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第4話 桜の魔法少女

「なんで四階からなんですか?」

「ん、上から下に行った方がいいと思ってな」

 なるほど。確かに上から順番に下がっていけば、自然な流れで杉原と姫川は帰ることができる。明葉と再び鉢合わせないという目的もあるのだろうが、その気遣いに感謝した。

 姫川も杉原と会ったときより顔が綻んでいる。リラックスできているのだろう。

 杉原は舞桜さんが変わっていないな、というのと舞桜さんを選んでよかったな、という二つの安堵で心を温かくしていた。

 舞桜にも言われたことだが、杉原はずれている。だから、杉原が「普通」だと思っていてもそうじゃない場合が多い。比べて、舞桜は見ての通り、「普通」に感覚の近い人物だ。世話好きなのもあって、一緒にいるだけで安心感がある。

 まあ、舞桜が四階から案内したのには別の理由もあって、四階には特別教室くらいしかないのだ。

 魔法使いはまだ一般的というには認識が浸透していない部分があるし、魔法という病気の罹患者自体が少ない。となると自然と魔法科高校の生徒数も少なくなるわけである。故にさして教室の数は少ない。

「美術室に音楽室、本当、普通の学校と変わらないですね」

「まあ、魔法特例が許される学校っていうだけで、他は普通の学生と変わらないよ。……それにどんな樹木草花の魔法使いかによって、病気の侵攻度が変わるしな」

「侵攻度、ですか?」

 どうやら姫川は知らないらしい。この「魔法」という病気が「不治の病」とされる理由を。

「魔法は正真正銘病気なんだ。大抵は年が経つにつれ自然治癒するらしいが、そういうやつばかりじゃない。……桜の魔法少女のことは聞いたことがあるか?」

 桜の魔法少女、と発するのを、舞桜は少し躊躇った。無理もないだろう。杉原は知っているからこそ、顔を翳らせた。少し長い前髪で顔半分が隠れたように、暗く。

 姫川はといえば、ちんぷんかんぷんといった様子で首を傾げている。

「……『桜の木の下には死体が埋まっている』」

 突然杉原が口にした文句に、姫川の疑問は深まるばかりだ。

 杉原は顔を曇らせたまま、続けた。

「迷信として有名だけど、魔法使いが現れてからは、迷信じゃなくなった。……桜の魔法少女はね、魔法使いとして才能に長けている分、魔法……魔法花まほうばなによる侵攻が早いんだ」

 魔法花。それは魔法が使える者の中でも魔法使いとして手練れの者だけが生み出せる司る花の花弁だったり、木の葉だったりする。魔法花を生み出せるほどになれば、魔法使いとしてかなり高位の存在といっていいだろう。

 だが、魔法花の使いすぎにはデメリットがある。魔法花に体が侵食されていくということだ。しかも桜の魔法少女は魔法少女として覚醒したその瞬間から、魔法花に侵される。

 その侵攻は魔法を使わなくても止めることができず、やがて魔法花に押し潰されて死んでしまうという。

 魔法花の侵攻を止める方法は今のところ見出だされていない。故に、魔法は完治できない病とされているのである。

 説明を一通り聞くと、姫川は顔面を蒼白にした。

「まさか、桜の木の下にある死体って……」

「そう、魔法花に押し潰されて死んだ、桜の魔法少女の亡骸だよ」

 故に、桜の魔法少女の死体は火葬することができない。桜の木の下を掘るのは、墓荒らしのようなものだ。

「まあ、桜以外にも、魔法花に侵攻される魔法使いはいる。そういった魔法使いが体に異変を感じたとき、すぐ対処できるようにここの教師たちは訓練されているってわけ。まあ、桜ほど重症になることは少ないから、病院の魔法科に運んだり、保健室に運んだりするだけだけどな」

「でも、一刻を争うことだってあるから……普通の科にいるよりはこの学校にいた方が安全だとは思うよ」

 語らいながら、三階に戻る。三階には通常教室が並んでおり、一年から二年までのクラスがある。

「クラス分けはわりと適当だから、どうなるかわかんないぞ。楽しみにしときな」

 暗い話から一転、きちんと見学に切り替えてくれる辺り、やはり舞桜は親切である。ついでに舞桜の教室を見せてもらった。

 放課後であるのに教室は賑わっている。

「昼休みや放課後は授業の話とかじゃなくて、自分の魔法の悩み相談やら自慢やらで賑わっている。お前らみたいにロストと面と向かって戦う、なんて派手な行動をできる魔法使いは意外と少ないんだ。だからこういう同じ人種がいる場所でしか語らい合えないってのもあるんだろうな」

