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第14話 紅葉寺の目的

 さて、呼び出されたから行かなくてはならない、というわけではないのだが、まだクラスに馴染んでいないため、話す相手もいない。入学式に途中退席して一人でロストを伸してきたというのも近寄りがたい一因になっているようだ。

 銀杏の魔法使いや桜の魔法使いが身近にいたものだから、ロストに立ち向かえる魔法使いというのが少ないということを完全に失念していた。まあ、これからもロスト討伐は積極的に行っていくつもりだから、こればかりは慣れてほしい。

 後からついてきたはずの玲奈に関しては「自分が行ったときには終わっていた」と証言しており、それが更に杉原への近寄りがたさに拍車をかけた。別に恨みはしないが、どういう目的かはわからない。

 桜、銀杏、杉の他にもロストに対応できる魔法はあるが、魔法のごく一部でしかないらしい。他の魔法のほとんどはそんなヒロイックな力でもなく、何のためにあるのかもよくわからない力だったりする。この学校があるのはその能力の生かし方を発見するためと言われている。

 まあ、普通学科の授業もあるので、普通の学校と変わりないように感じた。高校デビューするつもりもなかったが、ファーストインプレッションを見誤ったという気持ちはある。

 まさかあの先輩はそれを目論んで? などと考えるが、ロストが出るタイミングなど誰にもわからない。不幸な偶然が重なってしまっただけだろう。

 生徒会室は二階だったな、と思いながら、階段を降りていく。正直、気は進まない。玲奈を使って記憶を奪った裏側にいるのは明葉だ、と舞桜から聞いているから。聞くからに厄介そうなことにわざわざ首を突っ込みたいやつがいてたまるか、という話である。

 一般の魔法使い生徒からすると、「憧れの紅葉寺先輩」というのが明葉の像なのだろうが。

 まあ、明葉にも出会ったばかりだ。快くないことをされたからといって、安易に悪人だと決めつけるのもよくない。紅葉寺家に後ろ暗い噂があるという事実は変えられないが。

 はて、話とは一体なんだろう。入学式での一件を謝りたいというのなら、もっと早くに玲奈と一緒に土下座でもしてもらいたかったのだが。どうも朝の様子からすると、そういうわけではなさそうだ。別の話だろう。だとすると話題の候補がないのだが。

 ああだこうだと考えても仕方ない。とにかく話してみるしかあるまい、とこんこん、と生徒会室の扉を叩いた。

「入りたまえ」

 なんとも偉そうな声が返ってきた。生徒会長だし、紅葉寺家の息女なのだから、偉くはあるのだろうけれど。

 中に入れば小綺麗な部屋だった。会長用の机があり、その前に四つくらいの机と椅子が塊になって向き合わされていた。ここで簡素な会議やらするのだろう。

 生徒会長の机の方に目をやり、なんだか拍子抜けした気分になった。明葉がメロンパンを食べていたのだ。良家のお嬢様の昼餉が菓子パンとは嘆かわしい。

 そんな杉原の視線に気づいたのか、明葉の顔が不満に染まる。

「なんだ、その可哀想な生き物を見る目は?」

 実際可哀想な生き物を見ている気分だったので、否定せずにいたところ、少しは否定しろとの仰せである。とはいえ、自分に嘘は吐けない。

「先輩、まさか昼ごはんそれだけですか?」

「そんなわけあるか。ちゃんと弁当食ったわ」

「じゃあ、そのメロンパンは?」

「デザートだ」

 杉原は若干引いた。堅煎餅が好物の杉原でも、堅煎餅をデザートだと言い張って食後に食べたりはしない。

「太りますよ?」

 メロンパンにメロンは入っておらず、大量のバターと砂糖を使用したクッキー生地の表面がざくざくしている菓子パン界のカロリーモンスターである。

「案外デリカシーがないな、君は。好物を食べて何が悪い?」

「毎日食べてるんじゃなきゃいいですけど」

「ぐぬ」

 これは毎日食べている反応である。ともすれば毎食食べているのかもしれない。

 今のところ、明葉の体型は正常だ。普通の女子より胸部が少し膨らんでいるかな、くらいの認識で大丈夫だろう。この毎日メロンパンが数年後彼女をダイナマイトボディにする分にはどうでもいいが、全身がまんべんなく成長したらと考えるとやはり哀れである。

「というか、メロンパン好きなら、購買で売ってるような市販品よりもっと色々あるでしょうに」

「お前が何をどう思ってそういう発言をしているのかはわからないが、この学校に通っている限り、私は一般の高校生とさして変わりないし、家が紅葉寺という有名どころだからといって極端に裕福なわけでもないからな?」

 一般の高校生と変わらないという部分はおそらく志すところであろうから何も言わなかったが、続いた一言を意外に思った。

「え、紅葉寺家ってお金持ち的な感じではないんですか?」

「政治や教育改革などで活躍したから勘違いされているが、家計はわりと火の車だぞ。大きい屋敷に住んでいるが、車は普通乗用車一台しかない。間違ってリムジンなど買おうものならどれだけの借金まみれになるか想像もつかん」

 聞けば、このお嬢様も杉原と同じく徒歩登校なのだそうだ。寮生活が望ましいが、寮に入るほどの金がないという。名家と言われる紅葉寺家の意外な実態を知ることとなった。

「謂わばこのメロンパンは数少ない贅沢品ということだよ。休日はパン屋に行ったりするがな」

 メロンパンが贅沢品か。戦前だろうか。

「とまあ、私の趣味嗜好の話はどうでもいい。時間がないから手短に話すぞ」

「えー」

「えー、じゃない。これでも忙しいんだからな」

 メロンパンの最後の一口を放り込み、咀嚼すると、明葉は宣言通り、単刀直入に告げた。

「杉原健、魔法使い探しに協力してくれないか?」

「どういうことですか?」

 魔法使い探し……おそらく、紅葉寺家は大義名分として、この学校に招くために魔法使いを探している。ただ、ロスト討伐を行っている者以外は魔法使いだと公に明らかになることが少ないため、確かに探すのは難しいだろう。

