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第6話 紅葉寺先輩

 四月。

 桜がまだ、咲き残っている。

 そんな日に私立魔法科高等学校の入学式は執り行われた。

 杉原はかなり気まずく感じていた。

 というのも元来、この魔法科高校というのは魔法使いの式典である。「入学式」と銘打っている以上、保護者が祝いに来てもいいのだが、魔法は遺伝性の病気ではないため、親は必然的に一般人となる。そんな一般人が魔法使いの一団に入るというのは息子娘の式典と言えど、気が引けるもの、のはずなのだが……

「よっ、やっぱりうちの健ちゃんは可愛いねぇ! ほら、お父さん写真写真」

 ぱしゃぱしゃぱしゃ、と切られるシャッター音。そこには騒がしい親バカと寡黙な親バカが存在するのであった。式典でなければ頭を抱えて呻きたいところである。

 そう、杉原の両親は親バカであった。「目に入れても痛くない」という例えがあるが、この人たちは入れろと言ったら本当に入れそうで怖い、というくらいに。

 こんな騒がしいのを注意しない魔法科高校側もどうかしている。まあ、問題にならないのならそれに越したことはない。

 ただ、ちら、ちら、と視線が自分に刺さるのを感じて、杉原は元々そんなに大きくもない体を縮めた。恥ずかしいったらありゃしない。

 その上、この後新入生代表の言葉なるものを言わなければならないことになっており、より一層親の興奮が高まるわけだ。今から逃げてもいいだろうか。

 新入生、というか全校生徒数がさして多いわけではなく、クラスは一学年二クラス。杉原は一組になった。

 こういうので新入生代表といったら、あいうえお順だと思うのだが……希少な杉の魔法少年にお願いしたいと紅葉寺理事長から打診があったため、こうなっている。顔も知らない学校のお偉いさんの申し出を断る理由もなかったため、気を揉みながら、軋むパイプ椅子に座って、呼ばれるそのときを今か今かと待っている。頼むから秒で終わってほしい。

 杉原は目立つことが嫌いなわけではない。けれど、好きか嫌いかで言うならどちらでもないのだ。中学校以前から、杉原は生粋の魔法少年だったため、周囲から浮いてしまうのは仕方のないことだった。杉原自身も、自分はみんなとは違うということを自覚していたから、さしたる問題ではなかったのだ。

 ただ、こういう式典で壇上に立つ、というのは今までなかった。成績は可もなく不可もなくといった感じで、普遍的な趣味も特になく、壇上に上がって賞状をもらうなんて、小学校と中学校の卒業式くらいしかなかった。壇上に上がって喋るなんてしたことはなかった。

 さして緊張はしていない。杉原は壇上に立つこと自体には抵抗がないのだ。では何が問題かというと、無言でぱしゃぱしゃ写真を撮る親バカである。杉原の父なわけだが、無言な分質が悪いというか。あと、母が先のように騒ぎ立てたときに「お母さん静かにして!」などと叫んでしまわないか、不安だったのである。人数は少ないとはいえ、腹切りレベルの恥さらしである。

 鬱屈とした思いで式典が進んでいくのを待っていると、壇上に見知った顔が上がった。会ったのは学校見学のとき一回きりだが、あの印象的な鮮やかな赤髪は忘れようもない。背筋をぴんと正し、高く括られたポニーテールを揺らして壇上に上がったのは紅葉寺明葉だ。舞桜と同い年だから、紅葉寺先輩と呼ばなければならないのだな、とぼんやり思った。

 どうやら、明葉はこの学校の生徒会長のようで、そのためで挨拶しているらしかった。

「今日、この魔法科高等学校に新しい面々を迎えるのに、善き日和となったことを嬉しく思います。我々魔法使いは樹木草花を司るもの。恵みの雨もなくてはなりませんが、やはり太陽の下が最も咲き誇れるというものでしょう」

 さすがはお偉いさんの家の子なだけはあって、こういう演説は上手い。目付きは鋭いが笑えば気にならないし、舞桜とは違った部類であるから美人であるのには変わりないだろう。人望もあるのだろうな、と杉原は眺めていた。

「今年も本校に新たな仲間を迎え入れられ、彼らとこれから交流していくのが私は今から楽しみです。

 新入生の皆さん、以前の学校にもそれぞれ思い入れがあったりするでしょうが、この学校は他者との違いを異端視されず、自由に過ごすことができます。また、特別カリキュラムとして魔法制御の授業もありますから、魔法を疎んできた人も魔法を使わなくて済むようになるでしょう。

 この学舎でのびのびと皆さんが過ごせるよう、先輩としても生徒会長としても尽力していく所存です」

 政治家の演説かな、と半ばつまらなさそうに杉原は聞き流すが、新入生の中には聞き入っている者、見入っている者もいた。明葉が放つカリスマに惹かれている者が既にいるらしい。

 少し気になってちら、と後方を見やる。同じクラスとなった姫川は男女に分けられたため、斜め後方の椅子に座っているのだが、姫川は姫川で異様だった。

 背筋をぴん、と伸ばし、背もたれに背もたれの役割を果たさせていない。両手は膝の上でふわりと重ねられ、お手本のような座り方をしている。

 また、黒紫の髪は相変わらず艶やかで、背中の中心辺りまで伸びており、姫川の美しさの一つとなっている。が、刮目すべきはその髪が一糸も乱れることなく、微動だにしていないことである。よく見れば瞬き一つしていない。これではまるで人形だ。それが姫川の美麗さに拍車をかけているわけだが。