 なるほど。まあ、中にはロストとの戦いの苦労話もあったりするのだろうが。

 次は二階だ。二階には職員室、校長室、理事長室、先程明葉が向かった生徒会室などがある。

「ここは困り事のときに立ち寄る階みたいになっているかな。勉強の相談でもいいし、魔法についての悩みでもいい。生徒会なんかもより魔法使いたちが過ごしやすくなるようなアイディア募集中、とか言ってたな」

「そういえば、イベントとかはあるんですか?」

 学校行事があるかどうかはここまで聞いていると気になるところだ。

「もちろん。ただ、スポーツ系はあまりやらないな。体が弱いやつもいるし。その代わり、文化祭とかは盛り上がるぞ。卒業式も魔法花出せるやつらがリアル花道作ったりして華々しいな」

 おお、そういう卒業式は見てみたい。

「といっても、僕が出せるの杉の葉っぱだからなぁ……」

「なぁに、参加するだけでも楽しいぜ」

「ところで夜長さんは魔法花を出せるんですか?」

 姫川の質問にいい目のつけどころだ、と舞桜は語る。

「魔法花って樹木の方が多いイメージがあるが、草花でも魔法花を出せるやつはいる。俺もそうだ。ちっちゃい花だけどな」

「その、侵攻とかは……?」

「樹木系統に比べると少ないぞ。草花魔法花の侵食で人が死んだ例は今のところないらしい」

 ほっと胸を撫で下ろす姫川。力を使い続ければいずれ魔法花を開花させることもあろう不安から考えたら、当然だ。

 魔法使いたちは、本当にいつ死ぬかわからない。一般人より意味不明な死に方をする可能性が多いのだ。

 死亡理由、原因不明、と書かれるのもいい気はしない。

「さっき気をつけろと言ったが、明葉はこの学校の理事長関係者であるが故に、生徒会でも重鎮とされている。関わりたくなければ、あまり生徒会室には近づかない方がいいな」

「肝に銘じておきます」

 よほどバレるのが嫌なのだろう。姫川は即答だった。

 そこから降りて一階の散策をすることになる。

 一階は他の階に比べると廊下が広いような気がした。事務所のところだけ出っ張っているようだ。

「この階は事務所以外はなーんもないんだ。まあ、何もないというのは不適切かもしれないけど、昇降口とか生徒が行き来するのに支障がないように廊下を広く取ったんだと」

「え、じゃあ保健室や図書室は?」

 そう、図書室はともかく、保健室はないと困るのではないだろうか。魔法は病気なのである。具合悪くなる生徒だっているだろう。

「魔法が病気だからこそ、この学校では保健室が重要視されていないんだ。保健室で治療できるものでもないし、魔法によって起こる異常事態には養護教諭じゃ対応できない」

 確かにそれはそうだが。

「まあ、通常の怪我を治療するために体育館方面に保健室が設けられてるよ。図書室は図書棟っていうのがあってな。現在まだ在庫が整ってないんだ」

 考えてみれば、魔法科高校はまだできたばかりである。といっても十年近くは経つはずだが……魔法に関する資料などを集めていたらきりがないのはわかる。

「図書棟か。図書室で一つの建物になってるとかいいなー」

「健は読書好きだったか」

「んー、好きと叫べるほどじゃないけどね」

「あと、図書棟が一つの建物になってるのは中学のやつらも使うからだな」

 聞くと、中学も高校も同じ魔法科であるから、必要な蔵書が大幅に被るそうだ。お金があんまりある学校でもないため、それならいっそ一括にしてしまおう、と中高統一の図書棟を作ったらしい。

「もちろん、重めの内容でR指定……十五くらいが入るやつは階を別にすることで対処してるみたいだが」

 それなら、図書室が二階建て以上でも納得が行く。

 きっと紅葉寺の人は頭が回る人が多いんだろうなぁ、と説明を聞いていて杉原は感じた。

 ところで、と舞桜はブレザー姿の姫川を見る。

「ここの入学生なら、もう制服は届いているはずだけど、姫川さんはまだ着ないんだな」

「ああ、……学校にいると浮きますし」

 魔法科高校の制服というのがシンプルなもので、今杉原や舞桜が着ているようなカーディガンにズボン、もしくはスカートというスタイルなのだ。一応ブレザーもあるが、魔法花の侵食で着られない者や魔法の性質上、体温管理が難しくなる者もいるので、こういったスタイルになっている。

