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第2話 杜若との邂逅

 三月、学校見学会なるもののチラシを担任から渡された。魔法科高等学校へ入学する者は必ず一度行かなければならないらしい。

 杉原は面倒くさいような気もしたが、まあ、卒業式を待つだけの日々は暇であることに違いはないので、行ってみることにした。少なからず、他の魔法使いの存在も気になった。樹木草花魔法使いは知り合いに何人かいるが、高校に入ったら周りの全員が樹木草花魔法使いとなるわけである。

 それに、そういえばあの人も魔法科高校だったか、と知り合いを一人思い出す。しばらく会っていない。小学生の頃は一緒だった幼なじみなのだが、魔法使いと知れた途端、魔法科高校に付属する中学に連れられていったのだ。

 ふと、そのことを考えると不自然に感じる。何故自分は連れて行かれなかったのだろう、と。その人ともう一人とで、ロスト討伐を行っていたのは明らかだったのに。

「まあ、魔法使いのための専門学校を作るっていう発想もなかなかだけど、色々変なところだよな、紅葉寺家って」

 紅葉寺家の働きによって、昔よりは魔法使いが過ごしやすい環境になっているのは確かだ。感謝せねばならないところだろう。

「おーい、杉原ー、堅煎餅食う?」

「食べる!」

 同級生から差し出された昔ながらのしょうゆ煎餅を受け取り、嬉々として食べ始める杉原に同級生が苦笑する。

「お前よくそれ食えるよなー。滅茶苦茶堅いんだぜ?」

 バリバリボリボリ。その堅さは杉原の咀嚼音からも窺える。

 同級生はうわあ、と若干引いた目をする。

「ばーちゃんがさ、どっからか見つけていつも買ってくるんだよな。でもばーちゃん入れ歯だし、物理的に歯が立たなくて困るんだけどよ、なんかコツとかあんの?」

「え? お煎餅食べるのにコツとかいる?」

「……だよな」

 同級生も杉原の前の席にどかっと座り、鞄から同じ煎餅を取り出す。が、どんな角度から攻めても噛み砕くことができない。表面に塗られたしょうゆの味ばかりが口に広がる。

 そんな様子を見ながら、杉原はぼーっとなんでこんな堅い煎餅を今時作っているのだろう、と製作者に疑問を抱いた。まあ、美味しいのでオールOKではあるのだが。

「手で砕いてから食べれば? いくらか楽だって聞いたことある」

「だな。……いや、体ん中で一番丈夫な歯で砕けないのに手で砕けるのも不思議なんだが」

「ほら、歯より手の方が動きの幅があるからじゃない? てこの原理とか使えるし」

「んー、なるほどなー」

 ばき、と堅煎餅を割る同級生。まあ、杉原の説明は適当オブ適当なのだが。

 杉原は杉の魔法少年である。生まれたときから魔法が使えた。樹木草花魔法使いには魔法以外にも特性があり、それは花言葉に由来する。

 調べようと思わなければ一生知るでないであろう杉の花言葉は「堅固」と「堅実」である。このうち、杉原の体には「堅固」の特性が出ているようで、体が頑丈という特徴がある。風邪もあまり引いたことがないし、インフルエンザなんかで全員が休んでも一人だけぴんぴんしている。それにロストが生む嵐の中を平然と歩けたりなど、魔法使いとして役に立つ面もある。

 率直に言ってしまえば、あまりぱっとしない花言葉である。杉原が風を扱えるのは、杉が裸子植物の中で最も風に頼った植物だからだと考えられている。

 その被害で花粉症の人々からはこてんぱんに罵られるわけだが。

「杉原いいよなー。魔法科高校行くんだろ?」

「うん」

 拒否権はなしだったが。

「魔法使いってさぁ、なんかわかんないけど女子が多いんだよな。可愛い子いっぱいいるだろうな~。はー、羨まし」

「僕は男の魔法使いも知ってるけどね」

「ん、あー……」

 言葉を濁す同級生。ボタンを締めていないだらしない着こなしの学ランは一般生徒の証拠である。杉原も年が明ける前までは同じものを着ていた。……杉原の前で亡くなった、魔法少年も。

 そのことは同じクラスだった者たちは皆知っている。杉原はあのとき一週間は誰とも口が聞けなくなるくらい落ち込んだから、印象的だったことだろう。

「あいつ以外にもね、幼なじみって呼んでいいのかわかんないけど、先輩が一人いるんだよ」

「へえ。何の魔法使い?」

「桜草」

「おっと意外」

 確か可愛い花だったよなー、と同級生が呟くのに対し、杉原は美人だよ、とだけ伝えておいた。しばらく会っていないから変わっているかもしれないが、美人という言葉が似合う男の人だった。