 だが、それを杉原に頼む意味がわからない。

「悪いが、玲奈が取った記憶を見させてもらった。銀杏の魔法少年と知り合いだったそうだな」

「……何のことやら」

「舞桜のつてを使って記憶を取り戻したと思ったのだが……そうだな……」

 少し考えてから、不敵な笑みにその黄金色の目を煌めかせて杉原に尋ねる。

「橘禊は元気だったかね?」

 咄嗟にぴくりと反応するのを止められなかった。それを鋭く見抜いた明葉が、やはりな、と笑う。

「橘は以前、この学校の付属中にいたが、何を思ったか、突然自主退学してしまったのだ。以来、行方知れず。舞桜と連絡を取り合っている様子はあるのだが、私にはさっぱりでな。困ったものだよ」

 剽軽な様子で肩を竦める明葉。白々しい、と思いながら、溜め息を吐いた。

「だからって、なんで僕が協力しなきゃならないんです?」

「君が有望だからだよ」

「答えになっていませんね。本当は違うでしょう?」

 杉原は軽く苛立ちながら告げた。

「あなたは僕を駒にしたいだけだ。希少と言われる銀杏の魔法使いと知り合いだったから他にも希少な魔法使いと出会うかもしれない。そういうくじ引きのときの運として利用したいだけでしょう」

「随分な言われようだ。私はそこまで君に嫌われるようなことをした覚えはないよ」

「舞桜さんと美桜ちゃんを連れ去ったじゃないですか。それに入学式のときに勿忘草の魔法で記憶を奪われたこと、これでも怒ってるんですからね」

 じと、と明葉を睨む杉原。

 先日玲奈が杉原から記憶を奪ったことに関して関与しているのは先程自白した。「悪いが、玲奈が取った記憶を見させてもらった」と。それは玲奈に勿忘草の魔法を使わせて記憶を奪わせた裏で糸を引いていたのが明葉である、と暗に示している。

 大切な記憶を奪われたのだから、怒らないわけがない。対策をしていなければ、他の記憶だって奪われていた可能性がある。

「はあ。君が銀杏の魔法少年と共に戦っていたことは役場の記録からもわかる。こないだのは確認だよ」

「直接聞けばよかったじゃないですか。僕が嘘を吐くとでも?」

「舞桜にあることないこと吹き込まれているかもしれないからな」

「あることないこと吹き込まれるような疚しい行動をしているからそういう判断になるんですよ」

 疚しさがなければ素直に杉原に聞けばいいだけの話だ。実際、そうされたなら、舞桜から教えられたことがあったとしても、明葉のことくらいは信じられた。

 けれど明葉はそうしなかった。これで疑いが確信に変わってしまう。

「はあ……舞桜が疑り深いから、少し心配だったのだが……残念ながら懸念通りになったようだな」

「疚しい心があるからですよ」

 にっこり笑った杉原だったが後ろに気配を感じた。

 振り向くと、勿忘草の花紋の現れた手を杉原に翳す玲奈の姿が。

 杉原は呆れた。

「二度も同じ手を食うもんですか」

「きゃっ」

 杉原が魔法を使ったわけではないが、透明な緑色の壁に玲奈が弾かれる。明葉が予想外であったのだろう、「何!?」と驚いていた。

「対策してないと思ってたんですか? 僕はそこまで間抜けじゃありませんよ。ついでに言うと、今のであなたたちの信用は完全に地に落ちました」

 杉原は身軽に生徒会長用の机を飛び越え、窓を開ける。

「悪いですが、急用なので、退席させていただきますね。もう話す必要もないようですし」

 頭にずきんと痛みが走るのを表情に出さないようにしながら告げる。強くはないが、ロストが出たのだ。

「ごきげんよう」


 杉原が窓から飛び降りてから、彼方へ飛び去っていくのを見て、すかさず玲奈が明葉に駆け寄る。

「追いかけますか?」

「いいよ。どうせロスト討伐では役に立てないからな」

 からから、と窓を閉めてから、ふう、と溜め息を吐き、明葉はくつくつと笑った。それを不思議そうに玲奈が見つめる。

「明葉さま?」

「ふふふ、これは面白いことになりそうだ! 私に対してあそこまで肝が据わっているのも他は夜長兄妹くらいなものではないか」

 玲奈が眉根を寄せる。

「私としては明葉さまに不遜な態度を取る輩は許せません。自分が何故魔法使いでありながら一般人と同じように生活できているかの有り難みをまるでわかっていない」

「ふふふ、有難がられても実はあまり嬉しくないのだ。神や仏じゃあるまいし。私が感動しているのは、予想通り、杉原健が希少な魔法使いについて何か知っていそうなことだよ」

 玲奈がきょとんとする。

「そのような発言、ございましたでしょうか?」

「暗にそう言っているようなものだ。玲奈の能力にあそこまで完璧に対策しているのだ。よほど知られたくない情報があると見て間違いないだろう」

「なるほど、さすが明葉さま」

 まあ、勿忘草と相反する能力である橘の魔法を受けたこともあるだろうが、杉原は自分で対策したと公言している。銀杏の魔法少年以外にも隠し玉がありそうだ。

「玲奈、引き続き、杉原健の監視をよろしく頼む」

「かしこまりました」

 明葉には、計画があるのだ。それは紅葉寺家の今後にも大きく左右するであろう話。

 上に立つ者は常に大局を見て、二手三手先まで読んで行動するものなのだ。

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