「久しいな。杉の」

 親しげな声がけなのに、空気が緊張する。

 幼い容姿ながら、立派な着物に負けない雰囲気を放つこの少女こそ、屋敷の主にして、松の魔法少女である門松かどまつ紀子きこであった。

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