「まじかよ」

「うん、美人だよ。髪とかさらさらつやつや」

「触ったことあんの?」

「そりゃまあ、保育園の頃からの知り合いだからね」

 堅煎餅の最後の一口を放り込み、もしゃもしゃと食べて立ち上がった。

「とりあえず、今日もロスト討伐見回りに行くかな」

「毎日忙しいなー」

「まあ、この辺は人手がないからね」

 というかロスト討伐のために毎日見回りをしているのは杉原くらいなものだった。

 かさり、と机からチラシが落ちる。

「……ついでに見学、行ってみるか」

 魔法科高校のチラシ。ここからそう遠くはない。というか空を飛べる杉原にとって、距離はあってないようなものだ。まあ、家から近いのはいいことである。

「なあ、今日は飛び降りしていかないのか?」

「しないよ!? っていうかいつもやってるみたいに言わないでよ」

 緊急時、杉原は文字通り教室から飛び出す。ベランダから飛び降りたときなんかは軽く騒ぎになった。が、それによって、この学校の「魔法使いってそういう感じなんだ」という認識になり、受け入れられた、という流れがある。

 今は急ぎではないのでそんなことはしない。放課後なので鞄を持って、昇降口から出ていった。


 とはいえ。

「こうやって風でふよふよ浮いてるのが一番落ち着くんだけどね……」

 学校から出て数分、特に異常はないようなので、人気のないところで魔法を使って宙にふよふよ浮かんで遊んでいる杉原がいた。逆に今度の目的地を考えたら魔法使いですよアピールはした方がいいと思ったのだ。

 魔法への人々の理解が深まったとはいえ、あまり一般認知度は高くない。異端の目で見られることさえある。

 故に、魔法科高校に向かうという行動は奇異の視線に晒されやすいのだった。それなら最初から魔法使いですよという振る舞いをした方が早いというものだ。杉原はメンタルもタフな方であるが傷つかないわけではない。

 と魔法科高校の方面へ飛んでいる最中だった。

「——っ!?」

 頭を貫くような痛みとひどい耳鳴りが杉原を襲う。この感覚は何度味わっても慣れない。──近くにロストが現れたときのサインだ。

 頭が痛むのは一瞬だけだが、痛みが強ければ強いほど、より強力なロストであることは経験則でわかっている。今日のはでかい、と認識した。

 また、頭痛は一瞬だが、耳鳴りは収まらず、ハウリングをずっと聞いている状態だ。だが、風によって動く体なので、風の音で周りの音が聞こえないなどざらにあること。杉原はあまり気にしていない。

 それより、このレベルだと、一人で対処できるかどうか。

 現場にはすぐ着いた。厄介なことに見慣れた針葉樹が立ち並んでいる。人通りはない方が望ましかったが、そういった願望を聞いてくれるなら、ロストを討伐する必要なんてないのである。

 人は二、三人。少ないが、突風に煽られ、近くのものにしがみついていないと飛ばされるレベルだ。

 これは面倒な、と杉原は杉並木から発生しているロストを見る。一人じゃない。

「まあ、何人相手でも同じだけどね!」

 杉原は鎮め、と叫んだ。風がゆらりと揺らめいて消える。だが、ロストを討伐したわけではない。これは嵐の前の静けさというやつだ。

 杉原は朗々と唱える。

「鎮まれ、省みよ。汝らの居場所はもう、ここではないはずだろう。思い出せ。さすれば我が風邪が在るべき場所へと送ろう」

 嵐を起こそうとしていた風の塊たちが縮んでいく。これは今杉原が唱えて行使した魔法によるものである。

 樹木魔法使いはこういった「樹文」を唱えることによって、より明確な魔法の効果と、強力な魔法を使うことができる。樹文でロストを鎮めるのは他の樹木魔法使いの方が適しているが、そこを杉原は経験で補っている。

 徐々に小さくなっていく塊に触れ、魔法を使おうとしたそのとき。

 びゅんっ

 一陣の風がその手を拒んだ。

「つっ……」

 その殺傷能力はそこそこのもので、掌から肘にかけて、傷が入る。袖が破けて血が滲み出してきた。

「一つ取り逃がした。まずい……!」

 思った以上に想念の強いロストだったようだ。杉原の手から脱け出し、大きな竜巻を起こそうとしている。

 なんとか、杉の葉を顕現させて追撃するが、竜巻の発動を遅らせることもできない。けれど、残りの二つの浄化を中途半端にもできない。

 竜巻が小さく起こり、ごごご、と地鳴りを起こし始める。まずい、と思えど何もできない。せめて一般人ではなく、自分の方に惹き付けなければ、と牽制で杉の葉を飛ばすと、竜巻はうねってこちらを向いたようだった。