 すごいな、と思う。もう高校生ではあるが、杉原はこういう式典が退屈で退屈で仕方がない。風の力で延々と同じ場所にふよふよ浮いているのは気にならないのだが、こう、席に縛りつけられている感じがなんとも言えず居心地が悪い。

 などと言っているうちに明葉の演説が終わった。生徒会長挨拶が終わったということは、次が新入生代表挨拶だ。比較的楽観視していたが、直前になると緊張する。

「新入生代表挨拶。新入生代表、一年一組、杉原健」

「はい」

 少し緊張した返事になってしまった。まあ、声がひっくり返らなかっただけいいだろう。

「おっ、健~、頑張れ~。お母さん応援してるぞ~」

 歩き始めたところで親バカ一号の声が聞こえて気が抜ける。恥ずかしいし軽く殺意が湧いたが、緊張は抜けた。より目立ってしまったが、それはまあ、別にいい。

 ざわざわ、と生徒たちの間でひそひそと話す声が何ヵ所かから聞こえてくる。「あれが杉の」とか「男の子か、珍しい」云々。母の声があってもなくても、自分はなんだかんだ注目されているらしい。

 不本意なので溜め息を吐こうと思ったが、なんとか飲み込み、壇上に立つ。そこで本日もいい日和で僕たち新入生を歓迎するように桜が、と決まり文句のような前置きを語りかけたときだ。

 ずきん、と頭を刺し貫くような痛みと、マイクのハウリングよりもひどい耳鳴りがした。ひどく近くにロストが発生したらしい。ともすれば目眩でもして倒れそうだ。けれど、杉原は迷いなく魔法を発動した。

「すみません、近くでロストが発生しました。僕は魔法を精進し、ロストが少しでも減るように努力していきたいと思います。それでは!」

 もはや言い捨てて、杉原は壇上から飛び立った。開きっぱなしの出入口から飛び出て、気配のする方へ向かう。

 そんな杉原に呆気にとられていた会場だが、いち早く動いたのは明葉だった。一年生の中から、青髪の少女を呼び出す。

「玲奈」

「かしこまりました」

「っ、待て」

 舞桜が追おうとするが、彼も杉原と同じ症状に見舞われているらしく、すぐに追いかけることはできなかった。

 明葉は司会進行の教師からマイクを受け取り、手短に現状を伝えた。

「先程、杉原くんが述べた通り、近くでロストが発生した模様です。対処が完了するまで、魔法使い以外は外に出ないようにお願いします。繰り返します……」

 手慣れていた。こういうハプニングも魔法使いをやっていれば日常茶飯事なのだろう。

 といっても、杉原のようにロストと戦える魔法使いは少ない。かくいう明葉も魔法使いではあるが、ロストに対抗する力を持つわけではない。

 実は、明葉が向かわせた少女も。

 何か企んでやがる、と舞桜は舌打ちをしながらも、ひどくなるばかりの頭痛に動けずにいた。


 杉原が辿り着いた現場は風が渦を巻いて吹いていた。しかしそれはロストの自然災害、という印象よりも、散りゆく桜の美しさを際立てていた。

 桜吹雪が渦を巻いて天に昇っていく光景。それは幻想的であった。

 が、杉原はそれに見惚れるような愚は犯さなかった。というよりむしろ怒りを露にしていた。

「花を、桜を散らすなぁぁぁぁぁぁっ!!」

 渦巻く風を自分の制御下に置いて桜が散るのを収めようとする。しかし、怒りという感情のぶれが魔法の制御にまで影響をもたらし、なかなか風を鎮めさせることができない。

 これが桜ではなく、他の花だったなら、杉原もここまで憤ることはなかったのだ。

 ……美桜のあの姿を見てしまった後だと、桜と美桜を重ねずにはいられない。

 だから、桜を傷つけるロストが許せなかった。

 ロストには杉の風を操る力、桜の浄化の力、銀杏の鎮魂の力が有効とされている。

 だから、杉原がやらねばならなかった。美桜に負担をかけるわけにはいかない、と。

 銀杏の魔法使いは、杉原の目の前で死んだから。

 様々な記憶がフラッシュバックする。

 鎮魂を使う銀杏の魔法花に侵された少年。銀杏の木の根が身体中に張り巡らされ、どん、と土に押し潰された瞬間。声もなく友が命を失った、あのとき。

 何故今そんなことを思い出すのか。気が狂っては魔法の制御が……ロストを止められなくなる。

 涙で視界が滲み、頭がぼんやりとしてくる。風が次第に和らいできたような気がした。よかった、ロストを抑えられたんだ、と安堵したところで、杉原は気を失った。自分を包む、優しい体温に身を委ねた。

 気を失った杉原を支えていたのは、美桜だった。途中からいたのだが、錯乱して自分が見えていない様子の杉原を落ち着かせようと抱きしめたのだ。

 美桜は普段は穏やかな菖蒲色の目に怒気を宿し、杉原の向こう側で、杉原の背中に手を翳していた青髪の少女を見る。少女の掌には勿忘草の花紋。

「……どういうつもりですか」

「明葉さまの命だからやったまでです。中学の方の入学式は終わっていますし、あなたが来ることは想定済みでしたよ。さすが明葉さま」

「何故、健くんを泣かせたの?」

 すると少女は首を傾げる。

「泣く? おかしいですね。あたしはその人から辛い記憶を忘れさせてあげたんですよ?」

 美桜は目を見開き、それから真顔で少女に告げた。

「それでは紅葉寺さんに言伝てを。ロストは処理しました。入学式を再開してください」

「かしこまりました。桜の魔法少女さま」

 青髪の少女が去るのを見送ってから、美桜は杉原を抱きしめた。

「健くん。どうか、どうか、あの人たちに負けないで……」

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