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第3話 魔法科高等学校

 少女——姫川は簡潔に事情を説明した。

 杜若というのは幻とされている魔法使いのうちの一つで、その原因が魔法の奪い合いにある。

 杜若の魔法というのはその花言葉に由来し、「幸せは必ず訪れる」ということから、杜若の魔法使いの使命は「人々に幸せを与える」という概念的なものであった。故に、幸せをもたらすためなら「なんでもできる」能力を持つため、そのチート性を誰もが欲した。

 ロストと戦えたり、怪我を治せたり、魔法以外の病気が治せる、なんてだけでも充分なのに、望まれればそれ以上のことができるのだ。万能といっても差し支えないだろう。

 魔法使いが保護されていない当時は、杜若狩りと呼ばれる行為が行われたことで問題になったくらいだ。望めばお金持ちにだってなれる、企業が成功して一流会社の社長になれる、容姿端麗才色兼備文武両道の完全無欠人間にだってなれてしまう。そんな可能性を秘めた杜若の魔法を欲の尽きない人間が放っておくわけがない。

 故に、法整備がされた今でも、杜若の魔法使いは存在を秘匿して活動しているという。

「まあ、杜若は菖蒲に似た花なので、花紋からは滅多にバレませんから、能力の使い方にさえ気をつければなんとかなるのです」

「で、そんな情報をさっき会ったばかりの僕に話して大丈夫なの?」

 聞くと、姫川は苦々しい面持ちになった。

「先程は失礼を致しましたし……ロストと真摯に向き合う貴方なら大丈夫かな、と思いまして」

 ロストと真摯に、と言われて、杉原は心臓の辺りがじくりと痛んだ。

 ロストになんて、ならない方が幸せなのだ。それはロストになった者にとっても、ロストを倒す者にとっても。

 この話はあまりにもシリアスになってしまうので、杉原は気を取り直して姫川に提案した。

「とりあえず、ロスト討伐報告行こうか」


 姫川もロスト討伐には慣れているようで、魔法課での手続きもスムーズだった。

 杉原も一緒に手続きをしたので姫川の簡単なプロフィールを見ることになったのだが。

「なっ、見ない顔だと思ったら、二町隣の名門校じゃん。どうしてここに?」

 制服姿から察するに、杉原と同じく下校目的であったにはちがいない。ちがいないが、下校目的で二町隣に来るだろうか。

 すると姫川は鞄のポケットから一枚の紙切れを出した。見覚えのあるチラシだ。

「私も四月から魔法科高等学校に入学するんです。だから見学に来たんですけれど、そんな矢先にロストが出現したものですから」

 なるほど、目的も経緯も同じだったわけだ。

「実は僕も四月から魔法科高校なんだよね……」

「あら、同級生ということになりますね。どうぞよろしく」

 殺されかけた相手からよろしくなどと言われるなど、誰が想像していただろうか。まあ、どうぞよろしくでこちらも差し支えないのだが。

「よかったら一緒に見学行かない? 知り合いがいるはずなんだ」

「あら、ではお言葉に甘えて。正直一人で誰も知っている人のいない場所に行くのは気が引けていました」

 こういうところは普通なんだな、という感想を抱く。先程問答無用で襲いかかってきた人物とは思えない。

 まあ、魔法使いなんて、魔法が使える以外は他の人間と同じなのである。死ぬのは怖いし、未踏の地に踏みいるのは緊張する。淡白で、人並み外れた美貌を持つ姫川にどこか冷たさを感じていたのだが、やっぱり人間なんだな、とほっとした。

「でも、身を隠さなきゃいけない杜若の魔法少女が魔法科高校になんて行って大丈夫なの?」

「そこは大丈夫です。菖蒲の魔法少女という認識で受け入れてもらっているので。話を合わせてくださいね、ええと……」

 姫川が言い淀んだところで自分がまだ名乗っていないことに気づいた。

「杉原だよ。杉原健」

「杉原くんですね。よろしく」

 では行きましょうか、と二人は学校に足を向けた。


 私立魔法科高等学校。シンプルな名前で、シンプルな佇まいの学校である。そこいらの高校と見た目は相違ない。

「事務にチラシ見せればいいんだよね」

「そう書いてありますね」

 中央玄関から入って、辺りを見回す。私立という割には、普通の学校といった感じで、意外に感じている杉原に、姫川が説明する。

「紅葉寺はあらゆる方面に手を回していますが、富豪というわけではないのです。この学校も国からの支援金で建ったという感じなので、普通の学校と変わりがなくても不思議はありません」