 体は頑丈だから、一般人が食らうよりまし、と判断し、来るであろう衝撃のために奥歯を噛みしめた。

 ……が、待てど暮らせど、衝撃が来ない。

 それもそのはずだ。

「去りなさい!!」

 知らない学校の制服を着た黒紫の髪をたなびかせた少女が、持っていた簪に魔法を宿らせ、竜巻を一刀両断していたのだから。

 …………。

 ……つっよ!?

 その少女が草花魔法使いであるのはすぐにわかった。見えた掌に草花魔法使い特有の花紋が出ていたから。菖蒲、にしては小さい花のような……まあ、花紋は絵なので大きさは計れない。

 ちょうど残り二つの浄化も終わった。杉原は礼を言うべく立ち上がり……首筋に先程ロストを一刀両断した簪をあてがわれる。

「貴方が最近みんなを困らせている風魔法使いね……みんなの幸せのために、消えてもらうわ!!」

「んな理不尽な!!」

 攻撃されたのを後ろに避ける。だが、魔法で強化されたらしい彼女の簪は強力で、杉原の顔を掠めた。

 つ、と傷から血が垂れるのがわかる。攻撃されたのだから仕返してもよさそうだが、彼女の言動から考えると、今魔法を使うのは得策ではない。というか、この時期に杉の木の塊の中で風を操ったら眼前の彼女のみならず、全国の花粉症患者から呪われそうだ。

 シュッ、ザンッ。彼女の動きには無駄がなく、洗練されていた。風の力がなければ、避けられずに死んでいたことだろう。

 一つの杉の木に傷が入る。杉原を切ろうとした余波とはいえすごい威力だ。当たったら死ぬという認識は間違っていないだろう。

 どうしたものか、と考えていると、杉林の中、一本の杉に背中がとん、と当たった。普段来ない場所だから地形を理解していなかった。これは致命的である。詰んだな、と杉原は瞑目した。

 が、いつまで経っても少女は杉原を刺さない。不思議に思って目を開け、見上げると、少女は簪を振り上げた格好で止まっていた。そちらも不思議そうに目を真ん丸くしている。

「なんで避けないの?」

 木々をさざめかすそよ風の後、彼女の唇から零れた疑問はそれだった。杉原はへっ? と変な声が出た。

「樹木を魔法使いが傷つけたら、ロストの根源になる可能性があるからだよ?」

 ロストは通常、未練や無念を残したまま死んだ樹木草花魔法使いがなるもの、とされているが、魔法が台頭する前の異常気象の根源は植物を傷つけることが原因とされていた。簡単に言うとどちらも祟りのようなものである。

 ただ、魔法使いが現れてからは樹木草花を司り、守る役目を担う魔法使いが樹木草花を傷つけるなど言語道断という思想に変わっていき、それに合わせてか、一般人が傷つけるより、魔法使いが樹木を傷つける方がロストが発生しやすいと判明している。

 それは魔法使いと異常気象の歴史を知っていれば当然あるはずの知識のはずだが。

「……知りませんでした。貴方は徒な悪、というわけではなさそうです」

 今まで何だと思っていたのか……と杉原は少女をじと目で見、彼女から攻撃の意思がなくなったのを見て立ち上がった。

 緊張でアドレナリンでも出ていたのか、腕と頬を切られた傷の痛みが出てきて思わず呻く。やはりなかなかの威力だったらしい。

「ごめんなさい。風の魔法を使うものだから、ロストと共に悪巧みをしているのかと……早とちりでしたね。腕を出してください」

「うん?」

 早とちりの内容に関しては毎年のことなので苦笑いするしかない。魔法使いに殺されそうになったのは初めてだが。

 して、腕を出せとは。応急処置でもしてくれるのだろうか、と思ったら、彼女は菖蒲に似た花紋の浮かぶ左手を傷の上に翳す。

 するとなんということだろう。みるみるうちに傷が塞がっていくではないか。

「え、君の魔法って、さっきは簪で切り裂く系じゃなかったっけ?」

 率直に疑問を口にすると、少女は少し躊躇った後、杉原に届く大きさの声で名乗った。

「私は人々の幸せを成就するための杜若かきつばたの魔法少女、姫川ひめかわ菖蒲あやめと申します」



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