 確かに、普通の学校でこの格好は浮く。杉原も卒業式は学校の制服を着ろと言われた。

「ま、周りから浮くのはしんどいもんな。ただでさえ俺たち魔法使いは浮くし」

 舞桜の言う通りである。杉原の学校は杉原の魔法を個性として受け入れてくれているが、どこも全部そうというわけではない。杉原が幸いだっただけだ。

「ただ、菖蒲の髪にこの学校のカーディガンは似合うだろうなぁ、とは思う」

「うわぁ、女殺し」

 舞桜は冗談のつもりで言ったのかもしれないが、姫川は真剣に悩み始めてしまった。それに対して杉原がさらっと突っ込む。

 舞桜は昔からこういうところがあるのだ。目付きは悪いが美人なのでもてることもてること。何人がこの人のために涙を流したのだろうか、としみじみ思う。

 だが、舞桜の言う通り、黒紫の髪が艶やかな姫川に青紫のカーディガンは似合うことだろう。スカートは臙脂色だというから、なかなかバランスが取れているのではないだろうか。

「夜長さんはファッションセンスもあるんですね」

「そうかぁ? 適当だけどなぁ」

「その編み込みだって、毎日大変でしょうに」

「慣れだよ慣れ」

 姫川が舞桜の女子力の高い発言に衝撃を受けている。確認しておこう。夜長舞桜は男である。

 まあ、昔から舞桜はこんな感じだった、と思い返して杉原は苦笑いする。舞桜は元々、女の子として育てられていたのだから仕方ない。

 とりあえず、と舞桜が話題を戻し、図書棟に行くことになった。図書棟は中学生も使うので、中学との境に建っている。

「なかなか大きいですね」

「まあ、一般著書もあるし、専門書とかも多く所蔵してるらしいからな」

 学校と同じ四階建てである。細長い感じではあるが、お金がないという割にはしっかりした造りだ。

「で、入り口がカウンターになってる。ここで本の貸し出しと返却の手続きをするんだな。一階は辞典やエッセイ、新本が多いかな。あと、ハードカバーとか重そうなやつは大体一階」

「運びにくいから?」

「あとは管理のしやすさだろうな。普通の学校もそうだと思うが、辞書の貸し出しは基本的にしないんだ。無断で持ち出されると困るやつが一階に収納されているって感じか」

 では他のものは無断でもいいのか、というとそうでもない。貸し出しシステムがあるのだから、そちらを利用してほしいことに変わりはない。ただ、管理人数の関係上、出入口が近い方が持ち出されそうになったとき見つけやすいから、という理由で重要な書物はそこに置かれているというだけである。他の書物もきちんとルールを守らないといけないのは当たり前だ。

 何せ四階もあるのに管理する司書は二、三人しかいないのだそうだ。紅葉寺は建築費より人件費をかけるべきだったとも言えよう。

「放課後だから、二階や三階にいる生徒はいるかもな。声かけてみるか?」

「え……?」

 腰の引けている姫川。杉原を殺そうとしたときはやけにぐいぐい来たものだが、実は対人関係が苦手なのだろうか。

 と、他人事のように考えていると、階段の方からあっ、という悲鳴が聞こえた。杉原は慌ててそちらに向かう。階段で悲鳴など、物が落ちるか人が落ちるしかない。ここが図書棟であるならば、どちらでも大惨事にはちがいないだろう。

 杉原は咄嗟に杉魔法を発動し、視界に捉えた落ちてきたものを片っ端から風で包んで宙に浮かせた。

 予想通り、というか。大量の本と共に、足を踏み外したらしい少女が落ちてきた。杉原は魔法を使いつつ、ふわりと抱き留める。

「大丈夫?」

「は、はい」

 小鳥の囀ずるような愛らしい声。制服がセーラーなので、おそらく付属中の女の子だろう。

 それ以上に印象強く、ふわり、と柔らかな桜の香りがした。

 地面に降り立ち、少女の栗毛が持ち上がるのを見て、息を飲んでしまった。菖蒲色の右目。左目は……小さな桜の木が満開に咲き誇っていた。痛々しく見えるはずなのに、呼吸を忘れるほど、美しくも見えた。

「え……? 健くん……?」

「美桜、ちゃん……」

 それは一つの再会であった。

 悲しくも運命的な物語の始まりのような。

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