「そうなんだ」

「むしろ普通に近い方がずれた価値観で動く魔法使いたちの教育にいいとも考えているようですね」

 う、と杉原が呻く。魔法使いである分、自分がずれているという自覚はあった。普通の人間は緊急事態だからといって、三階の窓から飛び降りたりはしない。

 だが、普通を基準にしているのだと、その面でまた不安が出てくる。魔法使い用の法律が作られたことにより、「ロスト出現時」に関して、生徒は授業を退席してもよいことになってはいるが……

 考えているうちに、事務所に着いたので、チラシを見せると、山吹色をした名札を渡され、それを首にかけることになる。名札には「学校見学中」と書かれていた。

「姫川さんは、ロストの気配とかわかるの?」

「まあ、わかります。私の中には『声』で聞こえてくるのですが、杉原くんはどうなんです?」

「声で済んでるんだ……僕は頭痛と耳鳴りだよ」

 言葉に出してみるとなかなか散々である。まあ、と驚いている姫川を見るに、姫川は痛みに苛まれるようなことはないらしい。杉原からすると羨ましい限りだ。

 が、杜若には杜若なりの苦労がある模様で。

「私の場合は何を成さねばならないか話され、それに逆らおうとするとお説教を食らいますね。現場に着くまでも早くしろと急かされ……お互い大変ですね」

「だね」

 一口に魔法使いといっても色々だというのが今の会話だけでわかった。

「ところで、お知り合いさんは何年生ですか?」

「高一。そういえばクラスは知らないな……」

 すみません、と事務員を呼ぶ。

夜長よなが舞桜まおさんって一年何組でしょう?」

「お知り合いですか?」

「はい。あ、僕は杉原健と言います」

「お調べしますね。ちなみに何の魔法使いの方ですか?」

「舞桜さんは桜草です」

「承りました」

 少し退いたところで会話を眺めていた姫川がぽつりと呟く。

「随分華やかな名前のご友人ですね」

「はは、姫川さんの名前も華やかだと思うよ」

 確かにまおというだけならいくらでも漢字はあるが「舞う桜」という字はとても華やかだ。

 ひめかわあやめというのも語呂がよくていい名前とは思うが。

「お待たせ致しました。夜長舞桜さんは一年一組です。三階一番西側の教室となっています」

「ありがとうございます」

 行こうか、と自然に姫川の手を引く杉原。姫川はちょっと反応が遅れて、少し狼狽えながらついていった。

「貴方って押しが強いんですね」

「? 何のこと」

「無自覚ですか」

 はあ、と溜め息を吐く姫川。だが、握られた手を離すことはできないまま三階へ。

 というか、杉原の歩くペースが早い。姫川は半ば引きずられながらあがっていくこととなった。どういう気遣いなのか、階段に足を引っかけて怪我をしないように、風の魔法を使っていたりする。少し気恥ずかしいが。

 児戯のような二段飛ばし、三段飛ばしより爽快な感覚。悪くないな、と思って抗うことはなかった。

 そうするとすぐに三階に着く。

「風魔法って、便利ですね」

「魔法は使いようだと思ってるよ」

 この季節は忌避されがちだけどね、と苦笑いする杉原。姫川も釣られて笑った。

 なんだか、悪い人ではないみたい、と安心する。まあ、毎日のようにロストと戦い、どんなに詰られても戦い続ける強い意志を持つから、心は豊かなのだろう。

「おっ、なぁに青春してるのかと思ったら健じゃねぇか」

 そんな二人の前に現れたのは、一瞬美人だと思ってしまうような男子生徒だった。艶のある栗毛は編み込まれており、両耳に桜の花を象ったピアス。菖蒲のような色の目が鮮やかだが、残念なのは三白眼で明らかに男性であることだ。背も高い。

 女子では高身長と言われた姫川が見上げるほど。よく考えたらそんな姫川より若干小さく見える杉原……これ以上は追及しないでおこう。

「あ、舞桜さんお久しぶり」

「え!?」

 思わずぎょっとして杉原と男子生徒を見比べてしまう姫川。仕方あるまい。「桜」と名前に入っていて男だと認識する方が難しい。

 そんな認識からもちょっとずれている杉原がにこにこと紹介する。

「姫川さん、この人がさっき言ってた夜長舞桜さん。美人さんでしょ?」

 否定できない。

「おい、また名前だけ教えて性別教えてなかっただろ? 健」

「え、舞桜さん美人だから問題なくない?」

「そういう問題ではないぞ」

 ショックがでかいんだからな、と舞桜が杉原をたしなめる。

 舞桜の言う通りショックの大きかった姫川はかちんこちんに固まっている。舞桜も困った顔をしながら、罰が悪そうに自己紹介した。

「俺は夜長舞桜。こんな名前だが、男だ。桜草なんて似合わんだろ……まあ、健は昔から色々とずれているんだ。勘弁してやってくれ」

「は、はい」

 そんな自己紹介の合間になんとか気を取り直した姫川も軽く自己紹介をした。

「本当に美人さんでびっくりしました……」

「世辞はいい。案内しようか?」

 お世辞じゃないんだけどな、と思いつつ、姫川はこくりと頷いた。杉原は舞桜さんの案内なら安心だ、と宣っている。

 こつこつと廊下を歩いていくと、一組の教室から鮮烈な赤い髪の女子生徒がひょっこり顔を出す。

「おや、夜長。両手に花かい?」

「残念ながら片方は男だ」

「そういう意味じゃないんだがな」

 生真面目な舞桜の受け答えにつまらなそうにする女子生徒の姿に杉原も姫川も反応した。

 鮮烈な赤い髪、全てを見透かすような鋭い目。その容姿には聞き覚えがあった。

「紅葉寺の……」

「おっと名乗っていなかったな。その通り。私は紅葉寺こうようじ明葉あけは。ここの理事を務める紅葉寺家の者だが、まあ、そう固くならないでくれ。君らより年が一つ上なだけだ」

 軽妙な語り口で自己紹介するが、二人の警戒は高まるばかりである。

 それもそのはず。紅葉寺家は魔法使いの「研究」にも力を入れている。万が一、姫川が杜若だとバレたら、モルモットにされかねない。それくらい後ろ暗い噂もあるのが紅葉寺という家である。

「リラックスリラックス。別に警戒するほど大したやつじゃねぇから」

「夜長? それはどういう意味かな?」

 言葉と共に舞桜が二人の肩をぽん、と叩く。付き合いの長い杉原にはわかった。「警戒するのはいいが怪しまれるぞ」という合図だ。舞桜は昔から勘が鋭いので、二人の秘め事をなんとなく察知したようだ。

 自分に引き付けることで、舞桜は二人に心を落ち着ける時間を設けてくれた。有難い話だ。

「それで、君らは何の魔法使いかな?」

「知り合ったばかりなのにそんなこといきなり聞くから友達できないんだぞー」

「誰が友達いないって?」

 舞桜と明葉の間で交わされる警戒なトークに、杉原と姫川の心もほどけていく。何というか、警戒するのが馬鹿らしくなった。

「僕は杉の魔法使いです」

「ほう、杉! 裸子植物の魔法使いは珍しいと聞くが、まさか目にする日が来ようとはな」

「桜ほどじゃないですよ」

 他愛なく喋ったが、「桜」という単語に少し舞桜が固まるのを見て、杉原はしまった、と思った。

「私は菖蒲の魔法使いです」

 けれど、気まずい空気が蔓延する前に姫川が名乗ったため、その気配は雲散霧消する。

 そう、今最もバレてはいけないのは、姫川の正体だ。だから桜と言ったことは間違いではなかった。

「ふむ。まあこの学校は我が家も同じ、夜長と共に案内しようか」

「紅葉寺、生徒会の仕事があるんじゃなかったか?」

「む……何故夜長がそれを」

「さっき話したばかりじゃんか。お若いのに健忘症とは嘆かわしいお嬢様だ」

「う、五月蝿い。ちょっと忘れたくらいで健忘症とは大袈裟な。生徒会室に行ってくる」

 ぷんすかとした様子で明葉は去っていってしまった。

 明葉の背中を完全に見送ると、舞桜が二人に向き直り、深々と溜め息を吐いた。

「あいつ誤魔化すの大変だからな。隠し事は誰しもあるだろうが、あまりあからさまに態度に出すんじゃないぞ?」

「ありがとうございます」

「やっぱ舞桜さんは頼りになるね」

「あまり頼られても困るんだが。ほら行くぞ」

 そうして、明葉が去ったのと反対に、四階の階段へと二人を導いた。

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